挙兵
また散った。ほんの一瞬だけ咲いて、風に吹かれて、雨に打たれて、また散った。
名古屋城を占拠した僕らの決意に勇気をくれた。
内戦だった。この腐りきった国を治す薬、それは内戦しかなかった。他に方法がないのだから、僕らは動き出すしかなかった。
絶対にそれは存在すると思っていた。総理大臣になった祖父を拉致して、在処を聞き出した。容赦なく殴った。もう決戦は始まっている。迷ったら負けだ。
スマホより小さな核爆弾は、日本で一番高かったタワーの地下に隠されていた。ざっと千人分はある銃器や非常食も手に入った。
抑止力を手に入れた僕らは、花見客で賑わっていた名古屋城を占拠し、集まった警察やマスコミに宣言をした。
「10日後に、内戦を開始します」
初めは誰も真に受けていなかった。
「話を聞いてやるから、武器を捨てて出て来なさい」
乾いた声で魂がとっくに消えている警察官がそう言った。
『聞いてやる』だと? だからお前らには聞こえないのだ。この国に響きわたっている悲鳴の嘆きが。怒りが。虚しさが。
「内戦を止めるために、命を差し出す国会議員が5人でもやってくれば、武器を捨てて出て行きます」
わかっていた。そんなまともな政治家が5人でもいれば、この国はもっとマシになっている。結局10日待っても、誰一人として国会議員が国を守るためにここへやって来ることはなかった。
「ずっと好きでした」
瑞々しい声と心が心地よかった。
「あなた、もうすぐ死んじゃうかもしれないでしょ。だから、その前にどうしても伝えておきたかったの」
やって来た者と言えば、一人の女子高生だった。彼女は、僕に気持ちを伝えてくれると、すっきりとした表情で帰ろうとした。
僕はとっさに彼女の腕を強く掴んだ。
彼女はさほど驚いた様子は見せず、『自分の領域』に踏み込んで来た僕を強く睨むと、腕をはらった。
「君、内閣総理大臣にならないかい?」
彼女は返事をするまでに、30秒ほど使った。本当に考えて返事をしたのかと疑問を抱かせない、かといって迷いを感じさせるほどの時間ではなかった。
「いいわ。あなたが官房長官になってくれるのなら」
内戦中に、この国を救ってくれる、真のリーダーが現れると確信していたが、こんなに早くで会えるとは思っていなかった。動き出さなければ、この出会いはなかった。
彼女は、制服のブレザーの背に丸い穴をあけていた。そこから見える真っ白なブラウスが、僕らにどれほどの勇気をくれたことだろう。桜がくれた暖かな勇気とは違い、火傷しそうなほど熱かった。僕らは、この国にもう一度、日の出をもたらさなくてはならない。
僕は彼女に名前を尋ねた。
「信長」
彼女はそう答えた。即答した。
「信長楓」
そう付け加えた。本名だったのか。少しがっかりした。でも、ちょうど良かった。僕らはそれぞれ好きな戦国武将の名前で呼び合っていたが、まだ信長の名前は空いていた。
僕は『光成』と名乗っていた。
「敗者ランキング一位に選ばれそうな人を選ぶなんて、素敵だわ」
信長はそう褒めてくれた。
・撃たれる前に撃て。
・自爆行為は禁ずる。
・老人、女性、子供を撃った者は処刑する。
この三カ条を守って、僕らはまず名古屋に、初めの国をつくるために行動を開始した。
「名古屋中の警察署、交番の鎮圧に成功。建設関係者を総動員させて壁を作り始めたぞ」
先方として出陣した清正が、そうLINEで報告してくれた。名古屋城を占拠した時には50人ほどだった兵力も、内戦を開始して2日後の今では800人にまで増えていた。
「鹿児島と山口でも、決起する集団が現れたようだ」
直家がそう言いながら、日本地図を広げると、鹿児島と山口に丸印をつけた。
「アメリカはしばらく動かない」
東京のアメリカ大使館から名古屋城に戻って来た重治が報告をする。
「やはり核の抑止力は絶大だ。当面は日本政府に対処を任せる方針でいる」
重治は『当面は』を強めに言った。
「よし、その間に国を広げるのよ!」
信長が日本地図を強く叩いて、目を輝かせる。
「山梨でも、動きがあったようだ」
直家がまた地図に丸印をつける。
誰が天下を取るのかわからない。ただ、この国は動き出したのだ。腐敗しきった政治家、警官どもの支配から脱却するために。清らかな政治なんて求めていない。汚れていたっていい。問題は、そこに魂があるかどうかだ。強い信念があるかどうかだ。
「光成、政府が要求通り、周辺住民を避難させたよ」
キャンディーを噛み砕きながら、吉継が教えてくれる。
「行こう」
僕がそう言うと、吉継がパソコンで起爆装置を作動させ、カウントダウンが開始される。
「見ないの?」
城下に目をやった僕に、信長が尋ねる。
「見たいのは、違うものだから」
僕はそう言いながら、震えを堪えていた。
そして、数十秒後、日本で一番高いタワーが爆破された。
これで、日本で一番高いタワーは、高度成長時代の象徴である東京タワーに戻った。そう、戻す必要がある。頻繁に人身事故など起きなかった時代に。子供たちが犠牲にならない時代に。これは明るい未来を取り戻す戦いだ。