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異世界無双のアイドル戦記  作者: 極鮫露紅茶
1/3

始まりの朝

『異世界無双のアイドル戦記』



【始まりの朝】


 失望は、誰にでも訪れる。


 東 義彦は、人ごみの中に混ざりながら、渋谷の炎天下を歩いていた。対向する人と肩がぶつかり、跳ね飛ばされ、尻を鉄板の上で焼かれても、彼は歩き続けた。亡霊のように気力がなく、瞳をよく見れば【死】の文字が浮かんできそうなくらい、色がくすんでいた。


 彼を失望の淵へ叩き落したのは、失恋。


 といっても、失恋の相手は仲の良い友達とか恋人とかそういうレベルでなく、遠くから義彦が一方的に眺めているというだけの繋がりだったが。義彦とて、彼女が好きでアプローチをしようとしたことは何度もあるが、勇気とか決断力とかの前に、年頃の女の子と会話するのが怖すぎて逃げ続けていた。

 

 自業自得。


 そういわれればそうだ。


 けれど彼女はただの他人でもなかった。


 義彦は彼女との濃い友情を信じていた。


 義彦が失恋した相手は、彼の幼馴染ーー瞳 京香その人だったからである。


 ☆


 昔こそ、空いている公園でよく遊んだ。今や、彼女は渋谷でイケメンを侍らせている(いいすぎ)。


 東が失恋したのは、この炎天下の渋谷のまさに今日。


 瞳にプレゼント大作戦(彼女の好きなブランドのアクセ買いに行く口実で、瞳を誘いだす作戦。今日はその下見)を決行するため、渋谷を歩いていたところだ。


 たまたま、京香の後ろ姿をマルイで発見。彼女に声を掛けようとすると、男子トイレから出てきた二人組に目前で掻っ攫われた。イケメンだ。茶髪で、俺より背が高くて、優メンだった。彼は義彦が後ろにいるのを見計らったように、京香の腰に手を回した。


 義彦はそこから疾走した。

  

 夢中で走って、どうにもならなくなって。


 また渋谷に戻ってきた。


「どうして俺はこんな顔なんだろう」

 

 イケメンとはいえないどころの話じゃない。特徴のない顔は、誰にも覚えられたことはない。笑った顔は怖いといわれ、がさつでいい所もない。


 涙がぼろぼろ落ちてくる。


 周囲の人がぎょっとした顔で義彦を見ていた。特徴のない貌でも、これだけ顔を崩せば化け物じみよう。


「こんなことだから、俺はだめなんだ」


 頬を流れる涙は、コンクリートに落ちたそばに蒸発していく。そのたびに、義彦の頭がクリアになっていく。今までもチャンスはあったのだ。自分のことを棚に上げて、ただのどこにでもいるイケメンを攻撃して。

 

 なによりも最悪なのは。


 京香の幸せを喜べなかったこと。


 変わらなくちゃ、と義彦は顔をあげた。弱い自分、憎む自分、そしてちょっと好きな自分……、全部糧にして、前に進まないと。


 そう思った矢先だった。


 悲鳴が上がった。


 義彦の身体が、自然と悲鳴の方へ引き寄せ慣れていく。周囲の人間は逃げまどい、義彦とは反対方向に逃げていた。肩と肩がぶつかっても、義彦は引かなかった。


「きゃああああああ」

 

 交差点の真ん中で、人が二人倒れていた。血だまりを作って、ぴくりとも動かないまま。


 遠くから見ても分かるほど、大きな包丁を持っている男は、次の獲物を求めて走りだした。


 獲物は人ごみに押され、地面に両ひざを付けている女だった。


 --見覚えがあった。


 その後ろ髪と、背格好と、そして京香が好んでいた服の色ーー淡い緑。


「京香!」

 

 10年ぶりに彼女の名前を呼んだ。京香が義彦の声に気が付いてこちらを向いた。しかし、彼女のすぐそばに、最低な通り魔がいる。


「変わらなくちゃ!」

 

 必至で走った。通り魔が包丁を振り被って、大きく一振りした。京香の頬を掠めた包丁は、第二撃を放つためにもう一度振り上げられた。


「うぉぉぉお!」


 どうなってもいい。


 二人に突っ込んだ。


 京香さえ。


 彼女さえ救えれば、それでいいのだ!






 ☆☆☆

 



「誰か救急車を!」

 

 霞む視界に、誰かの声。

 

 腹から途絶えることなく流れる血――はみ出す腸。


 路上で通り魔に在った俺は、路上で倒れて意識を失いかけていた。


「京……香」


 俺の身体に覆いかぶさっていた京香に、手を伸ばす。ごろん、と彼女は転がった。力なく転がって、俺と同じ格好で横たわっている。首筋に、赤い歪みが見えた。彼女はもう、呼吸をしていない。


 灼熱に身を焼く、夏の日の午後。


「おれのせいだ……」

 

 なにも守れず、誰にも覚えられないまま死んでいくんだ。


 ーー俺の人生は、ここでその幕を下ろすはずだった。





【始まりの朝・1】



 ――俺は、誰だ。


 とうとう、俺はこの結論に至った。自分が誰なのか、本当に分からない。


 名前は憶えている。


 (あずま) 義彦(よしひこ)


 高校一年で、成績も顔も、まったく平凡な男子だ。いや、顔は怖いとよく言われる。だけど実際、それで困ったことなんて一度もない。学級委員なんて柄じゃないし、目立つことなんてまっぴらだし、女子に期待なんてしない。ひねくれてる、ってよく言われる。でも高校一年生なんて、少なかず憧れてたり、ひねくれてたりするもんだって、これも誰かから聞いた話だ。つまり、俺はまっとうな成長線の上に立っている。その自負だけはある。


 そう。


 明日も学校がある。それだけの毎日だし、俺の人生だ。変わらない日々が、嫌なことが沢山ある日常が、ずっと続くって思ってた。

 

 ……だというのに。

  

 俺は自分の身体を見つめる。

 

 ーーこの、残念に膨らんだ胸はなんだ。


 そしてピンクのストライプ寝間着とは恐れ入った。


 おかしいなんか甘い! この部屋甘い匂いがする!


 起き抜けに、周囲の変化に気づいた俺は、誰かに見られやしないかびくびくしながらベッドから跳び起きた。でこを思いっきり、引きっぱなしだった衣装棚にぶつける。その衝撃で、ぎい、と棚が倒れて、中から服がどばどば出てきて俺に降り注いだ。

 

 ファンシーな衣装。きらきらしてて、ポップに染まり切った、見ていると恥ずかしくなってくる衣装。極めつけに、黒くてデカい長帽子が最後にころっと崩れ落ちてきた。この惨状をこの部屋の主に見られたら……、と思うとぞっとする。どうみたって、此処は女の部屋だ。

 

 女の部屋なんて小学校以来入ったことないけど。でも、清潔な机の上と、ピンクっぽいシーツとカーテンはお揃いの色……! 

 

 まさに女の子って感じだ。

 

 女の部屋で。

 

 おそらくはこの部屋の主を着ている俺が。

 

 勝手にクローゼットを開けて、服を物色。自分で言うのもなんだけど、絶対俺気持ち悪い顔してるわ。

 

 このままじゃ、死ぬ(二度目)。

 

 どうしてこうなったのか、記憶はあいまいだ。そう、自分が死んだことだけは鮮明に覚えている。熱いコンクリートの上で焼かれながら、俺は静かに息をするのを止めたのだ。

 

「考えるのはあとだ」

 

 衣装棚を押しのけて、俺はすばやくベッドから起き上がる。


 早くこっから脱出しなければと決意。今ならだれも見てないし、そう、逃げるのに好都合だった。ここがどこかは知らないけど、そんなことどうでもいい。

  

 少なくともパジャマは目立つと思って、衣装棚から適当に、本当に吟味した結果制服をチョイスして(これも丈が異常に短い。パンツ見せたがりか!)、不器用にスカートのホックを付けかけたときだった。


 一瞬、心臓が止まった。


 だんだんだん、と階段を上る音がした。そんな生易しいもんじゃない。鼻息は猛獣のごとく荒荒しい。隠れようにも、身体がびびって動けない。


 ばん、と部屋の扉が開かれた。


「あーーーーーいーーーーーーーりーーーーーーー!」

 

 扉から現れた少女は、銀の髪を振り乱して大口を開けて迫ってきた。鬼だ。鬼がくる。


「あなた今日から学校でしょ! 待ち合わせ場所にこないから来てみれば、まだそんな着替えも済んでないなんてしんじられないわ!」


 少女はピシッとした制服を着ていて、美人だった。健康的なふとももが、スカートの奥からちらちら見える。右腕の蒼色ブレスレットが彼女の袖の中で光った。

 

「ちょ、ちょっと! だ、誰だあんた!」


 ふざけんじゃないわよ、と少女は俺をベッドに押し倒し、ぐい、と両肩をロックされる。


「まだ寝ぼけてるっての!? ツバサよツバサ! ツバサ・トドロキ!」


「し、しら……」


 知らない。


 どうなってるんだ。


 ツバサさんの云う通りだ。眼を冷ませ、俺。


「いいわ! さっさと行くわよ。朝餉はないと思いなさい。せっかく念願の鳳学園に入学して、その入学式でそのカッコでわたしの横に立つなんて、大姫が許しても私が許さないわ」


大姫? 誰だそれは?


 ツバサ……さんは今度は俺の首を掴んで、姿見まで連行した。俺の来ている制服の皺を丹念に伸ばす彼女は、着崩された埃まみれの制服に呆れたようだが、俺はまったく違うことに驚いていた。

 

 そう、俺は俺がわからない。

 

 姿見の鏡には、青い髪を背中まで垂らした、可愛らしい少女がたっている。

 

「なんてこと……」

 

 姿見に映る俺の姿は、まるで別人の、美少女の姿になっていた!


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