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日ぐるま

作者:

 

 -花の種をまきましょう-


 -まるくおおきな なつのはな-


 -いつか花が咲いたなら-


 -あなたは気付いてくれるでしょう?-



 ―――



 ――ヒマワリって、嫌い

 なんて君が言うから、僕は咄嗟に後部座席の花束を、座席の下へ追いやった。


 どうして?

 彼女を助手席へ促しながら、問いかける。


 「だって」

 座席に座ってスカートのシワを手で軽く伸ばしてから、彼女は腰を捻って自身の座った座席の真後ろへと腕を伸ばし、僕が先ほど下へ追いやったそれを掴みとる。


 「――気持ち悪いんだもの」

 そう言って、花束の中からミニヒマワリを一輪ひっぱりだし、鼻を寄せた。

 「だけどミニサイズのこれは好きよ、安心して」

 思わずショックを受ける僕をなだめるように、ほほえみながら。


 白いノースリーブのブラウスに、淡い黄色がよく栄える、8月のはじめ。



 数日たって、彼女の部屋を訪れると、彼女はちょうど花瓶の水を替えているところだった。


 「ほんとは切り花も嫌いなの」

 ダークブラウンの木製の食事テーブルに置かれた細長い花瓶には、僕が贈ったミニヒマワリが、一輪。

 「一輪挿しがすきなのよ」


 指輪のついた指先で、花弁に触れる。


 「――だけどやっぱり、切り花は嫌いだわ」


 手折った花は、死んだあとよ。

 花を殺すのは嫌いなの


 テーブルに並べられるパスタの匂いに食欲をかられながら、僕は花束の残りの花々の行方を考えていた。




 彼女の手料理を平らげて、食後にコーヒーを淹れたあと、残りの花束の行方は案外すぐに判明した。


 食事のあとに、すぐ手をひかれてバスルームに(いざな)われた僕は、水の張られたバスタブに目を落とす。


 茎を切断した花々やその花びらが、ゆらゆらとそこには色とりどりに揺れていた。


 「死んだものは、なぜ美化されるのかしら。

 綺麗だと思わない?

 土に植わる花よりも、死んだ花のほうが美しいのよ。

 死んだもののほうが、美しいの」


 そう言って彼女は

 シャワーの蛇口を思い切り捻り、僕の体に噴水口を向けた。


 「遊びましょう」


 "ねぇ、これって、なかなかロマンチックじゃない?"


 バスタブの死骸を指差して、

 そのまま彼女はその指で僕のシャツのボタンへと手をかける。


 ―――


 ――小さいころに、庭にヒマワリの花が咲いたの。

 おばあさんが植えたのよ。


 チューリップや、水仙や、パンジー。

 サルビアに、ダリア。

 季節ごとに、いろんな花が咲いていたわ。


 それで、夏にヒマワリが咲いたの。


 あの頃の私よりうんと背が高くて、太い茎も大きな花も、正直あまり近寄りたいとは思えなかった。


 だけど夏の終わりに、おばあさんが私をよぶの。

 茶色く枯れたそれを土の上に手折って、おいでって言うのよ。


 ヒマワリは種がとれるんだよ 一緒にとらないかって。


 だから私は枯れたそれから、種をとったの。

 種をとるのは、楽しかったわ。


 だけどやっぱりあの花は、気持ち悪い。

 何度見てもそう。真ん中の茶色が、気持ち悪いと思わない?



 どうかな、そんなこと考えたことなかったから


 と、僕は答えた。


 黄色は僕の好きな色だし、真ん中の茶色ともあっていると思う。


 それに英語で "Sunflower"と訳されるのも好きだな。

 太陽の花、という意味だろう?


 日本語で日回りと書けるのもいい。

 太陽を追う花。


 ヒマワリってたくさんの小さな花が集まってできたものなんだよ。頭状花序(とうじょうかじょ)っていうんだけどね。

 だから、あの茶色い部分も花の集まりなんだ。


 小さいものがたくさん集まって、ひとつの大きな花のようなものを作り上げているって、すばらしいと僕は思うんだけど。


 まぁ人間がそんな綺麗事を考えても、花はただ自分の咲けるように坦々と咲いているだけだろうけどね。

 僕らがあれこれ言っても、仕方ないよ。



 「あなたの考えって、すてきだわ」


 彼女は寝返りをうって、僕の心臓あたりを撫でた。


 ――すきになれるかしら


 なれるさと、僕は答える。


 ――そういえば、花瓶に飾ったミニヒマワリ、あなたが車の中で乱暴に扱ったせいで、花びらが少し歪んでしまっていたのよ。

 かわいそうに。


 そう言って、体を起こした彼女は、そのままベット脇の棚の引きだしを開ける。


 中からこの部屋に到底似合わない、和紙の張られた小箱を取り出し、僕に差し出した。


 ――花束のお礼にあげるわ


 箱の蓋を開けると、中にはヒマワリの種がいくらか入っていた。


 ――あの時にとった種なの


 これをいろんな人に少しずつ、あげていたんだけど、あなたにはサービスするわ。全部あげる。


 僕はお礼を言って、彼女の淡い髪をすくった。



 ―――


 僕が彼女に会ったのはこの日が最後だ。


 僕の手にはヒマワリの種が残ったけれど、マンション住まいの僕の家には残念ながら庭がない。


 とりあえず和紙の箱にしまって、出番をもう少し待ってもらうことにしよう。


 僕には夢ができた。 庭付きの一戸建てを建てること。

 庭にはヒマワリの種をまいて、夏の終わりにその花の種を摘もう。


 摘んだ種を箱に詰めて、会った人に少しずつ配ろう。


 それがいつか広がって、町中ヒマワリ畑に、なんて夢はさすがに見ないけど、どうにかして彼女の元に戻ることを、願うくらいはいいだろう? 



 ―――


 -花の種をあげましょう-


 -しゃんときれいにさいたなら-


 -摘んだ種をばらまいて-


 -いずれ貴方へ届くでしょう-




 ―――









 ――届くかな?

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