予期せぬ再会
戦神祭の目玉プログラムである闘技大会の本戦初日。
想像通りというか、市場は人でごった返していた。
俺達が初めて市場に来た時も人の量は凄かったが、今日はさらに多い。
こういう時に気をつけることは、はぐれないことだ。
同じ過ちを繰り返してはいけない……。
俺はそう心に言い聞かせ、ウルリカさんについていく。
「さすがに人が多いわね……。むさ苦しいったらないわ」
「ですね……。これじゃ例の商人を捜すのも一苦労です」
あちこちに臨時の屋台が開かれ、まだ午前中だというのにお酒を売っているトコもある。祭りの定番である飲食店の出店もたくさんあって、匂いがすごい。朝食を食べたにも関わらずお腹が減ってくる程だ。
「イオちゃん、あそこにりんご飴あるよ。食べる?」
屈託のない笑顔でそんなことを言うディーンさん。
にしてもりんご飴って。子供じゃあるまいし。
……いやまあ美味しいけども。なんか馬鹿にされてる感あるなぁ。
「いりません。今はそんなことしてる場合じゃないですから」
「だ、だよね……。はは……」
肩を落とすディーンさん。
申し訳ないが、あなたに子ども扱いされるのは好きじゃないのだ。
「この件が一段落したらまた来ましょうね、イオ。まだ祭りは何日か続くでしょうし」
「はい! ウルリカさんがそう言うなら! 屋台楽しみですね!」
「ええ。そのためにもさっさと終わらせましょ」
「――あれ、なんか僕、ハブられてる……?」
受け答えのテンションを露骨に変えたので、鈍感ボーイのディーンさんでも感づいたようで何よりである。1人で悩んでいるディーンさんのことは放っておいて、今は例の商人捜しに集中しよう。
商人といっても、祭りのせいでその人数は多い。
例の商人は特別目立つ格好をしているわけでもないので、一人一人顔を確認しなければいけないのが厄介だ。といっても、筋肉さんくらい目立つ姿でなければ結局は同じだろうが。
虱潰しに捜すしかない。そう俺達は理解したうえで市場を歩く。
そして、俺達は見覚えのある人物を発見した。
「あいつは……!」
ウルリカさんが今にも飛び掛かりそうな勢いで、睨みつける。
その相手は、なんとアルバン・ボルローだった。クリンバで世話になったあの男である。
「ここで会ったがなんとやらってやつかな。もしかして、この件に東方の旅団も関わっているのかもしれないね」
「ディーンさんの言う通りかもしれません。前回の一件も裏にはゼルマがいました。今回の件もその組織とやらが動いているのでしたら可能性は高いと思います」
アルバンは例の商人と話をしていた。幸い、人が多いせいでこちらには気づかれていない。
「どうします、ウルリカさん?」
「今すぐにでもぶちのめしてやりたいところだけど、ここじゃ人が多すぎるわね」
「目的は事情を吐かせることだからね? ぶちのめしたらダメだよ」
「んなこたわかってるわよ。ディーン、ちょっとアンタこっそり近づいて気絶させてきなさい」
「ええ!? そんなこと出来るわけないじゃないか!」
「それじゃああいつらが逃げないように――」
と、ウルリカさんが言いかけた瞬間、少し離れた場所にいたアルバンと目が合った。そして、彼は商人に何かを告げるとそそくさとその場を逃げ去った。
「イオ、ディーン! アルバンを追いなさい! アタシは例の商人を縛り上げてから合流するわ!」
「はい!」
「わかった!」
判断が早いウルリカさん。
指示に従い、俺とディーンさんはアルバンを追いかける。
例の商人はウルリカさん1人に任せておいても大丈夫だろう。
心置きなくアルバンを追える。
「多分人気のない方へ逃げるはずだ! イオちゃん、先回りできる!?」
「身体能力強化を全部脚に使えば可能です!」
「それじゃあ挟み撃ちだ! 2人で退路を潰そう!」
「はい!」
俺は脚に魔力を回し、一気に地を蹴る。
大きく跳躍し、建物の屋根の上を走る。
そして見つけた。逃げるアルバンだ。
屋根の上をピョンピョン飛び回り、俺はアルバンを追い詰めていく。
それに気づいたのか、アルバンは方向転換した。
俺もそれに合わせて敵の方へと向かう。
気づけば入り組んだ裏路地を走っていた。
さすがに逃げ足が速い。ディーンさんはもう見失ってしまっているだろう。
「ちょこまかと厄介な……」
俺はまだアルバンを捕捉している。
敵もそれに気づいてかく乱しようとしているのだろう。
そんなことを繰り返しているうちに、昨日エリスさんと戦った空き地へやってきてしまった。そして何故か、アルバンもそこで足を止めた。
「追いかけっこは終わりですか……?」
俺が問うと、アルバンは肩を震わせていた。
笑っているのか。それとも――
「ククク、俺がただ逃げたように見えたか? だがそれは違う。お前はおびき寄せられたんだよ」
言って、アルバンは得物である斧を取り出した。
俺も咄嗟に短剣を構える。
おびき寄せられた。ってことは、性懲りもなく狙いはまた俺か。
「あいつがお前達と出会ったって聞いたんでな。市場で張ってりゃのこのことやってくるんじゃねえかって思っていたが案の定だったってわけだ」
「私はここに誘いこまれたと……」
通りでアルバンの動きに迷いがなかったわけだ。
これは、相手が一歩上だったかもしれない。
「ウルリカの方も何人か兵を残している。あいつは魔法が達者だが、魔法使いが複数の人間を相手に立ち回れるかな?」
「……」
何もかも用意周到というわけか。
さすがは東方の旅団の残党。計画性だけは一流だ。
だけど、ウルリカさんが後れを取るとは思えない。
今考えるべきは、目の前の男から情報を引き出すこと。
「ふん、お前は本当に不思議な目をしているな。――いったい何者だ?」
「……ただの冒険者です。それ以上でも以下でもない」
この男に、俺がアルカナドールだと教える必要もない。
「……ま、そうだろうな。俺に話す必要もないだろう。だが――」
アルバンが斧を構え、戦闘態勢を取る。
俺もまた、臨戦状態だ。
「無理矢理吐かせればいいだけのこと――!」
アルバンが肉薄してくる。
だが、大した速さではない。それに、以前捕まった時のような暗い場所でもなければ、不意打ちでもないのだ。それに人数差もない。1対1だ。
「なに、速い――!?」
俺は最小限の回避に留めて、すぐに反撃に移る。
腕の防具の上からだが、短剣の一撃が入った。
その衝撃でアルバンは得物である斧を落とす。
「――終わりです」
「……強いな」
俺は短剣をアルバンの背後から腰あたりに突き付ける。
決着は一瞬だった。俺も少しは成長しているようだ。
アルバンも両手を上げ、一瞬諦めたかのように見えたが――。
「だが、俺が何の用意もなしにお前をここにおびき寄せたと思うか?」
「――!?」
空き地にある瓦礫や障害物の物陰から、アルバンの仲間らしき連中が現れた。どいつもこいつも武装しており、一般人じゃないことは一目で見て取れる。
「……」
……伏兵を用意していたってことか。
ざっと見た感じ、敵の数は約20。
これはさすがに不利って状況じゃないな。広範囲に影響を及ぼせる魔術でも使えれば話は変わってくるけど、俺の攻撃方法じゃこの人数相手にどうにかできるはずもない。
さて、これからどうしたものか。
恐らく逃げることは出来る。俺の機動力ならば敵に捕らえられることなくこの場を離れることは可能のはず。問題は、それでは目的を達することが出来ないという点だ。
なら、時間稼ぎに徹するか。
ディーンさんもウルリカさんもすぐに来てくれる。
特にウルリカさんがいればこの状況はなんて事のない物に変わるはず。
となれば、今俺が出来る最善の手は――。
「…………ふっ!」
電光属性の短剣を上空へ打ち出した。
すぐに閃光が爆ぜ、周囲一帯を明るく照らす。
そう、これは照明弾。ここに俺がいると2人に知らせるためのものだ。
ただ、灯りはとても弱い。気づかれない可能性も考慮しなければならないだろう。
「ち――。お前ら、かかれ!!」
アルバンの号令で、その仲間達が一気に迫ってくる。
だがやはり、一人一人は大したことなさそうだ。エリスさんと比べたらアリとゾウである。
「おお!」
「らああああああああ!!」
俺は敵の猛攻から逃げ続ける。
本気を出せば包囲網を突破することは可能だが、今は出来る限り時間を稼ぐのだ。そうしてウルリカさん達が来てくれれば俺の勝ち。間に合わなさそうなら離脱するだけ。このプランでいこう。