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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第三章
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対談





 やってきた闘技大会本戦の朝。

 日が昇る前に何となく起きてしまった俺は、昨日の戦いを思い出していた。


 女帝のアルカナドールであるエリスさん。その能力である炎操者ブレイズ。とても強力な力だった。これからの旅で、きっとドールの能力が必要になる時が来る。そのためにも、一日でも早く力を発現させておきたい。


「いっつ……」


 まただ。

 昨日の夜から度々頭痛が起きる。

 最初に起きたのはエリスさんの能力を見た時。

 まるで共鳴でもするかのように頭が痛くなった。


「いったい、なんだっていうんだ……」


 エリスさんの力にあてられた……?

 いいや、そうじゃない。そんな感じではないのだ。

 言葉にはしづらいが、何かが引っかかっている。

 忘れていることを、もう少しで思い出せそうな、そんな感じ。

 体調が悪いとかではないので、ウルリカさんに相談するのも憚られる。


「……ううん」


 俺の横のベッドで、ウルリカさんが寝返りを打った。

 時計を見ると、まだ朝の4時だ。起きるには早すぎる。


「俺はおばあちゃんか……」


 もう一度寝ようか。俺の枕元にいるミィもぐっすり眠っている。

 でも、目が覚めてしまった。もう一度寝るのは難しそうだ。

 かといって、1人で出歩くのも気が引ける。色々と。


「宿内なら、フラフラ出歩いても大丈夫かな」


 なんとなく、俺は宿内をぶらつくことにした。

 部屋を出て、一階へ。

 確か一階には食堂と談話室があったはずだ。

 まあ、こんな早い時間に起きてる物好きはいないだろうけど……。


「――あ」


 一階に下りると、宿の入り口からエリスさんが現れた。

 同じ宿なのは知っていたが、昨日の今日で、しかもこんな早朝にばったり出くわすとは思っていなかった。見たところ自主訓練の帰りのようだ。今日は大会本戦だというのに、大丈夫なのだろうか。


「奇遇だな。キミも眠れないのか?」


「いえ、私は目が覚めてしまって……。エリスさんはいつから?」


「私は眠れなくてな。こうして朝まで汗を流していた。もしかしたらキミに負けたのが堪えているのかもしれないな」


「えっ、ご、ごめんなさい……!」


 咄嗟に謝ってしまう俺。

 表情的に冗談だということは判ったけど条件反射的に謝罪してしまった。


「はは、冗談だよ。昨日の試合は私的にもいい刺激になったんだ。同じアルカナドールと戦う機会なんて滅多にないだろうからね」


「それは私も同じです。良い経験でした」


「ふ、だろうな。――どうだ、少し話さないか」


「いいですよ。立ち話もなんですから向こうの談話室で――」


 俺は談話室の方を見る。

 エリスさんも頷き、談話室へと向かった。


 当然ながら、談話室には誰もいなかった。

 エリスさんは慣れた手つきで暖炉を焚き、近くのソファへ腰かける。

 俺も向かいのソファに腰かけ、持ち前のコミュ障を発揮する。

 こういう時にどういう話題を振ればいいんだろう。

 受け答えは出来るけど、こちらから話を振るのは苦手だ。


「――少し、私のマスターの話をしてもいいか? その後で、ウルリカの話も訊きたい」


「あ、はい! お願いします……っ」


 俺は若干キョドりつつも、エリスさんの言葉に耳を傾ける。


「エルーはな、私の召喚者ではないんだ」


 初っ端から重そうな話題に身構える。

 まあ、エルーが召喚者ではないことは出会った時に話していたので、既に知ってはいるのだけど。


「とある男に召喚してもらったのだと聞いた。それが誰なのかは、私は知らない。だから、私にとってのマスターはエルーだけなんだ。そのことに関して、あの子にとやかく言うつもりはなくてな。ただ、ずっと一緒にいて、この身体で生活していて気になることもある」


 ゆっくりとエリスさんは言葉を紡ぐ。


「アルカナドールの器。それはいったい何なのか。……エルーは魔術師でもないからな。そこら辺のことはさっぱり知らないそうなんだ」


「ドールの器……」


 確かに、俺のこの肉体はどこから来たのだろうか。

 一番初めに、ウルリカさんが何か言いかけていたような気がするが、確信めいたことは何も喋っていない。


「魂は浄化され、生前の記憶は失っている。私もエリスになる前の記憶はない。だからエルーを主として、アルカナドールとしてあの子を守る者として生きている。そこに何の疑いもなくな。それは魂がまっさらだからだろうが、身体はどうなんだろうと思ってな」


「確かに……」


 自分が何者の身体なのか、それが判らないというのは正直気味が悪い。

 肉体のことは、ウルリカさんも一切触れていない。

 もしかして、アルカナドールの召喚というのは世間一般では禁忌なのかもしれない。魂を操作し、肉体を傀儡とする。そう考えると自分で自分のことが怖くなる。


「イオ。キミはどう思う? ウルリカはいいやつだが、アルカナドールとして生まれ変わったことを、本当は恨んでいたりしないか?」


「それは……」


 俺には生前の記憶がある。恐らくそれはイレギュラーで、ウルリカさんも知らないことだ。


 もし、俺が生前の記憶を持っているとウルリカさんが知ったらどうなるんだろう。軽蔑するだろうか。もしかしたらアルカナドールとしてのイオとして扱ってくれないかもしれない。考えようとしなかったけど、考えだすととても怖い。


「恨んではいません。一度死んだ魂なんですから、もう一度生を与えてくれたことを恨むなんて……私には出来ないです」


「そうか。そうだよな。――すまない、変なことをきいた。忘れてくれ」


「い、いえ……。ドールとして、私も気になることではありますから」


 考えだしたらキリがない。

 アルカナドールとして生まれたのなら、主を信じるしか生きる道はない。アルカナカードだってあるのだから、そもそもそうせざるを得ないが――。


「話を戻そうか。器のことだ。私もキミも身体が何者なのかを知らない。恐らく知っているのは召喚者のみ。となると、エルーが私の身体のことを知らないのは仕方のないことだろう。エルーは召喚者ではないからな。だが、キミは違う」


「そうですね。私を召喚したのもウルリカさんです。この身体のことは、きっと知っていると思います」


「訊こうとは思わなかったのか?」


「それは……」


 もちろん気にはなる。

 でも、それを知ったからといって、何がどう変わるわけでもない。


「訊いても、多分教えてはくれないと思います……」


「……そうか。いやなに、私が逆の立場でも言いづらいと思う。人造の身体ならいいが、もし誰かの亡骸を器として使っているのなら……。その姿を見た知人や家族はどう思うのだろうなと、そう思っただけさ」


 エリスさんは複雑な表情をしていた。

 きっと、ずっと気になっていて、でも誰にも話すことが出来ずにいたことなんだろう。俺だってそうだ。アルカナドールにしかわからない悩みを、普通のヒトに打ち明けても判ってもらえない。そう思って生きてきた。


「ドールだけの悩みですね」


「まったくだ。でも、よかったよ。私だけではなく、キミも似たように考えでいてくれて」


「ですね。私もちょっとだけ安心しました。――だけど、これだけは言えます。私はウルリカさんのアルカナドールでよかった。あの人のために尽くせる人形でよかった、って」


 俺がそう言うと、エリスさんは面食らっていた。


「ふ、そうだな。私もエルーが主でよかったと思う。こうして生まれ変わって、充実した日々を過ごせるのも、あの子のおかげだ」


 エリスさんはそう言って微笑んだ。

 アルカナドールとして気になること、不安や悩みもある。

 でも、俺もエリスさんもマスターを想う気持ちは同じだった。

 今はそれでいい。難しいことは考えずに、ただ自分の気持ちに正直にいればいいのだ。俺がどうしたいか、それが重要なのだから。


 それから、2人で色々な事を話した。

 ドールになってからの日々。ウルリカさんのことや今までの旅のこと。

 気づけばお互いの主の自慢話ばかりしていたような気もするが、それはまあ許してほしい。それだけ俺達は自分のご主人様が大好きなのだ。これもドールの性だろうか。


「――そういえば、本戦は午後からでしたよね。今からでも少し眠った方がいいのでは?」


 一時間程エリスさんとお喋りをし、一段落したところで俺はそう提案した。さすがに一睡もせずに試合を迎えるのは身体がキツイはずだ。


「そうだな。なんだか今ならスッキリと眠れそうだ。キミとたくさん話をしたからかな。ありがとう」


「いえ、私も同じ境遇の人と話せてよかったです」


「――そうか」


 エリスさんは立ちあがる。

 俺も、ソファから腰を上げた。


「それじゃあおやすみ、イオ」


「はい。おやすみなさい」


 気づけば日も昇りかけている。

 窓の外に広がる街は、ようやく朝を迎えようとしていた。


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