VS女帝
闘技都市パークスのとある空き地で、愚者のアルカナドールである俺と女帝のアルカナドールであるエリスさんは対峙していた。お互いの背後にはマスターが控えていて、恥ずかしい戦いは出来ない。
「……行くぞ」
先に仕掛けてきたのはエリスさんだ。
先ほど見せてもらったドールの固有能力、それは炎操者。炎を自在に操る能力だ。質量も形状も自由自在ということだから、どのようにして攻撃に絡めてくるのか。今はまだ想像でしかイメージできない。
「……っ」
一気に距離を詰めてくるエリスさん。
腰のショートソードを抜刀、勢いのまま斬りかかてくる。
俺はひとまず剣での攻撃を短剣で受けた。
スピード的に避けれたが、相手のパワーを知りたかったのだ。
「お、重い……ッ」
しかし、想像以上にエリスさんの一撃は重かった。
やはり鍛えられているだけはある。俺のように一撃一撃が軽くはなさそうだ。これなら、受けるよりかは避けてスピード勝負を仕掛けた方がいいかもしれない。
エリスさんの攻撃を短剣で弾き、俺は後方に飛び退く。
距離を詰める速度はかなりのもので、油断したらすぐに 肉薄される。
だけど、接近戦は持ってこいだ。むしろ望むところである。
「身体が小さいのに受けきるか。さすがは愚者のドールだな」
「エリスさんも凄いパワーでした。そう何度も打ち込まれたらもたないかもしれません」
「ふっ……。今のはあえて短剣で受け止めたんだろう? 私の力量を測ろうとしたんだろうが――次はどうかな……!」
再びエリスさんが急接近してくる。
今度は俺も攻める番だ。相手がヒトでは俺の5本の短剣はあまり意味をなさない。属性が付与されていても弱点をつけるわけじゃないからだ。だが、能力に対しては違う。相手の能力は炎。なら、俺が常に握っておくべき短剣の属性は氷結属性――。
「はッ――!」
「……っ」
やはり、次は炎と同時の攻撃だ。
ここまでは何となく予想できた。自在に操れるのなら攻め手を増やさない理由はない。
「これで――!」
氷結属性の短剣で炎を弾く。
やはり、多少は抵抗力があるのか炎が弱まっている。
「属性付与された武器か――! だが、攻撃の本体は私だぞ!」
炎を弾いたと思ったら今度はエリスさんの斬撃が俺を襲う。
だが、今度は短剣で受けずに、エリスさんの足元に潜り込んだ。
「なに!?」
「せぃ!」
俺は昇竜拳よろしく脚で超低空からアッパーキックをかます。
だが、すんでのところで上体を反らされ、躱された。
さすがに反応してくるな。今のは結構いい感じにカウンターできたと思ったけど、相手の方が上手だったようだ。
一度エリスさんは距離を取った。
今の工房で接近戦は不利だと悟ったのだろうか。
まだ炎操者の本領は見れていないので、手加減されたような気もしないでもないが……。
「足元に滑り込んできてから身体全身を使っての攻撃か。リーチの短さを把握したうえで最適解を選択する戦法……。どうやら戦いの才能はあるようだ」
「あ、ありがとうございます……」
強い人に褒められてしまった……。
戦闘中だというのに、そのことは素直に嬉しかった。
身体全部を使っての戦闘スタイルは、ずっとモンスター相手にやってきたことだ。エウィンさんにも教わった相手の懐に潜り込んで視界外からの攻撃という戦法はたくさん訓練した。そのかいがあったようだ。
「ちょっとイオ! 戦闘中に相手にお礼言ってから頭下げるなんていい子過ぎるわよ!? 集中しなさい、集中――!」
「ご、ごめんなさい! つい――」
「いいわ! 可愛いから許す!」
「は、はい! ありがとうございます!」
どうやら許しが出たようだ。
しかし可愛いから許すってなんだ。可愛くなかったら許されないのか。
まあ、ウルリカさんのことなので考えても判らないか。
にしても、お礼言ったり謝ったり忙しいな。
「余裕だな。だが、次の攻撃はそう簡単には行かないぞ」
「はい……!」
エリスさんのセリフで一気に緊張感が戻る。
今は試合中。相手がヒトとはいえ、集中しなければ痛い目を見るのは同じだ。
「……!」
炎がショートソードの刀身に集まりだした。
自在に操れると言っていたが、俺の短剣のように属性付与めいたこともできるのか。
だが、モンスターとの戦いではないのに、剣に炎を纏わせる意味はなんだろう。こちらが受けに徹しているのなら意味もありそうだが、こうやって事前に種明かしされているのなら俺は回避に専念するだけだ。奇襲性はないように思える。
だが、油断はできない。
相手の動きを何通りか予測したうえでこちらも動く。
予測パターン内なら、反撃の隙も作れるはずだ。
「ふ……ッ」
またしても直線的な動きでエリスさんは一気に詰めてきた。
スピードもパワーもある彼女らしい攻め方だ。
だが、こっちも受けに回ってばかりいるわけじゃない。
「地脈の力で、押し返す――!」
俺は地脈属性の短剣を地に突き刺した。地面が砂地であることを利用して、砂の波を起こす。短剣に魔力を送り込むことで、疑似的な魔術のような現象を起こすことが出来るのだ。
それに、火は砂にも弱い。
これで相手の炎の勢いを消すことが出来るはず――!
「甘い……ッ」
「な――!?」
俺が作った砂のバリケードは一瞬で粉砕されてしまった。
あともう少し耐久力があれば、相手の背後に回る隙も作れただろうが……。
「炎の一撃を喰らえ!」
エリスさんの左手から火球が数発飛んでくる。
俺は冷却属性の短剣で何とか全て弾き飛ばすが、おかげでエリスさんを一瞬見失ってしまった。砂埃も相まって、視界が悪い。こういう時は目で見ようとせずに――。
「そこ――!」
吐息などの音でエリスさんの居場所を感知する。
腰のホルスターから電光属性の短剣を抜き、投擲した。
魔力を込めたそれは激しく光り、短い間だがエリスさんの目くらましにも成功したようだ。
「ち……っ。小癪な真似を……!」
「もう一本!!」
今度は旋風属性の短剣を魔力を込め投擲する。
一瞬で砂煙が吹き飛び、エリスさんとの距離が露わになる。
視界を光で奪われているエリスさんに奇襲を仕掛けるなら今しかない。
俺は意を決し、氷結属性と火炎属性の短剣を握り突撃する。
「これで、どうだ――!」
氷結属性でショートソードに纏わりついていた炎をかき消し、弾く。
持ち前の機動力でエリスさんの握っていた剣を弾き飛ばすことに成功した。そして、すかさず次の一手を打つ。
が、それは叶わなかった。
唐突にエリスさんの全身が爆ぜたのだ。
その直後、彼女の身体には炎が渦巻く。
まるで炎の神。耐性があるのか、エリスさん自身に熱の効力は及んでいないようだった。
「これは……ッ」
さすがにあの状態のエリスさんに近づくのは危険だと判断した俺は、一度飛び退いて距離を取った。
「能力もなしにここまでやるとは……。愚者のドールなど関係なくキミという存在自体が強いということなんだろう。私にこの力を使わせたものは予選の相手にもいなかった。本戦のとっておきだったが、キミは大会に参加する選手じゃないからな。見せてやろう」
エリスさんは地を蹴った。
が、蹴っただけじゃない。その瞬間に足元が爆発したのだ。
「まず――」
気づいた時にはエリスさんの拳が目の前に来ていた。
俺は咄嗟に短剣でガードする。
生前の反射神経だったら間違いなく対応できていなかった。それくらいエリスさんのスピードは跳ね上がっていた。
「さすがの反応だな――! だが、ついてこれるか!」
連続してエリスさんの行動に爆発が起こる。
その挙動、一挙手一投足に小さな爆発が生じ、スピードと火力が上乗せされている。普通の人間には出来ない芸当をやってのけているのだ。
あれが、アルカナドールの力か……。
俺は回避に専念しながら、考える。
ドールの能力。魔力のように動力源があるのだろうか、と。
それさえ尽きてしまえばこちらにも勝機はありそうだが……。
「ドールの能力の根源はその魂の力だ。逃げ続けていても、体力が尽きるか、気力が尽きるか、私が諦めない限りこの猛攻は終わらんぞ――!」
さらにエリスさんの攻めが激しくなる。
こうなるともう俺に対応できる策はない。
近づこうにも炎の鎧が邪魔をするのだ。
氷結属性の短剣で打ち消すことも考えたが、エリスさん自身に纏われていてはすぐに修復されてお終いだろう。
もう、手段はないのか……?
模擬戦だから諦めてもいいけど、それじゃ前に進めないような気がする。
やれることはやりたい。まだ体力も気力も尽きてはいない。
「一か八かやるしかない――!」
俺は氷結属性の短剣に魔力を目一杯込めた。
氷結属性の短剣の一投であの炎の鎧を打ち消す。
そして、エリスさんがもう一度炎を纏う前に決着をつけるのだ。
しかし、そのためにはただ突っ込むだけじゃダメだ。何かきっかけを作らなければ――。
俺は待った。
エリスさんが攻撃の際に大振りになるその瞬間を。
そして――
「さすがの機動力だな――! だが、いつまでもそうしていては先に体力が尽きるのはそっちだぞ! いい加減、諦めたらどうだ……!」
その瞬間は来た。攻撃を避けられ続けて苛立ったのか、動作に隙が出来た。
俺は冷静に氷結属性の短剣を構え、炎を纏った拳による大振りの一撃を最低限の回避距離で避け、すぐに属性爆発を起動する。
「なに――! だが……ッ」
一瞬でエリスさんの炎の鎧が消し飛び、だがすぐに再生の予兆が始まる。
俺は間髪入れずに懐に潜り込み、一番初めに失敗した全身を使った蹴りでのアッパーではなく、ただの拳でのアッパーを打つ。
「が――ッ!?」
奇麗にエリスさんの顎に俺の小さな拳が入った。
その衝撃でエリスさんは堪らずによろける。
そして、尻もちをついた。顎への攻撃で脳にダメージが入ったのだろう。
「……」
エリスさんはきょとんとした表情で俺のことを見てきた。
驚いているようだ。俺がこの短い時間で炎の鎧をかき消し、一撃入れたという事実に理解が追い付いていないのかもしれない。
「ふ、ふふ……」
「……?」
なんだかエリスさんの様子がおかしいのだが……。
肩を震わせ、クックと笑っている。
なんか変なスイッチ入れてしまったかも……。
「いや、すまない。正直驚いている。まさかこんな小さな子に尻もちをつかされるとは思っていなかったからな」
「エリスさん……?」
「私の負けだ。試合という形なら一本入れられた私の敗北だろう」
言いつつ、エリスさんは何事もなかったかのように立ち上がった。
そして彼女はショートソードを拾い、鞘に戻す。
「え、えーちゃん、大丈夫……?」
心配したエルーさんがエリスさんに駆け寄る。
「ああ。大丈夫だエルー。だがすまない。負けてしまったよ」
「う、ううん。イオさん、は、強かった、から……」
「そうだな。イオは強かった。そしてきっとこれからもっと強くなる。戦ってみてそれだけのポテンシャルを感じた」
言って、エリスさんは俺に手を差し出した。
「ありがとう。いい試合だった」
「こ、こちらこそ……ありがとうございました……!」
俺はエリスさんの手を握り、握手をする。
背もそうだけど、手も俺より大きい。そんな相手に、俺は勝てたのだ。
「さすがアタシのイオ! よく頑張ったわね!」
こちらにやってきたウルリカさんに頭を撫でられる。
もちろんウルリカさんに褒められることは嬉しいが、それ以上にこの一戦は自分の自信にも繋がった。俺は拳を握りしめ、控えめにガッツポーズした。
その後、ウルリカさんが適当に混沌空間を利用して俺の短剣をパパっと回収してくれた。今更だが、5本あるからとはいえ投げ過ぎた気もする。戦い方も、これからは考えていかなくてはいけないな。
「またいつか再戦しよう。同じアルカナドールとしてマスターを守るべく研鑽を重ねようじゃないか」
「はい! エリスさんも明日からの本戦頑張ってください!」
「ああ。情けない戦いはしないと約束するよ」
――そうして。
俺の初めてのドールバトルは終わった。
得るものはたくさんあった。どれも俺の経験値になっている。
だけどやっぱり、俺の能力は開花しなかった。
愚者のドール。いったい俺にはどんな力が宿っているのだろうか。
期待と不安を胸に、俺達は宿へ帰るのだった。