固有能力
ミハエルさんと打ち合わせを終えた後、俺達は宿へ戻ってきた。
そろそろ夕方だ。明日に備えて今日は休んだ方がいいだろうか。
そんなことをミィを撫でながら考えていると、一旦外に出ていたウルリカさんが部屋に戻ってきた。ちなみに今回ディーンさんは別室である。何も起きないと思うけどウルリカさんが決めたことなので仕方がない。
「イオ、いる?」
「はい。いますよ」
なんだろうと思いながら、俺はウルリカさんの方へと歩み寄る。
「面白い約束をしてきたから一緒に来て欲しいのよ」
「面白い約束、ですか?」
な、なんだろう。ウルリカさんのことだから読めない。
面白い事――変な事じゃなければいいんだけど。
「いいからいいから。アタシも興味あるのよね」
「??」
よくわからないが、ついていくことにした。
ミィは宿にお留守番ということにして、俺達は外出する。
なんかウルリカさんが楽しそうで俺も嬉しいっちゃ嬉しいんだけど明日のこともあるし心配がないとは言い切れない。
「きっとイオも会ってみたいと思っていたはずよ」
「あの、いったい誰が……」
「それはついてからのお楽しみね」
「は、はい……」
ウルリカさんの歩調が速くなる。
宿を出てから、すぐに大通りを抜ける。
ルンルン気分のウルリカさんだが、一切の内容を知らない俺は不安の方が大きい。変な事ではないだろうけど、ウルリカさんは好奇心旺盛だから。厄介ごとに首を突っ込んでなければいいんだけど。
やがて人通りは少なくたっていき、迷路のような路地裏を抜け、空き地のような場所へ辿り着いた。
もう少しで日も落ちそうだ。明日は闘技大会の本戦初日。なんだか街中も緊張に包まれているような錯覚に陥るが、俺は全く別の意味で緊張していた。
「ここよ」
空き地の中には知っている人が1人と知らない人が1人いた。
1人はエルーさんだ。もう1人は見覚えがないが、察しはつく。
「もしかして――」
「そ、あの子が女帝のアルカナドール」
エルーさんの横には、赤髪の少女が立っている。
なんとなく、初対面じゃない気がした。同じアルカナドールだからそう思うのだろうか。向こうも俺と同じことを感じているのかもしれない。
「エルー。紹介してくれる?」
「は、はい……っ。こ、この子が、えーちゃん、じゃなかった、女帝の化身、の、エリス、ですっ」
相変わらず人と話すのが苦手なのか、エルーさんはオドオドしている様子だ。しかし、横に立つ女帝のアルカナドールであるエリスさんは少しも動じていなかった。
「エリスだ。まさかエルーに友達が出来ようとは思わなかった。正直とても驚いている」
身長はウルリカさんより少し高いくらいだろうか。
腰には得物であろうショートソードが差さっており、身のこなしも一般人のそれじゃないことが分かる。恐らくしっかりと訓練しているんだろう。見ただけでエリスさんがかなりの手練れであることが見て取れた。
「……友達?」
俺は小声でウルリカさんに訊く。
「色々あったしもう友達みたいなもんでしょ。あと、例の件は黙っているから気をつけてね。エルーとの約束だから」
「あ、はい」
例の件とはアルカナカードを奪われたことだろう。そのことをウルリカさんは小声で報告してくれた。俺もカードの件は口を滑らせないように気をつけないと。
「それで、その子が愚者のドールか」
エリスさんが俺の方を見ている。
美人な人なので、ちょっぴり気恥ずかしい。
しかし、やっぱり一目じゃアルカナドールだなんて思えないな。
俺もドールっぽくはないので人のことは言えないけども。
「そうよ。可愛いでしょ」
「可愛いことは置いておいて、何とも不思議な雰囲気だな。どこか底知れぬものを感じる」
エリスさんの言葉にムッとするウルリカさん。
恐らく俺が可愛いということを自慢したかったのだろうが、軽くあしらわれたからだろう。う~ん……俺は猫かなにかかな?
「――あ、あの、エリスさんはドールの能力を持っていますか?」
俺はずっと気になっていたことをきいた。
この世界でアルカナドールとして転生したものの、俺にはまだドール固有の能力を発動できていない。他のドールに出会えたなら訊いてみようと、ずっと思っていたのだ。
「……? ああ、持っているが」
言って、エリスさんは手を正面に掲げる。
すると、そこから炎が出てきた。
その炎を見た瞬間、ズキっと頭が痛んだがそれも一瞬だった。
「私の能力は炎操者といってな。炎を自在に操ることが出来る」
エリスさんが手を上に上げると、それにつられて炎も舞い上がる。
それからエリスさんは炎を色々と操ってみせた。
大きさを変えたり、形を変えたり質量を変えたり、本当に自由自在だ。
「す、すごい……」
俺にもドールとしての能力があるはずなんだが、未だに発現しないのだ。
そのことで実はちょっと悩んでいたりもする。ドールとしてのアドバンテージが無いに等しい今、強くなる近道はきっと固有能力だろう。それを早く身につけないと、いざという時にウルリカさんを守れないかもしれない。
「それで、お前の能力は何だ? 愚者は特殊だと聞くが何かしらの能力はあるんだろう?」
「そ、それは……」
俺が言いよどんでいると――
「イオはまだ能力を発現できていないわ。愚者の化身は謎に満ちたドールだから文献もあまり残っていないみたいだし、アタリがつかないのよね」
ウルリカさんがカバーしてくれた。
他の化身ならば、化身固有の能力があるようだが、愚者は毎回変わるらしい。だからウルリカさんも俺の能力についてはまだ把握できていない。
「なるほどな。そもそも愚者のドールは召喚されるのも珍しいときく。能力の発現もきっと普通ではないんだろう」
エリスさんは炎を消し、ふぅと一息ついた。
それから、少しの静寂の後――
「――それじゃ、やりましょうか」
と、唐突にウルリカさんが言った。
やる、とはいったい何をするのだろう。
「え、えーちゃんも、大丈夫……?」
「ああ。私は明日のためにもヒト相手の実戦はありがたい。大会の相手はヒトだからな。魔物とばかりでは勘が鈍る」
「そ、それなら……、おねがい、します」
「ええ。そんじゃイオ、ばーんとやっちゃいなさい!」
ビシっと相手に指をさすウルリカさん。
まるで今からポケ〇ンバトルでも始まるかのようだ。
いや、恐らく似たようなことをやろうってことなんだろう。
ドールバトルってやつを。
てか面白い約束ってこれかだったのか。
道理でテンションが高かったはずだ。
まあ、俺だって戦ってみたかったしな。
もちろんやるからには全力でやってやる。
「わ、わかりました……!」
そうして、俺とエリスさんのドールバトルが始まるのであった。