打ち合わせ
選手用の部屋ということで、ミハエルさんの部屋は殺風景だった。
部屋の中はそこそこ広く、ゆとりがある。ベッドも大きいし浴室なんかもついていてまるでホテルのようだった。
「まあ、適当に座ってくれや」
ミハエルさんはそう言うが、座れる場所といえばソファとベッドくらいなものだった。しかもソファはあまり大きくない。というか小さい。座れても1人かそこらが限界な気がする。
「それじゃ遠慮なく」
しかしそこはウルリカさんである。
何の遠慮もせずにソファにドカっと腰かけてしまった。
……少しは遠慮というものがないのだろうか。
ミハエルさんも少し驚いているよ。
「はは、なんつーか、おもしれえ女だな。こんなとこに忍び込んでくるのも大概だが、態度もでかいときた。こりゃ将来は大物になるかもな」
ミハエルさんは笑い飛ばしている。
よかった。失礼なやつだと思われているわけではなさそうだ。
主がそういう風に思われるのはドールの俺としても悲しいし。
「そうよ。アタシは賢者になる女なんだから。今のうちにサインでもしときましょうか?」
「賢者、ねえ。そいつは茨の道だな。本当に選ばれし者しかなれないって聞くぜ? 嬢ちゃんはそれでもその道を行くのかい?」
「当り前よ。旅に目的は必要だもの。ふらふら旅してるだけじゃそれはただの観光。善なる行いをして、自分自身も高めていく。そうやって成長していくのが旅の醍醐味なんじゃない」
ウルリカさんはきっぱりと言い切った。
そして、俺も彼女の意見には同意する。
俺たちがやっているのはただの観光じゃない。
世のため人のためというのは当然、自分の成長のために旅をしている。
とまあ、俺はドールだから、そんなウルリカさんを守るために存在しているんだけども。
「ふっ、威勢のいい若者だな。ま、嫌いじゃないぜ、そういう考えをしてる奴はよ。かくいう俺たちのリーダーもそんな感じの野郎なんでな」
「リーダー? 冒険者って言ってたからもしかしてクランに所属してるの?」
「そういうこった。だが今はそのことはどうでもいい。早速本題に移るとしよう」
そう言って、ミハエルさんは対面にあるベッドに腰かけた。
流れで、俺とディーンさんは立っている。
俺達はウルリカさん側なので、ベッドに座るというのも変かなと思った結果である。
「イオ」
「はい。なんですか?」
唐突にウルリカさんが俺を呼ぶ。
本題に入ろうというこのタイミングでなんだろうか。
「このソファ、イオのサイズならもう1人座れるわよ」
「え、ですけど窮屈じゃないかなって……」
「構わないわ。もしくはアタシの膝の上に座る?」
「そ、それは今はちょっと……恥ずかしいです……」
俺達しかいない宿の部屋とかなら別にいいが、今は目の前に知り合ったばかりのミハエルさんがいる。その人を前にウルリカさんの膝の上に座るのはさすがに憚られる。というかやっぱり普段も普通に恥ずかしい。
「いいからいいから。ミハエルも気にしないわよね?」
「まあ、俺は別に構わんが……。いったいどういう関係なんだお前達は? 姉妹にも見えないし、かといって親子はありえんしな……。仲間にしちゃイオの年齢は低すぎるだろ」
「イオはこう見えてもアタシのパートナーなの。ね。イオ?」
「は、はい!」
ウルリカさんにパートナーと言ってもらえてちょっぴり嬉しい俺。
そんでもって、アルカナドールです、とはさすがに言えない。ウルリカさんもきっと、本当に信頼できる相手にしか俺の正体はばらさないだろう。
「ほら、はやく」
「う……」
ウェルカム状態のウルリカさん。
こうなったらもう言うことに従った方がいいな……。
「……わかりました」
俺は諦めてウルリカさんの膝の上に座った。
よくわからないが女の子の良い匂いがする。
って、俺も今は女の子だから似たような匂いしてるのかな。
自分の匂いってなんかよくわからないんだよな。
「あの……私、重くないですか?」
一応訊いておく。
ドールだし体重が増えるとは思わないけども。
「全然。むしろ軽すぎなくらいよ」
「そ、それならよかったです」
初対面の人に見られて恥ずかしい……。
俺は縮こまりつつ、存在を消す努力をしよう……。
「コホン。んじゃま、話をするとするか。まずはお前たちの目的を知りたい。なぜこの宿舎に忍びこんだんだ?」
「噂を耳にしてね。大会関係者が買収されたとかなんとか。それが本当だとしたら異常事態でしょう? 八百長だってあるかもしれないし、他にもどんなことがおきるかわからない。だから真偽のほどを確かめようって思ってね」
「大会関係者が買収、か。となると、よほどの金持ちじゃないとそんなことは出来ないだろうな」
「どうやら商人達が絡んでいるようなのよ。ちなみにロメオって名前に聞き覚えはない?」
ウルリカさんが尋ねると、ミハエルさんは眉をピクリと動かした。
「ロメオっていやあ、本戦に駒を進めたやつにそんな名前のやつがいたな。見た感じただの冒険者風だったが……そいつがどうかしたのか?」
ミハエルさんに訊かれ、ウルリカさんは昨日の出来事を説明した。
怪しい商人とそのロメオというやつの密談の現場に出くわしたこと。
彼とその背後にいる人物が闘技大会で何かを企んでいるということ。
そして、幻獣化というワードも口にした。
ただ、エルーとアルカナカードのことは触れなかった。
ウルリカさんなりに何か考えがあるのかもしれない。
「……って、わけ。だからアタシ達はこうして行動を起こした」
「なるほどな。なぜその密談現場に居合わせたかは知らんが、幻獣化か。これはビンゴだったかもしれないな」
ふ、とミハエルさんは笑った。
幻獣化というワードに何か彼にとって意味があるのだろうか。
あまり知られていないワードのような気もするけど……。
「ビンゴ? どういう意味?」
ウルリカさんが訊き返す。
「ああ、実は俺達はとある組織を追っていてな。その組織が何やら企んでいるのがその計画の一端が幻獣化ってやつなのさ。俺がこの闘技大会に参加したのもその組織が噛んでいる可能性があるって情報があったからだ。まあ、大会にわざわざ参加したのはリーダーからの命令でもあるんだが――」
「つまりアンタ達はクランで動いている、ということかしら?」
達、という言葉を強調してウルリカさんは問いただす。
さっきミハエルさんも俺達と発言した。
つまり、1人でこの一件に対応しているわけではないようだ。
「その通り。あんたらも冒険者ってんなら聞いたことくらいあるだろう。【ウルスラグナ】ってクランだ。そこそこ名は通っていると思うんだが」
ミハエルさんがそのクラン名を口にした瞬間、ウルリカさんは露骨に嫌そうな顔をした。
まあ、一度勧誘を断っているチームに関わりたくないという気持ちは俺にもわかる。
「な、なんだ? 何か嫌な事でもあったのか?」
「実は以前、クランリーダーのカイゼルさんから勧誘を受けまして……」
「キッパリ断ったのよ。だからちょっと関わり合いたくなくてね。アネットとかいうのが勧誘役でアタシらのことつけ回してたんだけど、いつぞやから気配すらなくなったのよね」
「ああ、そういう事情だったか。まあ、アネットのことは気にしなくていいだろうな。あいつはそういうやつだ。自由気ままな性格だから今頃一人旅でも満喫してるだろうよ」
そう言うミハエルさんは呆れ顔だ。
どうやらアネットさんはクランの中でもそういう役回りらしい。
「昔から彼女はそんな感じだったからね。変わらず元気でやってるようで何よりだよ」
と、ディーンさん。
アネットとディーンさんはとある組織で実験豪物的な扱いを受けた者同士だ。その頃から破天荒な性格だったということだろう。
「なんだ、知り合いなのか」
驚いた様子でミハエルさんがディーンさんに訊いた。
「ええ。わけ合ってちょっとだけですけど。まあ、向こうは忘れているかもしれませんけどね。はは……」
「お前さん名前は?」
「あ、ディーンです。よろしくお願いします」
そう言って律儀に頭を下げるディーンさん。
相変わらずいい人オーラが出まくっている。
「今度きいておいてやるよ。まあ、そっちが先に出会うかもしれねえが。そういや嬢ちゃんの名も聞いてなかったな」
「そういやそうだったわね。アタシはウルリカ。よろしく」
「ああ。イオにウルリカにディーンだな。改めてよろしく頼む。んで、話は戻るんだが、今の話の流れだと俺達のリーダーとは知り合いってことでいいんだよな?」
「そうね。カイゼルとは面識があるわ。なんならこの子があのおっさんをぶっ飛ばしてるし」
「は……? イオが? リーダーを?」
目を見開いて驚くミハエルさん。
それもそうだろうな。こんな幼女がムキムキのおっさんをぶっ飛ばしたなんて想像もつくはずがない。
といっても、あの時はカイゼルさんもかなり手加減してくれていたし、ぶっ飛ばされたのも俺が急に変なこと言いながら突撃したからだしなぁ。
「い、一応……」
ぶっ飛ばしたのはあながち間違いではないので、ウルリカさんの発現に対して肯定しておく。実際に戦って勝ったわけではないので、言葉の綾というやつだろうけども。
「はは、こりゃすげえな。勧誘されるわけだ。リーダーはあれでも冒険者の中じゃかなりの凄腕なんだぜ? それをぶっ飛ばすたあ、ただもんじゃねえよな。こりゃ今回の一件も信頼してよさそうだ」
「そうよ。信頼しなさい。アタシ達はすごいんだから!」
えへん、と腕を腰にやるウルリカさん。
こういう仕草は可愛いなって純粋に思ったり。
「それで、具体的にどう動くつもりなの?」
「本戦は明日からだ。俺は第一回戦に出場する予定でな。その時にコロシアム内部の調査をする。俺の仲間達もこの街には潜伏しているから、そいつらには観客席側の調査を任せる予定だ。もちろん、ロメオってやつの動向も気にかけておく」
「なるほど。あとちょっと気になったんだけど、今回の件、情報があったって言ったけれど、その情報をどうやって【ウルスラグナ】は掴めたのかしら?」
「ああ、それなんだが、クラン本部に匿名の手紙が来てたらしいんだよ。パークスの闘神祭で開かれる闘技大会の本戦で例の組織が動くってな。誰から来たのかまだわかっていないみたいだが、念のために俺達が忍び込んでるってことだ」
「匿名からの情報ねぇ。そんなものに踊らされるくらいには暇ってことかしら」
挑発気味に言うウルリカさん。
なんだろう。どこかウルスラグナに対して棘があるよな……。
「念のためって言ったろ。それに、俺達のクランはそこそこ大規模なんでな。動ける奴は結構いるのさ。つうかよ、お前さんはそう言うがビンゴだったじゃねえか」
「ま、確かにね。結果論だけど」
「……なんつーか、生意気なお嬢様相手に喋ってるみたいだぜ」
「なんですって?」
若干ドスのきいた声で、ウルリカさんは威嚇する。
そういうところがミハエルさんの言うように見えるんだろうけど、俺はあえて何も言わないでおこう。
「わるいわるい。冗談だ。そんで、お前さん達には商人連中の動向を気にかけておいて欲しい。顔は知ってるんだろ?」
「まあね。でも向こうもこっちの顔は認識してるだろうから簡単にはいかないわよ」
「そこはほら、魔法使いだろ? ステルス魔術もあるみたいだし、上手くやってくれ、な?」
「……わかったわよ。本戦1日目は商人連中のマークね。なんだか地味だけど試合に参加できない以上仕方ないか」
「そう言うなって。つっても、恐らくもうそいつらの役目は終わってそうだがな」
「そうね。意味がないと判断したらそっちに合流するわ。仕掛けとやらが起動するのはコロシアムの方でしょうから」
「ああ。だろうな。あとこいつを渡しておく」
言って、ミハエルさんはウルリカさんに小さな丸いモノを渡した。
見た感じイヤホンみたいなやつだ。恐らく通信アイテムなんだろう。
「これは魔具かしら。見たところ通話するアイテムのようね」
「さすがだな。そいつは俺との連絡手段だ。魔力を動力にして作動する魔具。魔法使いのウルリカなら簡単だろ?」
「当然。これで離れていても連絡が取れるってことね」
「そういうこった。明日の朝また連絡する。――じゃ、頼んだぜ」
「ええ」
――そうして。
明日の本戦での立ち回り方が決まった。
俺達一向はコロシアム外の商人連中の動向に目を向けること。
どうせなら闘技大会の本戦をこの目で見たかったけどしょうがない。
向こうはウルスラグナの人達に任せて、やれることを頑張ろう。