ミハエル・カーディス
闘技大会の参加者ほぼ全員は、専用の宿舎で寝泊まりしている。これは、参加者が基本的に外部の人間であることから、大会の運営が毎回準備していることらしい。
専用宿舎は会場の近くに設営されている。そして、恐らくここが昨日あの2人が話していた場所だろう。
そう判断した俺達は、ギルドの後に宿舎にやってきた。昼過ぎなので辺りに、人が結構いる。
「例の場所はここね。見たところ、何の変哲もない普通の宿舎のようだけど」
宿舎は、周りの外観に溶け込むように、レンガ造りの風情ある物件だ。特別飾り気などはなく、どこか無骨で、まさに武の道を行く者達の宿、というかんじである。
ウルリカさんは腕組をしたまま辺りを確認している。恐らく魔法の類の仕掛けが施されていないかを見ているのだろう。
「幻獣化というのがどういうものかは判りませんが、あの人が絡んでいるということは碌なことではないでしょうね」
「ええ。イオの言う通りだわ」
ウルリカさんは、ふう、と1つ息を漏らした。
どうやら辺りの確認が済んだようだ。
「ここら辺は大丈夫みたいかい?」
「そうね。通行人はいるけどトラップのようなものはなさそうだわ。ただ、物理的なものと高レベルの術式で張られた罠は見破れないから、注意するに越したことはないわね」
「了解。気を付けて探ろうか」
「はい」
そうして、裏口から俺達3人は宿舎へ潜り込んだ。
基本的に、宿舎には関係者しか入れない。だから、ウルリカさんの魔法で気配を消して侵入した。
中は普通の宿舎だった。外観通り少し無骨な気はあったが、逆を言えばそれくらいだ。
参加者は皆部屋にいるのか、それともでかけているのかエントランスには誰一人として人がいない。人の気配はあるので、もぬけの殻ということではないようだが。
「――何者だ?」
唐突に何者かに声を掛けられ、慎重に振り返る俺達。
「あんたは……」
この人にはウルリカさんの魔法が効いていない。気配を消しているにも関わらず、的確に居場所を突き止めてきた。
「無駄だ。俺にはその手の魔法は通じん。ま、宿舎にいる他の連中は感づいていないようだがな」
男はやれやれと肩をすくめた。
俺達は警戒を強め、相手の出方を伺う。
「なに、別に取って食おうってわけじゃない。お前たちがどうして気配を消してこの場に忍び込んでいるのかが知りたくてな。本当なら参加者である俺にとってはどうでもいいことだが、少し気になることもある」
「気になること?」
「ああ。怪しい連中がこの大会を嗅ぎまわっていやがる。そのことと関係してるんじゃないかと思ってな」
「その怪しいのがアタシ達だとは思わないわけ?」
「ふっ、それくらいの判別は出来るつもりだ。目を見ればわかる」
男は、ジッと俺達のことを見てきた。なんだか見透かされているようでいい気分ではない。
「呆れたやつね……」
ため息をつくウルリカさん。
でも、この人はなんだか悪い人ではなさそうだ。
「ウルリカさん、この人に状況を訊いてみたらどうでしょう?」
「そうね。このまま闇雲に宿舎の中を探索するよりかは効率的かもしれないわ」
ウルリカさんの同意も得て、俺は目の前の男に話を訊くことにした。
「私はイオといいます。お互い知りたいことと知っていることがありそうなので、情報交換をしませんか?」
「話が早くて助かる。もっと警戒されると思ったが、俺の思い違いだったみたいだな。俺はミハエル・カーディス。わけ合ってパークスの闘技大会に参加している冒険者だ。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
言って、俺が手を伸ばすと、ミハエルさんは握手をするのではなく頭を撫でてきた。
「あぅ」
なんだか背伸びをした小学生みたいでちょっぴり恥ずかしいのですが……。俺の右手の行き場が無くなってるよ……。
「小さいのによくできた子だな。さすがにお前たちが親ということはないだろうから、まあ何かしらの事情があるんだろう」
ミハエルさんはウルリカさんとディーンさんを交互に見てから言った。どうやら2人を俺の両親に見立てたが、冷静に若すぎると判断したのだろう。
「アタシに子供がいるわけないでしょ。しかもこいつのとか勘弁だわ」
「ははは……。相変わらず酷い言われようだなぁ」
ウルリカさんはジト目でミハエルさんとディーンさんを見てふんっと鼻を鳴らした。
まあ、2人が番にでもなってくれれば俺的には凄く嬉しいけどな。そうすればずっと一緒にいられるような気がする。離婚とか、何もなければだけど。
「ひとまず場所を移動しよう。いくら魔法で気配を消しているからといってもここでは目立ちすぎるからな。大会関係者にばれると面倒だ」
「そしたらどこで話そうか」
ディーンさんがミハエルさんに訊くと、
「俺の部屋でいいだろう。個人の部屋にはさすがに急に入ってくるやつはいないだろうしな」
「それもそうだね。じゃあ決まりだ」
ウルリカさんも異論はないらしく、頷いた。
俺も、特に反対する理由もないので頷いておいた。
「じゃあ、行くか」
そうして、俺達はミハエルさんの部屋にお邪魔することとなった。