旅立ちの前に③
俺が異世界に来てから数ヶ月が経った。
ウルリカさんとエウィンさんのおかげで、アルカナドールとして恥じない働きが出来るようになった、と思う。
元々、アルカナドールの役割は魔法使いの補佐だったらしい。今では多種多様な扱われ方をされているらしいが、本来の役割は主人を守る盾だ。
ウルリカさんが話していた大賢者クノールの物語、その中に出てきたアルカナドールも、主人であるクノールの盾として活躍していた。
主人の盾になる事くらいなら、今の俺にでも出来そうだ。出来そうでは、あるのだが――。
「――結局魔術は発動出来ず仕舞いだったわね……」
魔道書の部屋のテーブル席に座っているウルリカさんが嘆息しながら呟いた。
「……(しゅん)」
「おらウルリカ! イオがしゅんとしちまっただろうが!」
「エウィンあなた、結局イオのこと気に入ったみたいね……最初はこんなガキがとか言ってたくせに」
「ああん!? そりゃ最初はこんな幼女なよなよしてダメだろうなーとは思っていたがよ。コイツ、心は相当な漢だぜ? 肉弾戦も俺様並にこなせる様に成長したし、もはや俺様の弟分……妹分か? みたいなもんよ!」
バァン! とテーブルを叩き、エウィンさんは「なぁ!」と俺に同意を求めてきた。
「エウィンさんは私の体術のお師匠様みたいなものです」
心は漢とエウィンさんは言ったが、まさしくその通りなのである。俺、魂は男なんだよなぁ。
「なによ。アタシはお師匠様じゃないってワケ?」
「あああいえそんなことはなくてですねっ!? ウルリカさんも私にとってお師匠様というか、一番尊敬している人というか。最も大事な人というか……」
言葉では言い表せないが、生前の母さんのようなイメージなのだ。
俺に優しくて、時には厳しくて、いつも傍にいてくれる。どんな時でも味方になってくれる。そんな母さんの面影を勝手に重ねてしまっているのだ。
でも、この世界に俺を転生させてくれたのはウルリカさんだし、母という表現は間違いない気がするな。うん。
「で、ですからウルリカさんは私にとって特別な人といいますか……っ」
「ふふ、困ってるイオも可愛いわね」
「うむ。まったくだぜ」
「もっと困らせたくなるわ。エウィンもそう思わない?」
「そうだな。その意見には同意だ」
「うー……」
人が真剣に物申している時にこの二人は……。
「だがよ、体術面なら今のイオはかなりのものだぜ? 接近戦からウルリカを守る事くらい出来ると思うが」
「でも、魔術戦闘の場合はどうするのよ。魔術を打ち消すには魔術を使わないといけないじゃない」
「魔術を使ってくるモンスターなんてそうそういないだろうよ。それこそ対人戦闘でもない限り魔術合戦になんかなりゃしねえだろ」
「まあ、それはそうだけど……」
どこか腑に落ちない表情のウルリカさん。
でもその気持ちは分かる。教え子が全く成長しないというのは正直師としてはかなりショックだろうし。だから俺も頑張って期待に応えられるようにしていたのだが……結果魔術はまだ依然として発動すらできない。困った。
「た、旅の途中でも、魔術の練習は出来ます! だから、えっと……」
何かウルリカさんを元気づける言葉はないのか。
引きこもりだった俺はコミュ力が無い。こういう時どんな事を言えばいいのか、上手い言葉が見付からない。
「その、ですね……」
「――大丈夫よ、イオ」
「え……?」
「アタシの事、励ましてくれようとしているんでしょう? それならもう十分貰ってる。魔術の特訓をまじめに取り組んでくれるあなたの姿をアタシは毎日見てるからね。頑張ってアタシの期待に応えようとしている事、ちゃんと伝わってるわ」
「う、ウルリカさん……」
「まあ、魔術の特訓は、だけどね」
「う……」
恐らくウルリカさんはこの世界の知識についての勉強の事を言っているのだろう。よく居眠りしてたから、まじめに取り組んでいたとはさすがに言い難いよなぁ。
「何にしても旅立ちの日が明日に変更はないわ。イオも大分この世界に慣れてきたし、戦う術も得たしね」
「はい」
戦う術。まあ、全て物理だが。
それでも戦えないよりマシだろう。
最初はあれだけ苦戦したスライムもいまや瞬殺出来るまで成長した。生前の身体では不可能だっただろうが、今の俺はアルカナドールという特殊な存在だ。おかげで成長も早かった。
「アルカナドールは基本的に身体能力が高い。加えて愚者のドールは天才型と聞いている。実際イオは俺様との特訓でめきめきと強くなったからな。普通の人間だったらこのレベルになるまで数十年かかるぞ」
「数十年もですか……」
確かに、今の自分の動きは生前では考えられない程化けている。
これもアルカナドールとしての力と、魔力という概念のおかげなんだろう。今エウィンさんも言ったが、俺が愚者の化身だからというのもあるようだ。といっても他のドールを知らないから、はっきりとは言えないが。
「じゃあ、今日はもう特訓は無しにしましょうか。エウィンもそれでいいわよね?」
「ああ。明日に備えて今日はゆっくりと休めばいいんじゃねぇか?」
「んじゃそういうことで。あ、そうだエウィン。明日からはもうイオとしばらく会えなくなるし、今日一日は好きにしてもいいわよ?」
「む……」
「なんだかんだいって、イオの事可愛がってたみたいだし。アタシはこれからもずっと一緒だから別に今日一日くらいなら構わないわ」
「おうおうそうかい。なら、今日は俺様がイオを独占してやるぜ」
「ええ。分かったわ。じゃあイオ、そういうわけだからエウィンと仲良くしてあげなさい」
「あ、はい」
「ってその言い方だと俺様とは仲が悪かったみたいじゃねえか!」
「そういう意味じゃないわよ。まあ、アタシもあなたには感謝してるの。ここでの生活では色々と世話になったし。その恩返しよ」
「恩返しってお前……。まあいいか」
やれやれといった風に首を左右に振り、エウィンさんは俺の方を向いた。
「そういうわけだ。今日一日は俺様に付き合ってもらうぜ」
「分かりました」
旅立ちの前日、俺はエウィンさんと過ごす事になった。