エルー・ミスタ
獣人の少女の名前はエルー・ミスタ。女帝のアルカナドールのマスターらしく、そのドールと2人で旅をしているらしい。
女帝のドールの名前はエリス。パークスには闘技大会に参加するために来たとのことだ。
「で、そのドールはどこにいるの?」
エルーさんがとっていた宿と同じ場所に宿を取り、俺達はその宿の一室で彼女から話を聴いていた。まあ、聞き取りのメインはウルリカさんだ。俺とディーンさんはミィと遊んでいるだけだったりする。
「明後日、の本戦に向けて、特訓をすると言って、出て行ってしまいました……」
「どうして一緒に行動しないの?」
「そ、それは……」
またもや泣きそうな顔で、エルーはウルリカさんから目をそらした。
「えーちゃん、の、カード、盗られちゃった、から……」
「盗られた? もしかして、あの店主に?」
「……(こくり)」
「でも、あの店主は知り合いが拾ったって言ってたわよ」
「そ、そんな……っ。あの人、いきなり、エルーにぶつかってきて……カード、盗った……!」
「なるほどね。ま、そんなとこだろうとは思ったけど。でもね、あなたも気を付けないといけないのよ。アルカナカードはとても貴重なものなの。ましてや闘技大会に出ているならなおのことよ。魔力を見抜けない一般人にも調べられたらドールだってばれるんだからね。注意してしすぎることはないわ」
「は、はぃ……」
「ていうか、盗られたってわかったならどうして取り戻そうとしないのかしら。あなた、ドールを顕現できたってことはそれなりに魔力が使えるはずでしょう?」
「そ、それは……。アルカナドール、は、わたしが顕現させたわけ、じゃ、ない……です……」
「――? でも、あなたがマスターなのよね?」
「……うん。契約は、わたし、が、結んだ……」
「つまり、違う何者かが女帝のドールを顕現させた。でも、主従の契約はあなたとドールで行った。ということかしら」
ウルリカさんが訊くと、エルーは頷いた。
「なんだかややこしいことになってるわねまったく。まあいいわ。話はわかったけど、証拠がない。一番手っ取り早いのはドールに確認を取ることだけど、そのドールがいないんじゃ話にならないわ。帰ってきてから確認させてもらうかしらね」
「うぅ……。えーちゃん、に、カードをなくしたこと、知られたく、ない……っ。お願い、します……! えーちゃんには、このことは……言わないで……!」
泣きそうな、というより、もうほぼ泣いている状態のエルーは、懇願するかのようにウルリカさんに縋りついていた。
「でもそうすると確認のしようがないじゃない。ていうか、事実ならお金さえ返してもらえればカードは返すわよ」
「えーちゃんに、大事な、カード、を、無くした、こと……知られたく、なくて……。それに、お金も、ないし……」
「お金がないというのは置いといて、カードを無くしたことを知られたくないという気持ちは判らないでもないけど、でもねぇ……」
ディーンさんと一緒にミィと遊んでいた俺だったが、さすがにウルリカさんも容赦がなさすぎる。それに、エルーさんは嘘を言っているようには見えない。だとしたらあの店主は最低な人間だ。他人のモノを奪って売り物にしているのだから。
ここはフォローを入れるべきだろうと判断した俺は、会話に割って入ることにした。
「あの、もう一つ、エルーさんがマスターであるか確認する方法がありますよ」
「あらイオ。その方法って?」
「その店主から証言を取ればいいんです。エルーさんから盗んだって」
「確かにそれなら証拠になりうるけど。でも、どうやってその言葉を引き出すの?」
「そうですね。相手は商人ですから、脅すのが手っ取り早いかと」
「……なんかイオ、ちょっと怒ってる?」
「少しだけ、ですけど。だって、アルカナカードを盗むなんて最低じゃないですか。服従させるにしても、売るにしても、良いことではないですよ」
俺はドールだし、なおさらそう思う。
それに、多分エルーさんは嘘をついていない。恐らくだが、盗んだ店主の顔を認識できていて、それであの周辺でカードを取り返す機会を伺っていたのだろう。だからウルリカさんがアルカナカードを購入した直後に現れたのだ。
店主がエルーさんを狙ったのも、彼女が弱々しかったからだ。相手は商人だし、これがウルリカさんみたいな強気で魔法使い風な女性だったらカードを狙うこともなかったはず。
「エルーの話が真実ならあの商人は確かに善人ではないわね。ま、イオがそこまで言うのなら信じてみようかしら。で、ディーンはどうする?」
「僕もイオちゃんと同意見だよ。それに、この子が嘘をついてるとも思えないしね」
ミィと戯れながらディーンさんが答えた。
ディーンさんも俺と同じ考えで少しだけ安心した。
「そ。なら、ギルドは明日行きましょうか。今夜はあの屋台の店主から話を聞き出すことにするわ」
そう言うと、エルーは頭を下げた。
「あり、がとう、ございます……!」
「別にアンタのためじゃないわ。ただ、アタシも曲がったことは大嫌いなの。それに、もしかしたら何か他の情報も得られるかもしれない。それだけよ」
「あ、あぅ……」
ウルリカさんに言われ、エルーさんは少し悲しそうだった。
「ウルリカさん、相変わらずですね……」
「そりゃそうよ。まだこの子が白って決まったわけでもないんだし。アタシはアルカナカードをちゃんとお金を払って買っただけなんだから」
ウルリカさんの言い分はごもっともだ。ただ買っただけ。どちらかというとこの状況、こちら側からすればエルーさんの方が怪しいのは間違いない。
それでも、俺はエルーさんを信じたいと思った。なんだか、放っておけないのだ。何か、予感めいたものを感じている。
「じゃ、今夜決行ってことで。いいわね?」
「はい」
「うん」
「……(こくり!)」
こうして、事実確認という名の脅し作戦が始まるのだった。