女帝のアルカナカード
クリンバを発ってから数日が経った。
俺達は無事に次の目的地である闘技都市パークスにたどり着いていた。
そろそろ野宿ではなく、ちゃんとした宿に泊まりたい。
町もあまりなかったし、適当なトコでキャンプしてばかりだった。
パークスは都市だし、宿の質も高い事だろう。
これでようやく身体を奇麗に出来るってもんだ。
「すごい人の量だ……」
「そうですね。やっぱり祭りがあってるからでしょうか」
戦神祭。闘技都市パークスで年に2度行われる祭りである。
俺達はたまたまその戦神祭の開催中にパークスに訪れたらしく、コロシアム周辺は人でごった返していた。
「だろうね。タイミングが良かったのか悪かったのか――」
「祭りの時期に訪れることが出来たのはラッキーですよ」
「そうねぇ。良い時期にこれたってことにしておきましょ。――にしても、こっちはクリンバと違って男臭いのが多いわね。なんというか、戦い好きの男どもばかりって感じ」
ウルリカさんは若干参ったような声音だ。
まあ、ウルリカさんは美少女で魔法使いだし、熱い戦いとかトーナメントとか拳と拳とかっていう言葉とは無縁だろうからなぁ。嫌気がさすのも頷ける。
「でも、なんだか心が高ぶるよ。ね、イオちゃん?」
「そうですね。うずうずします」
聞いた話によると、戦神祭はその名の通り戦の神に捧げるお祭りらしい。で、そのメインイベントが武芸大会だ。1週間かけて予選を勝ち抜いた腕自慢達による試合が行われる。優勝すれば名前を刻まれるだけではなく、多額の賞金ももらえるらしい。
「高ぶってるところ申し訳ないけど、もう予選期間は終わったから大会には参加できないわよ?」
「それはわかっているけど、でも、僕も参加してみたかったな」
「ったく、目的忘れてないでしょうね? パークスに来たのはクラン結成メンバーを捜すため。そのことをちゃんと頭に入れてもらわないと。ね、イオ?」
「そ、そうですね」
何故2人とも俺に振るのだ……。
困ったときのイオ頼みってやつか?
「それで、まずは恒例の宿探しですか?」
「そうね。長居する気はないけど、拠点は必要だわ」
「だね。まずは宿を探そうか」
「はい」
人も多いし、今回は迷子にならないように気を付けよう。
人ごみを離れ、俺達は裏通りのような場所へ。
石造りの家々が並び、どこか無骨な雰囲気だ。
鍛冶屋とか防具屋、武具ショップ等、武芸者向けの建物が並んでいる。さすがは闘技都市。武芸者の街だ。
「……え!?」
唐突にウルリカさんが立ち止まった。
その視線の先にあるのは屋台だ。陳列を見ると、どうやらなんでも屋のようなお店だった。
「どうしたんですか?」
俺が訊くと、ウルリカさんは、
「ちょっと待っててくれる?」
「? わ、わかりました」
ウルリカさんは足早に屋台へ。
そして店主と会話をし、何かを購入して俺とディーンさんの元へ戻ってきた。
「何か欲しいモノでもあったのかい?」
「欲しいか欲しくないかで言われれば欲しい分類に入ると思うけれど……、まさかこんなものがこんな場所で売ってあるとは思わなかったわ」
言って、ウルリカさんは屋台で買ってきたモノを俺とディーンさんに見せてきた。
「ちょ、それって……」
俺は目を疑った。
ウルリカさんが持っていたのはなんと、アルカナカードだったのだ。
「それ、アルカナカードかい?」
「そうよ。そして近くで見てわかったんだけど――」
ウルリカさんは手に持っているアルカナカードをくるりと裏返した。
「ありえないことに、顕現済みなのよ。ったく、どれだけずさんなマスターなんだか」
カードの表面には女帝のイラストが描かれていた。
つまり、このカードは女帝の化身のもの。ウルリカさんが言った通り顕現済みで、イラストが描かれているということは、まだドールは生きている。
「店主に訊いたら、カードはこの街で知り合いが拾ったんだそうよ。ただ、すでに顕現しているから価値はあまりないだろうってことで多少は安くはしてもらえたけど」
呆れ気味のウルリカさん。
それもそうだ。貴重価値のあるアルカナカードを落としているだけでも戦犯ものだ。それに加えドールもが顕現している。カードを悪用されても文句は言えない。
「で、どうするんだいそれ?」
ディーンさんはウルリカさんに尋ねた。
「持ち主が見つかったらいいけど、この街にいるとは限らないわ。とりあえず現状は研究の材料にさせてらおうかしら。もし持ち主がみつかったら……とりあえず説教ね。こんな大事なものを落とすなって」
「そうしてください。私が逆の立場だったらと思うとゾッとします……」
俺のマスターがちゃんとしている人でよかった。
「服従の力を使えば、近くにドールがいれば反応するとは思うけど――」
言って、どうやらウルリカさんは魔力をカードに込めているようだ。
しかし、周りで誰かが反応することはなかった。
「まあ、いないわよね」
「近くにいたらびっくりですよ。それにしても、女帝の化身はどんな人なんだろうなぁ」
自分以外のアルカナドールと出会ったことがないので、気になってしょうがない。化身によって性格も様々らしいし、色んなドールがいるんだろうな。
「それは会ってからのお楽しみね。ただ、全員が全員善良な意思を持つドールとは限らないから注意するのよ」
「はい。気を付けます」
同じアルカナドールだからといって、皆良い人とは限らない。その点は頭に入れておこう。
それから、宿探しの続きを始めようとその場を動こうとした、その時だった。
何者かがウルリカさんの服を掴んだのだ。その手は震えていて、必死さが伺えた。
「か、かえして、ください……」
か弱い声で、懇願する少女。
少女はみすぼらしい姿で、生前でいうところのまるでホームレスのようだった。だが、それ以上に気になったのは、彼女の頭から生えている狐のような耳だ。エウィンさんと同じ獣人なんだろう。
「あなた……」
ウルリカさんは小柄の獣人の少女を見る。
「そ、それ、エルーのカード、なんです……っ。お願いします、かえしてください……っ」
「いきなり現れてさっき私が買ったカードを返せっていわれてもねぇ。あなたが持ち主っていう確証もないし、はいどうぞって返すことは出来ないわ」
「そ、そんな……」
今にも泣きそうな少女。
だが、ウルリカさんは突っぱねたりはしなかった。
「そんな顔しないでよ。まったく、アタシが悪人みたいじゃない。とりあえず詳しい話をきかせて。話はそれからだわ」
「は、はい……っ」
そうして、とりあえず俺達はこの獣人の女の子の事情を聴くことになった。