別れと旅立ち
一夜明け、再び俺達とアニエスさんとミカエラはマルティーニファミリーの事務所にやってきた。
出迎えてくれたのはヨハンさんだ。なんだかんだ、初日に出会ってからお世話になりっぱなしだ。
「んで、今日発つんだな」
若干寂しそうな表情でヨハンさんは言った。
「はい。クリンバにきてから色々とありがとうございました」
俺は頭を下げ、礼をした。
相手から見たら、畏まり過ぎてるように見られそうだけど、それくらいヨハンさんには感謝しているんだ。
「アタシからも礼を言うわ。手助けしてもらったし、見聞も広げられたしね」
「そうか。それならよかった。ま、戦闘じゃウルリカ、あんたらの方が上手だったけどな」
「そうかしら? ヨハンもかなりのモノだったように思うけど」
「世辞はいいさ。冒険者とマフィアじゃ戦う相手も場数も違うだろうしな。それに、俺は魔法なんかからっきしだぜ?」
「魔法がなくてもあそこまで戦えるっていうのが凄いのよね。鍛えたらもっと上いけるんじゃない?」
ウルリカさんは冗談半分にそう言った。
ヨハンさんは小さく笑い、肩をすくめてみせた。
「目的が違うからな。もっと他のトコ磨くさ」
「それもそうね。それがいいわ」
ウルリカさんも口元に笑みを携えている。
短い時間だったけど、それでも俺達とヨハンさんは仲間のようなものだったのだろう。前回の筋肉さんもそうだが、こうやって出会う人とも別れなければならない。それが旅をするということだとは判っているんだけど、やっぱりさびしい思いはある。
「私達からもお礼を。今回の件、本当にありがとうございました。あなた方がいなければ、きっとミカエラは取り戻せていなかった」
「ありがとう」
アニエスさんとミカエラが頭を下げた。
「なに、困った時は何とやらだ。それに、旅団とはこっちでもケリつけなきゃなんねぇ事だった。それがたまたま協力って形になっただけさ」
「ふふ、そういうことにしておきます。ですが、あまり無茶はしないでくださいよ? 今回の一件、何か裏があるように思えます」
あえてゼルマの事を言わないのは、アニエスさんが思ってのことだろう。確かに、一マフィアには重すぎる問題だ。何も知らない方が良い。
「ご忠告どうも。ま、こっちはこっちで好きにさせてもらうさ。これまで通りな。それと、ディーン。後でちょっといいか?」
「僕かい? 別に構わないけど……」
「大したことじゃない。最後に一言言っておきたくてな」
「わかったよ」
ディーンさんも何かを察したのか、頷いた。
そんな中、俺はミィを抱き上げ、その頭を撫でた。
ミィも別れが寂しいのか、小さく鳴いている。
旅をしているのだから、出会いと別れを繰り返すのは当然だ。むしろそれが醍醐味だと胸を張って言えるくらいにならなければ、一人前とは言い難いだろう。だから、感謝しよう。出会いに。そして糧にするんだ。きっと、例えここで別れても俺の力になるって。
「イオ。また遊びに来いよ。待ってるぜ」
「はい……っ」
別れを悲しんでいる場合ではない。
ウルリカさんを守れる立派なアルカナドールになるんだ。
ここで立ち止まるわけにはいかない。
次の目的地は闘技都市パークスだ。
新しい仲間捜しもだが、強くなるための何かを見つけたい。
だから行こう、次の場所へ。
「悪いな、最後に呼びだしちまって」
ヨハンに言われた通り、ディーンは1人事務所に残っていた。
「気にしなくていいさ。イオちゃんのことだろう?」
「ああ。大事にしてやれよ。それだけ言いたかった」
と、真面目な顔で言うヨハンを見て、ディーンは何故だか可笑しくなってしまった。
「ああん? 笑いやがって何が可笑しい?」
「いや、そんなにイオちゃんが大事なら一緒に行ってあげればいいのに」
「はッ、無理に決まってるだろ。俺はここが居場所なんだ。例えイオのためでも、それは出来ねえ」
「なら、どうしてそこまで気にかけるんだい? ずっと、気にはなっていたんだけど、聞きそびれていたよ」
初めて会った時から、どことなくヨハンはイオを気にかけていた。まさか、あんな小さな娘に惚れたわけではないだろうし、何か理由があるはずだ。
「初恋だよ」
「へ?」
と、まさかの回答に、ディーンは素で目を丸くした。
それはないだろうと考えていたことをズバっと言われ、正直度肝を抜かれた心地だ。
「っと、そういう意味じゃねえ。俺の初恋の相手に似てたんだ。、まだガキの頃にな、世話焼きの女がいたのさ。はみ出し者の俺を気にかけるバカ野郎がな」
「と、そういうことか。でも、それだけでここまで気にかけるかな? 似てたって思うだけで済みそうなものだけど」
「まあ、普通はそうだろうな。ただ、俺はアイツに囚われちまってたんだろう。もうずっと昔のことだが、俺の中に巣くって止まねえ」
「何かあったのかい?」
「……殺されたんだよ。金品や身体目的……。まあ、スラムじゃ珍しいことじゃなかったがな」
「それは……」
妹を亡くしたディーンにも、似た経験がある。だからか、ヨハンの気持ちは痛いほどに理解できた。
「弱肉強食の世界だ。だから俺は己の弱さを恨んだ。俺が強ければ、アイツは死ななくて済んだんだ。だから恨んで恨んで恨み抜いた。だが、いくら己の弱さを嘆いたところでアイツは帰ってこない。だから強くなろうと思ったのさ。今度は絶対に守れるようにってな」
「ヨハン……。そうか。僕らは似た者同士だったのかもしれないね」
「どういうことだ?」
「まあ、僕にも同じような経験があっただけのことだよ。だから、君の気持はよくわかる。今度は守れるように強くなろうっていう想いがさ。だから大丈夫。イオちゃんは僕が絶対に守るよ」
「ふ……。敵わねえはずだぜ」
ヨハンは小さく微笑み、帽子を目深に被った。
「色々と世話かけたな。お前たちと出会えたおかげで俺もどこか踏ん切りがついた。ありがとな」
「僕も、君と出会えてよかったよ。ありがとう」
最後に2人は握手をした。
男同士、判り合えたのだと、ディーンは感じていた。
「じゃあな色男。また遊びに来いよ」
「うん。必ず!」
そう言って、ディーンは事務所を後にした。
本当に久しぶりに、心からの男の友人が出来たこと。そのことが、嬉しかった。
(……やっぱりこういうのって、いいな)
出会って別れて。これも旅の醍醐味だ。
それでもやはり、寂しい気持ちはある。
ディーンは気づいたら、涙を流していた。
「ディーンさん? どうしたんですか?」
外で待っていてくれたのであろう。扉の近くにいたイオが心配そうな表情でディーンを見上げてきた。
「ううん。なんでもないよ。大丈夫」
「それなら、いいんですけど……。でも、本当に何かあったら言ってくださいね。私達、仲間なんですから」
「イオちゃん……。ありがとう……っ」
友人が出来て、仲間も出来て。今までのことを考えると、恵まれすぎていて、少し怖いくらいだ。
だが、ディーンはこうも思った。この関係を守っていきたいと。これからもイオとウルリカと一緒に旅をしていきたいと。そうして、色々な経験を積んで、様々な出会いを大事にしたいと。
「僕は幸せ者だ……」
涙を拭き、ディーンは顔を上げた。
別れを惜しんで泣いてなどいられない。これからも、旅は続くのだ。
「よし。行こうか、イオちゃん」
「はい!」
こうして、ディーン達はクリンバを発つこととなった。
まだ見ぬ地を目指して、彼らはの旅は続く。