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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第二章
84/110

予期せぬ出会い



 ミカエラは裏口の出口で拘束され倒れていた。

 辺りにアルバンの姿はない。もしかしたら、チックが負けると踏んでミカエラを放棄し1人で逃げたのかもしれない。

 すぐさまアニエスさんが駆け寄り、拘束を外す。自由になったミカエラを抱きしめる様は、まるで母親のようだった。


「勝手なことはしないと約束したでしょう……っ」

「ごめんなさい。でも、外の世界をもっと見てみたかったの。ずっとあの里で暮らしてきたから」

「ならせめて、私を頼ってください。1人で出ていくなんて、無茶が過ぎます……!」

「……アニエスには悪いことしたわ。本当にごめんなさい」


 無事でよかった。2人を見て、心の底からそう思った。


「イオも無事でよかった」

「ミカエラもね。ほんと、一事はどうなることかと思ったよ」


 俺がそう言葉を発すると、ウルリカさんがきょとんとした表情になった。


「あら、ミカエラにはそういう喋り方なのね。いつも丁寧語だったから、ちょっぴり違和感あるわ」

「あ、えと、これはですね……」


 ミカエラに言われたからな。同い年くらいだから、言葉づかいは普通でいいって。


「同年代っぽいから当たり前。でも、最初は確かに丁寧語だった」

「私と同じですね、イオさん」

「ほんとだ。アニエスと同じ」

「ははは……」


 まあ、喋り方はこの際どうでもいいじゃないか。丁寧語で喋ってないと素が出まくりそうだからな。といっても、さすがにこの喋り方にも慣れたけど。


「とにかく、ミカエラは取り返したわ。でも、アイツはどこに行ったのかしらね」

「見当たらないですね。まだこの辺りに隠れているんでしょうか」

「あの男なら、私をここに置いて逃げたわ。さすがにこの面子には敵わないだろうから、賢い選択ね」 

「ミカエラを置いて逃げたんだ……。最初からチックは足止め出来ないと踏んだのかな」

「でしょうね。イオもそう思う?」

「そうだと思うけど……」


 それ以外には考えられない。

 アルバンは、自分だけでも助かろうと考えたんだろう。旅団はウルリカさんやアニエスさんの活躍で壊滅寸前だし、ここに残っても仕方がない。

 でも、なんでだろう。それだけじゃない気がする。もっと、他の思惑があるんじゃないかと思わずにはいられない。


「若干スッキリしないけど、これでやることはやったわ。深追いする意味もないでしょ。アタシ達の目的はミカエラを取り戻すこと。アルバンを潰すことじゃないわけだし。チックにも落し前? はつけれたでしょうしね。旅団もほぼ壊滅したはずだし」

「そうですね。役目は果たしたと思います。これ以上動く意味はないかと」


 無理にアルバンを倒す必要はない。ウルリカさんの言うとおり、やることはやったんだ。これ以上は必要ないだろう。


「じゃあ、これで一件落着だね。このまま帰る? それとも――」


 と、ディーンさんが言おうとした瞬間。

 空間が振動した。何もない場所に、歪みが形成される。


「あ、あれは……ッ」


 見たことがある。というか、いつも見ている。

 規模は小さいが、毎日ウルリカさんが使っている術だ。

 混沌空間カオスゾーン。それが現れる時の歪みだ。


「アタシ以外にこの魔術を使えるのはアイツしかいないわね……」


 その場所を睨みつけ、ウルリカさんは早くも臨戦態勢だ。

 おれも、構える。相手はあのシーグル・セルシェル。油断は出来ない。


「一体、何が……」


 アニエスさんも驚きの声を上げている。

 ミカエラも、口を開けてその様子を見つめていた。


「先手必勝……っ!」


 と、相手がゲートから完全に出てくる前に、ウルリカさんは魔弾を撃ち放った。

 だが、容赦のない一撃は、鈍い音を立て、弾け飛んだ。

 舌打ちをし、ウルリカさんは次の攻撃へと移ろうとした。が、その前に敵が姿を現した。


「相変わらず容赦のない方ですわね、ウルリカさん」


 と、混沌空間カオスゾーンのゲートから現れたのはシーグルではなく、特殊な紋様を瞳に持つ、例の呪術師。ゼルマ・リュトガースだった。


「アンタ……っ。どうしてこんな場所にいるのよ!」


 そういえば、ゼルマはシーグルの仲間だったか。そういうことなら混沌空間からゼルマが現れたことにも納得がいく。


「奪いにきましたの。本来なら、既に達成された目的でしたが、あなた方に邪魔をされてしまいましたから。ですが、結果は同じこと。要は核を奪えばいいのです」

「奪うですって? アンタ、何を言って――」

「遅すぎましてよ、ウルリカさん!」


 気付いたら、大きな魔法陣が俺達の足元に浮かび上がっていた。

 呪円陣カースラウンドだ。筋肉さんがいない今、この呪術を打ち消せる人間がいない。


「少しばかり時間が稼げればいいのです。範囲が広ければそれだけ効果は薄まりますが、問題はありません」


 そうゼルマが言った直後、彼女は一瞬でミカエラの背後にまで移動していた。

 そして、その手でミカエラの腹部を貫いた。だが、血が出ていない。手は間違いなく身体に入っている。何か特殊な術でも使ったのだろうか。


「ミカエラッ!!」


 アニエスさんが叫ぶ。

 気合いで呪術から抜け出そうとするアニエスさんだが、身体が思うように動かないのだろう。苦しげに呻いているだけだ。


「身体が、重い……っ」


 これほどまでの拘束力。やはりゼルマはただ者じゃない。

 ウルリカさんもディーンさんも動けないでいる。それぞれ表情は苦悶に満ち、どうにか打ち消そうと躍起になっているが、それは敵わない。それだけゼルマの術が強大ということか。


「あ……うぁ……」


 苦しそうな声を上げるミカエラ。

 一瞬の静寂の後、ゼルマは手をミカエラから引き抜いた。

 そのゼルマの手には、丸い濁った空気の塊のようなものが握られていた。


「純粋種のダークエルフにのみ存在する呪われた魔核マジック・コア。頂きましたわ。本体ごと手に入れるのは叶いませんでしたが、まあ、これでいいでしょう。結果としては上々ですもの」

「それを……返しな、さいッ!!」


 気合い一閃。

 アニエスさんは自力で呪縛から逃れた。

 すぐさまレイピアを抜き、ゼルマに容赦なく突き刺した。


「あら……、さすがは大陸最強の剣術師アニエス・ミラージュですわね。このわたくしが攻撃を読めないとは……。見事ですわ」

「な……」


 アニエスさんは驚愕の表情を浮かべた。

 笑っているのだ。心臓を貫かれたというのに、苦しみに身を悶えさせるでもなく、ただただゼルマは笑っていた。普通の人間ならばその一撃で倒れてもおかしくはないというのに。


「ですが残念ですわ。わたくし、死ねませんの」


 言って、ゼルマは反撃とばかりに魔術を発動した。

 暗黒属性の魔術か。禍々しい暗闇がアニエスさんを襲う。


「くっ! 厄介な!」


 一度距離を取り、再び対峙する2人。

 そうこうしているうちに、こちらの拘束も薄れてきた。ゼルマがアニエスさんと戦ってこちらに気を使う余裕がなくなったのだろう。おかげでこちらも動くことが出来る。


「一緒に戦います!」

「助太刀するわ!」

「僕も戦うよ!」

「イオさん! ウルリカさん! ディーンさん! ありがとうございます!」


 この場にいる全員で、ゼルマに対抗する。

 それが何なのかはよくわからないが、ミカエラから抜かれたあの球のような物体を取り戻すんだ。


「さすがのわたくしもあなた方4人とまともにやりあおうとは思っていませんわ。引き際は弁えてましてよ」


 すると、混沌空間カオスゾーンが再び形成された。

 やはり、バックにシーグルがついているようだ。それで遠くから魔術で援護しているというところか。そのような芸当が可能かどうかはわからないけど。


「逃がしません!」


 炎の矢を形成したアニエスさんが、それを勢いよくぶん投げる。

 だが、相手もやり手だ。魔術で弾かれ、攻撃は無駄に終わった。


「もう1つ!」


 今度はアニエスさん自身がゼルマに強襲した。

 続けざまにウルリカさんが的確に魔術の援護を送る。

 おれとディーンさんは左右から回り込んで挟撃体制に出た。

 4対1だ。圧倒的にこちらが有利。だが、それは相手がまともに戦おうとしている時だけである。


「無駄ですわ!」


 ゼルマの周りを、漆黒の茨が覆い尽くした。

 その茨のせいで、アニエスさんはストップをかけざるをえない。

 ウルリカさんの魔術も、茨が邪魔をしてゼルマに届かない。

 そうこうしているうちに、致命的に時は流れてしまった。


「せっかくまた会えたというのに名残惜しいですが、仕方がありませんわ。次はもっとゆっくりした時にあいまみえましょうか」


 ゼルマの姿が混沌空間カオスゾーンの中へと消えて行く。

 漆黒の茨は打ち消すことが出来たが、術者本人がこの場から離脱してしまった。


「そんな……」


 アニエスさんが呟く。

 結局、ミカエラの魔核マジック・コアとやらは盗られてしまった。だけど、俺はそれが何なのかは知らない。でも、アニエスさんの様子を見ていると、とても大事な物のようにも見えるが……。


「ダークエルフの魔核マジック・コアは、超貴重なアイテムなのよ。そもそも純粋種のダークエルフ事態が少ないわけだから、当然なんだけど」

「ウルリカさん。それが無くなったらミカエラはどうなるんですか?」

「死ぬことはないと思うけど、魔核マジック・コアは体内で魔力生成を司る機関だから、普通に考えたら魔力が無くなるってことになるわね」

「そ、そんな……」


 魔力がなくなったら、もう一生魔術を使えないってことじゃないか。


「――別に魔術なんて必要ないから。ダークエルフは呪われた呪術使い。ない方がマシなくらい」


 胸を抑えたミカエラが、よろよろと立ちあがりながら言った。

 ふらついている様子で、すぐにアニエスさんがサポートに回った。


「ミカエラ……っ。すみません、私がついていながら……」

「気にしないで。悪いのはあたしだし、アニエスは何も悪くない。きっと、バチがあたったんだ。あたしが好き勝手里から出るから。ダークエルフが外でどういう扱いなのか知っているはずなのに」

「それでも、ミカエラが外に出たいという気持ちはわかります。この広大な大地……様々な人がいるこの世界を、渡り歩きたい。そう思うのはごくごく当然なことですから」

「そう言ってくれると嬉しい。でも、さすがにこれ以上はお父さんとお母さんに怒られる。だから、里までは一緒に行ってくれる?」

「もちろんです……!」


 アニエスさんは強くミカエラを抱きしめ、そして解放した。

 血は繋がっていない。それでも2人からは姉妹以上の絆を感じた。


「それでいいの? もう魔術は使えないかもしれないのよ?」


 ウルリカさんがミカエラに問いかけた。

 魔核マジック・コアがなければ、ダークエルフは魔力の

生成が出来ない。必然的に、魔術は使えないということになる。それだけじゃない。魔法に括られる術も扱えないということだ。


「さっきも言ったけど、ダークエルフは呪術使い。好き好んでこの力を使う者はいないの。だから里に籠って暮らしてる。それがダークエルフに生まれたあたし達の宿命」

「ふぅん。そういうものなのね。それをミカエラが受け入れているというんなら、もうアタシが口出しすることじゃなさそうね」


 ミカエラは無言で頷いた。

 ウルリカさんもこれ以上何かを言うつもりはないようだ。


「とにかく、ヨハンと合流しよう。一度街に戻ってこれからのことを考えないといけないしね」

「そうね。とりあえずの目的は達したわけだし。ま、ゼルマが現れるのは予想外だったけど」

「そう、ですね……」


 東方の旅団とゼルマ。もしかしたら繋がっていたのかもしれない。


「ウルリカさん達は何かご存知の様子。後で詳しく話をきいてもよろしいでしょうか」

「ええ。アニエスも無関係じゃなくなったものね」

「ありがとうございます」


 ミカエラは助けられた。でも、ゼルマが現れ、ミカエラの大切なモノを奪っていった。

 何となく、俺達が何か大きな陰謀の渦に巻き込まれているような気がしていた。

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