ミカエラ救出劇②
階段は1階ではなく地下にまで続いていた。
しかし、族というのはやたらと地下を好むな。前回も地下だったし、ゼルマの時も地下だった。まあ、目立たないっていう利点があるからかもしれないけどさ。
地下に出ると、広い部屋が俺達を待っていた。
奥には囚われのミカエラがいる。
その前にチックとアルバンが陣取っていた。
俺達がこの場に来ることを端からわかっていたかのような布陣だ。
「――ビンゴね」
ウルリカさんは魔法使いだというのに、俺達パーティの最前線へと出る。
続いて俺とディーンさんがウルリカさんの両端に立ち、武器を構えた。
「やれるかい、イオちゃん」
「もちろんです」
「よし。ここが踏ん張りどころだ」
もう、両者話し合いで解決しようなどとは考えていない。
ガチンコでぶつかって、ミカエラを取り戻す。
俺も、もう躊躇わない。ミカエラを助けるために、剣を振るうんだ。
「どうするんだ、チック」
正面んで佇むアルバンがゆっくりと口を開いた。
「正直、俺一人ではあの3人相手は荷が重いぞ」
「わかっているよ。こうなってしまってはもうどうしようもないねェ。力を借りるしかないだろう」
不敵に笑い、チックは懐から何かを取り出した。
禍々しく光るペンダントだ。
楕円形をしたそれを、チックは自分の胸にあてた。
「チック。本当に信用できるんだろうな。その魔具とやらは」
「クク、問題ないさ。あのお方から頂いたモノだ。それに感じるだろう? この強烈な魔力の波長を」
ずずずっとペンダントがチックの胸の中に吸い込まれていく。
ややあってから、チックの様子が急変し始めた。
苦しそうに胸を掴み、暴れまわっている。
「ググググ……ガァァァァァァァッ!!」
徐々に人の原型から外れていくチック。
呆気にとられてその様子を見ていると、チックは人外の化け物へと変貌していた。
全長3メートルはあろう体躯。
まるでオオカミとカマキリを足して2で割ったかのような外見に、怖気が走った。
「クカカカ。コレガチカラカ……」
両腕両足は異様に伸び、身体はどす黒く歪になっている。
鎌のように伸びた爪が、異様に長い。少しでも近付けば、切り裂かれてしまいそうだ。
「アルバン、オマエハソノコムスメヲツレテレイノバショヘムカエ」
「それは構わないが、大丈夫なのか」
「モンダイナイ。オレハゼッタイテキナチカラヲテニイレタ。レンチュウヲヒトヒネリシテカラアトヲオウ」
「わかった。この場は任せたぞ」
拘束されたミカエラを抱え、アルバンが奥の扉から逃げ始めた。
「そうはさせないわよ!」
一瞬で魔力を練り上げ、ウルリカさんはアルバン目がけて雷撃を放つ。
だが、その一撃は変貌したチックの腕に阻まれてしまった。
素早い動きに、ウルリカさんの魔術を弾く耐久力。
これは想像以上に厄介そうだ。
「ちっ、逃がしたか」
「オマエタチハココデシヌノサ。コノオレノテニヨッテネェ」
「ナマ言ってんじゃないわよ。アンタはここでアタシが殺すわ」
「カカカ。ワラワセテクレル。マホウツカイフゼイガ、チカラヲテニイレタオレニカテルモノカ」
化け物と化したチックの両腕がウルリカさんに迫る。
だが、ウルリカさんは避けることもせずに、そこに立っているだけだ。
「シネエエエエエ!!」
「甘い! シールド展開!」
直後、ウルリカさんの前方に魔障壁が現れた。術者の力量で、防げる威力が変わってくる魔力によって創られたシールドだ。
「ナニ!? フセイダダト!?」
「驚き方がいちいち小物臭いのよ。ちょっとくらい身体が頑丈だからって調子に乗りすぎね」
ウルリカさんは一度チックから距離をとって、再度雷撃を放った。
右腕の付け根に直撃した雷撃は、止むことなくその個所を焼き尽くしている。
「イオ、ディーン! 追撃して!」
「はい!」
「了解!」
ウルリカさんの魔術で弱ったチックの右腕の付け根に向かって、俺とディーンさんは跳躍した。
身軽な俺は、チックの身体を利用して狙いの場所まで駆け上る。
目的の個所目がけて短剣を突き刺し、すぐさまその場から離脱した。
「ディーンさん!」
「わかってる!!」
続けざまにディーンさんが同じ部位を剣で切り裂いた。
ウルリカさんの魔術に俺の攻撃。そしてディーンさんの攻撃を連続して同じ個所に受け、さすがのチックもうめき声をあげた。
「グアアアアアア!! クソ、コシャクナレンチュウメ! ヤツザキニシテクレル!!」
次にチックの標的になったのは俺だった。
ダメージは与えたはずだが、致命傷にはならなかったのか。
「イオちゃん!」
「大丈夫です! なんとかしてみせます!」
素早いのが俺の取り柄だ。
こんなデカブツの攻撃を俺がそう易々と喰らうはずがない。
「チョコマカト! エエイ、マドロッコシイ!」
チックはその長い腕を地面すれすれで横薙ぎしてきた。
だが、俺もバカじゃない。そんな見え見えの攻撃に引っかかるはずない。
「これで……どうだ!」
もう一度敵の身体を駆け上り、さっきと同じ部位に短剣を突き刺した。
手応えはあった。怯まないにしても、ダメージは与えたはずだ。
すぐさまフリーだったウルリカさんから追撃が入る。
ゲートを展開し、縦横無尽に雷撃を奔らせた。
その隙に俺とディーンさんも敵に斬りかかった。
息の合った連続攻撃。伊達に今まで旅してきた仲間じゃない。
「そろそろ終わらせるわ。最大出力のアタシの術、その身でとくと味わいなさい!」
言うやいなや、ウルリカさんは魔力を充填し始めた。
どでかい魔術を放つには、それなりに準備の時間が必要だ。
その間は警戒が疎かになるから、俺とディーンさんの出番というわけだ。
「コムスメフゼイガァァァァ!!」
「させるか!」
ディーンさんがチックの剛腕を剣で受け止めた。
俺ではあの大きさは受け止めきれない。武器の差もあるが、体格の差もあるのだ。ここはディーンさんに任せるのが吉だろう。
だが、だからといって何もしないわけじゃない。
ディーンさんが敵の攻撃を受け止めている間、相手は無防備になる。その隙を見逃すわけにはいかない。
「少しでもダメージを与えられれば!」
高く跳躍し、俺はチックの身体を肩から縦一閃に切り裂いた。
着地すると同時に、ウルリカさんの準備が完了。
俺はすぐさまその場から離脱し、ウルリカさんの高出力の魔術の一撃に備える。
「ばっちりじゃないの。さあ、行くわよ!」
ウルリカさんは手のひらを広げた両手を上下に構え、円を描くように動かした。そこに小さな魔方陣が浮かび上がり、どす黒い稲妻がバチバチと火花を散らしている。
「この黒い雷撃からは逃れられないわ……!」
直後、黒い雷撃が魔方陣から勢いよく射出された。まるでレーザーだ。
直後、圧倒的な熱量を持ったそれは、化け物と化したチックのどてっぱらに大穴を開けていた。
「グアアアアアアアアッ!? ナンダコノイリョクハ!?」
うめき声をあげるチック。
だが、ウルリカさんは容赦しない。
「外道に堕ちたアンタに、加減なんかしないわよ」
「ク……、ナニモノダキサマァ!」
「アタシはウルリカ・リーズメイデン。賢者ファウスト・エスピネルの弟子よ」
「賢者ファウストダト!? マサカ、キサマモ――ッ」
そこまでチックが言った後、ウルリカさんの黒い雷撃が再び彼を襲った。容赦なく、脳天から一直線に両断した。
「だから絶対に負けられないのよ。アタシはね」
断末魔を上げることも出来ずに、化け物と化したチックは倒れ伏した。まるこげになり、もはや原型を留めていない。
やはり、ウルリカさんは強い。尋常じゃないくらいの強さだ。
時々、ウルリカさんが強すぎて、怖い時もある。仲間だから心強いはずなのに、どうしてそう思うのだろうか。
「イオ? 大丈夫?」
ウルリカさんが心配そうな顔で、俺を覗きこむようにして見てくる。そんな彼女に、俺は頷きながら小さく微笑んで返した。
「怪我はないみたいだね。ホント、ウルリカがいてくれて助かるよ。ボクだけじゃここまでの火力はだせないから」
ディーンさんだ。剣を鞘に戻し、こちらにやってきた。
「アンタにもあの手があるじゃない」
「あれは魔術みたいに瞬間火力は出せないよ。まあ、制圧力はあるかもしれないけどね」
「あら、手のひらからビーム砲とか出せないんだ」
「そこまで万能じゃないさ」
言いつつ苦笑いするディーンさん。
あの獣の手は、そこまで高性能ではないらしい。当然か。
「さて、ここでお喋りしている場合じゃないわね。逃げたアルバンを追うわよ」
ウルリカさんの言う通りだ。チックは倒したが、まだ目的は達せられていない。
「先を急ぎましょう」
ミカエラの元へ、急がなければ。