旅立ちの前に②
「――……っていう災厄の魔物をその大賢者は仲間と手を取り合って倒すことに成功したの。――……って、また寝てるし。ほら、起きなさいってば」
「……うぅん」
「ほーれつんつん」
「う、ううん……――」
……は!?
俺はいつの間に夢の世界に旅立っていたんだ!?
「ごごごごごめんなさいーっ! 私からこの世界の事を教えて欲しいとか言っておきながら!」
あまりにもウルリカさんの話し方が心地良いのでつい眠ってしまっていた。
「まったくもう。ま、あなたにとっては退屈な話かもしれないけどね」
「そ、そんな……滅相もない、です。興味深い話だと思いますっ」
「へえ。なら、大賢者ライヒアルト・クノールは一体どんな魔物を倒したか分かる?」
「え……えっと――」
困った。
寝ていたおかげで名前が全く出てこない。勉強してなかった科目の答案用紙を前にしているようだ。思い出す事それ以前に知らないのだから思いだすも何もないのだが。
「ご、ごめんなさい……」
「やれやれ。自分から墓穴掘ってるようじゃまだまだね。天帝竜エウィゴノールよ。いわゆるドラゴンといわれる魔物ね」
「ドラゴン……」
やはりこの世界にもドラゴンと呼べる存在がいるのか。
にしても天帝竜エウィゴノールって名前……。かっこいい……。
「ま、今の時代ドラゴンなんてそうそうお目にかかれる生き物じゃないけど。でも、この世界のどこかにいることは確かよ。いつか見てみたいわね」
「ドラゴンを……。そ、そうですねっ」
見れるものなら見たい。
ドラゴンといえば浪漫溢れる生き物じゃないか。男なら見たくて当り前だろう。
「――はいじゃあ次は魔術の特訓よ」
「魔術ですか……」
「途端にテンションが下がったわね……。苦手なのは分かるけど、役に立つ場面は絶対にあるから覚えて損は無いのよ?」
「それは……分かっているつもりですけど」
魔術が使えれば戦闘面でも有利に立てる。苦手な属性を持つモンスターを倒す時も役に立つはずだ。例えば植物系に火炎属性とかだな。
でも、未だに俺は魔術を発動できない。頑張ってはいるんだが、どうも性に合わないというか何というか……単に苦手なだけか。はぁ。
「今日はそうね……、火炎属性下位魔術のファイアボムの練習をしましょうか」
「ファイアボム……」
「あ、今日もか、とか思ったでしょ」
「い、いえいえそんなことはないですよぅ」
「でもね、何事も基本が大事なのよ。アタシもお師匠様から魔術を教わる時はこれからだったのよ?」
「そ、そうなんですか」
「そうなの。だからイオもファイアボムから少しずつ習得していって欲しいのよ」
「は、はい! 頑張りますっ」
ファイアボム。
ウルリカさんに何度も見せてもらったが、正直見た目は大したことは無い。ただ手元が爆ぜるだけだ。
でも、そのファイアボムでも使いこなせれば強力な力となる。ウルリカさんが扱うファイアボムは本当に凄いのだ。何が凄いかというと、場所を自由に選択し、威力も自在に操れ点だ。ただ、手元が爆ぜるのではなく、座標を頭の中で導き出し、そこに爆炎を上げる事が出来る。
未だに発動すら出来ない俺からしてみれば、ウルリカさんは神のような存在である。いや、マジで。
「さ、地下に行きましょうか」
「はい」
魔術の特訓は基本的に地下で行う事が出来る。
どうやら地下は頑丈にできているようで、魔術などを発動させても部屋が壊れる事が無い。ウルリカさんの師匠であるファウストさんがそういった造りにしたそうだ。そういった造りにしたのは、きっと地下の部屋を魔術の訓練に使うために違いない。
階段を下り魔道書の部屋から地下の部屋へ。
数秒で到着し、いつものポジションへと俺は向かった。
そこで毎回魔術の練習をするのだ。ウルリカさんも俺から少し離れた所から見守ってくれている。
ちなみにスライムと戦った時もここだった。
「さ、初めは体内の魔力の流れを自然に感じる事から始めましょう」
「は、はいっ」
体内の魔力。
こちらの世界に来てから、俺の身体には魔力が宿るようになった。といっても身体が違うからそもそも宿っていた、が正しいのだろうけど。そこら辺は詳しく分からない。
実を言うと、魔力の流れはもうかなり感じる事が出来ている。
アルカナドールは魔力量が常人の二倍程あるらしく、威力の高い魔術を発動することが本来なら可能だとか。前に説明した身体能力強化なんかも、アルカナドールだからその魔力量でかなり強化出来ている。だから幼女の身体でもかなりのパワーを出せるのだ。
「頭の中で火を思い浮かべて。あなたの中で最も印象に残っている火を」
「火……」
俺の中で最も印象に残っている火。
ライターの火。チャッカマンの火。コンロの火。火事の火。火山の火。
様々な火が俺の頭の中を駆け巡る。
……だが、何かがしっくり来ない。
これではない。俺の魔術は『こういうの』じゃない気がして、その先に進めないのだ。
でも、何がいいのかも今の俺では理解出来ない。難しく考えているのかもしれないが、表現的には『しっくりこない』がしっくりくる。ちょっと変な言い方になってしまったが、事実は事実だ。
「……やっぱりダメみたいね」
「ご、ごめんなさい……」
「謝らなくていいわ。アタシの教え方が悪いのかもしれないし」
「そ、そんなことないですよ! 身体能力強化とかはすぐに扱えるようになりましたし」
「まあそれは魔術じゃないから。向き不向きがあるのかもしれないわね。――少しやり方を変えてみようかしら」
「やり方を?」
「ええ。ずっと同じ事の繰り返しじゃ先に進めそうもないもの」
「な、なるほどです……」
「ちょっとだけ時間をちょうだい」
「分かりました」
これからも、俺の魔術の特訓は続いていく。