少しの休息
気付いたら眠ってしまっていたらしい。
場所は変わらずヨハンさんのアジトにある一室だ。
隣のベッドにはヨハンさんが、そして同じベッドにはウルリカさんとミィがいた。
「……寝ちゃってたんだ、私」
まあ、疲れていたから仕方がない。
とりあえず顔洗って歯を磨いて寝癖を直してそして着替えて……と、脱いだはいいけどウルリカさんが起きてくれないと服も取り出せやしないな。
「――朗報だぞ」
「……へ?」
まさに俺が服を脱ぎ、これからどうしようかと考えているところで彼はやってきた。なんというラッキースケベ。逆の立場だったら心の中でガッツポーズをしていたかもしれない。
「よ、ヨハンさん!?」
「っと、ワリ。着替え中だったか」
ヨハンさんはバツの悪そうな顔で、扉を閉めた。
俺もまさかいきなり下着だけのすっぽんぽんを見られるとは思わなかったので、心臓がドックンドックンいっている。男に見られただけでここまで動悸が激しくなるとは、生前では考えられない現象だ。まあ、そもそも生前は男だったし、男から裸を見られたところで何とも思わなかっただけだけど。
それにしても、本当に俺は女になってしまったんだな。何度も実感しているけど、身体に引きづられて心まで女になってきている。正直、戸惑いは隠せない。それでも、俺はこの現状を受け入れるしかないんだ。
「もう大丈夫ですよ」
「おう」
返事をし、ヨハンさんは若干顔を染めたまま入室した。
しかし、やっぱりヨハンさんも恥ずかしかったんだな。俺も一応女として見られているってことか。そう思うと、なんだか嬉しいような。……って、そう思うことがもう女の子じゃないか。なんだか複雑だよ、お兄ちゃん。
「ウルリカとディーンはまだ寝てんのか。呑気なやつらだぜ、まったく」
「まあまあ、昨日は大変でしたし、いいじゃないですか」
「イオは甘いなぁ。ま、そんなとこもお前の良いトコなのかもしれねえが」
「ありがとうございます」
「一々お礼言うところとか、律儀だよな、お前」
「性分なんですよ」
「……真顔で返すやつがあるか。ったく、やりづらいったらねえぜ」
ヨハンさんはやれやれと肩をすくめ、腕を組んだ。
これが俺の性格だし、とやかく言われることじゃない。まあ、合わない人っていうのは、少なからず存在するものなんだろうけど。
「っと、本題を忘れるとこだった。実はな――」
ヨハンさんはゆっくりと口を開く。
朗報ということだし、恐らくは俺の想像通りの内容だろう。
「その前に、イオ。2人を起こしてくれねえか」
「あはは、そうでしたね」
おれはすぐさまベッドで眠るウルリカさんの元へ。
ゆっさゆっさウルリカさんの身体を揺らし、眠りから覚まさせる。
「起きてくださいウルリカさん。もう朝ですよ」
「……ん、ああ、うん」
一瞬だけ目を開け、ウルリカさんは再び眠りへと落ちていってしまった。
「も、もう一度……っ」
ゆっさゆっさゆっさ。
俺とは違うウルリカさんの女性らしいボディを揺らしまくる。
が、中々起きてくれない。いつもなら一番に起きてるはずなんだけどな。もしかして、昨日の戦闘が身体に響いているのだろうか。まあ、さすがのウルリカさんでもたまには寝ていたい時もあるのだろう。
「起きません……」
「なんつーか、起こし方が甘いんじゃねえの? もっとこう、激しくするとかさ」
言って、ヨハンさんはディーンさんの元へ。
そして、ディーンさんの襟首を掴み、引っ張り上げた。
「起きろやディーン。いつまで寝てやがんだ」
「……ゲホッゲホッ!? な、何をするんだよっ」
「てめえが起きねえから仕方なくやってんだよ。おら、さっさと起きやがれ」
「ヨハンはガサツだなぁまったく」
「うるせえ」
ぽりぽりと頬をかいてから、ディーンさんは目を覚ました。
やっぱり、あれくらい激しくやればウルリカさんも起きてくれるのだろうか。激しくするのって、どうすればいいんだろうか。
「……よし」
物は試しだ。
意を決し、俺は再度ウルリカさんのベッドへ。
一度深呼吸し、ウルリカさんの両肩をがっちりと掴む。
そして、起こそうとした瞬間――
「つーかまえた♪」
「わっ!?」
一瞬のうちに、俺はウルリカさんに抱きしめられていた。しかも頬ずりまでしてくるものだから、おれはわけもわからず目を白黒させるしかない。
「うりうりうりうり~」
「ちょ、ちょっとやめてくださいよくすぐったいですってば」
「とか言いながら全く抵抗しないのはなんでかしらね~」
「そ、それは……」
ウルリカさんの感触が気持ちいい。とは言えるわけも無く。
「困ってるイオ可愛い~」
「あう……」
まさか、ウルリカさん最初から起きてたのか。
これは一本とられたな。俺を捕まえるために寝たふりをしていたなんて、さすがはウルリカさんだ。策士である。まんまと引っ掛かった俺も俺だけど。
「あ~、たまらないわ。朝からなんて幸せなのかしら」
「そう言っていただけるのなら幸いでございます……」
「じゃあもうちょっとだけお願いしていい?」
「はは、いいですよ……」
「やった! 抱き枕にしちゃおうっと!」
「え、それは……」
と、俺が嫌な予感を感じた時には時既に時間切れ。
俺は為す術も無く四肢を絡め取られ、ウルリカさんを覆っていた毛布の中に引きずり込まれていった。
「うー! うー!」
ウルリカさんの足と腕が身体に絡みつき、身動きが取れない。
このままではウルリカさんに良い様におもちゃにされてしまう……って、もうされてるのか。悲しいなぁ。
まあでも、こうやってウルリカさんと戯れることが出来てよかった。
もしかしたらウルリカさんも俺がいない間寂しかったのかもしれないな。
「イオの身体あったか~い」
「むー、むーっ」
というか若干苦しいんですけど。助けてー。
「――ディーン。いつもこんななのか、この2人は」
「ははは、まあね」
「しかしお前よくあの2人とずっと一緒で平静でいられるよな。素直にすげえと思うぞ」
「え? そうかな。普通じゃない?」
「……やっぱすげえわ。お前」
「……?」
俺がウルリカさんに捕縛されている間、ディーンさんとヨハンさんは何やら仲良くお話をしている。やっぱり男同志判り合えるものがあるんだろう。俺も中身は男だけど。
「やれやれ。ホント、お前たちはマイペースだな」
それからヨハンさんの言う本題に入るまで、もうしばらくの時を要するのだった。