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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第二章
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救出③




 ウルリカさん達と合流できたのは、それから数分後のことだった。場所は俺が囚われていた地下の牢屋だ。

 しかし、ミカエラがいたはずの牢屋には誰もおらず、もぬけの殻だった。どうやらウルリカさん達が来る前に敵が連れ去ったらしい。


「……出遅れましたか」

「そうみたいね。旅団の連中は全員隠し通路で逃げたみたいだし、連れ去っていてもおかしくはないわ」

「ミカエラ……っ」


 アニエスさんは悔しそうな顔で呟いた。


「まあまあそんな辛気臭い顔すんなよ。やつらの足取りは俺の部下共が追っている。明日にでもなれば突き止めてくるだろうよ」

「そうだといいのですが……。やはり心配です。彼らが焦って暴挙に出なければいいのですが……」

「暴挙ってーと、なんだ? 殺されるとかか?」


 ヨハンさんがアニエスさんに聞き返す。


「はい。そうなってはいくら足取りがつかめても意味がありません」

「それはねえだろうよ。やつらの目的は奴隷を売ることだぜ。殺しちまったら元も子もねえだろ」

「それはそうですが……」


 アニエスさんの表情は曇りっぱなしだ。


「にしても、だ。冒険者なら依頼かなんかでミカエラを追ってるもんだと思っていたが、事情が違いそうだな?」


 鋭い目つきで、ヨハンさんはアニエスさんを射抜いた。

 アニエスさんも事情を隠す気はないらしく、すぐに首肯した。


「そうですね。私は冒険者としてではなく、"姉"としてあの子を追っていました」

「姉!?」


 つい、俺は大声で驚いてしまう。

 だって、ミカエラはダークエルフだ。でも、アニエスさんはどう見ても普通の人間なのだ。冷静に考えて姉妹なはずがない。


「イオさんはミカエラを見ているんでしたね。そうです、私達は実の姉妹ではありません。同じ里で育った、姉妹のような関係、といった方が正しいのかもしれません」

「ダークエルフの里? じゃあ、アンタまさか……」

「はい。私はハーフエルフです」


 言って、アニエスさんは長い髪を手に取り、耳を俺達に見せてきた。

 アニエスさんの耳は、エルフ族よりかは短いが、それでも少しだけツンと尖っている。今まで髪で隠れて見えなかったので、全然気付かなかった。


「わけあってダークエルフの里で幼少期を過ごしました。ミカエラは、その時に知り合った女の子です。私を受け入れてくれた家族の娘、それがミカエラだったんです」

「なるほどね。義理の妹って感じなわけか。まあ、どうしてミカエラがクリンバに来ているかとか、アンタがどうして冒険者になったのかとか、そこら辺の事情も多々あるんでしょうけど、今はそれだけわかれば十分だわ」

「……助かります」


 アニエスさんは深入りしてこないウルリカさんに対して頭を下げた。

 ウルリカさんの言葉通り、今は詳しい事情を聞いてどうこうする場面でもないだろう。


「ま、なんにしてもだ。ここでとやかく言っても始まらねえ。ひとまずは退散したほうがよさそうだな」

「そうね。あんたの部下とやらが足取りを掴むまではこちらも動けないでしょうし」

「わかりました。では、私は明朝にヨハンさんの事務所に伺います」

「おう。それまでには連中の行き先も掴めてるだろうよ」


 それから、ひとまずの解散となった。

 ミカエラのことを思うと、一刻も早く助けに行きたいが、場所がわからなければ行きようもない。

 アニエスさんは真っ直ぐ宿レスピナへ戻った。

 俺達は一度ヨハンさんの事務所に行くことになった。

 ウルリカさん達が馬車で来ていたから、帰りも馬車だった。

 ミィは馬車で待機していて、俺が戻ってくるとすぐさま飛びついてきた。ミィと戯れ、じゃれ合っているとすぐに馬車は街中に辿り着いた。

 もう日も落ち、辺りは薄暗い。

 クリンバの夜は、昼間とはまた違った喧騒に包まれていた。

 特に、ヨハンさんの事務所のある通りは別格だ。

 まさしく夜のお店といった感じの店が、裏通りには所狭しと並んでいる。昼間は誰もいなかったのに、夜中はお客さんで一杯だ。


「ついたぜ」


 近くを河が流れるオシャレな通り。

 俺が道に迷い、ヨハンさんと再会した場所だ。

 思えば、あのチックともここで初めて会ったんだった。今となっては苦い思い出でしかないけどな。


「ほらよ」

「どうもッス」


 馬車を走らせていた御者は、ヨハンさんから賃金を受け取り、去っていった。あの馬車のお兄さんはタクシーの運転手のようなものなんだろう。クリンバは広いから、一定の需要はありそうだ。


「それにしてもマフィアの本拠地がこんな街中にあるとはねぇ」


 馬車に揺られていたからか、んー、と伸びをしながらウルリカさんは言った。


「え? マフィア? ヨハンさんって何でも屋さんじゃなかったんですか? やっぱりヤクザ屋さんだったんですか?」

「あー、その、なんだ。隠してたわけじゃねえんだが……」

「なにイオの前だからって今更善人ぶってんのよ。マフィアのボスの懐刀のヨハンさん?」

「チッ。ウルリカ、余計なことまで言ってんじゃねえよ」

「いいじゃない。事実なんだから」


 ニヤニヤしながら言うウルリカさんを見て、ディーンさんと俺は苦笑いした。


「ほら、さっさと行くぞ」


 バツの悪そうなヨハンさんを先頭に、俺達は目の前の店の中へと入った。

 中は普通のお店だ。お酒屋さんなのか、たくさんのお酒が店には並んでいた。

 カウンターには若い女性がいる。無表情で、ただ立っていた。


「アンナ。客人だ」

「……かしこまりました」


 ぼそりとそれだけ言って、ヨハンさんからアンナと呼ばれた店番の女性は背後の扉へと俺達を誘った。

 扉の先は地下へと続いており、まるで秘密基地のようだ。

 ヨハンさんを先頭に、程なくして地下の部屋へ辿り着いた。

 丸テーブルが所せましと置いてあり、カードゲームをしていた跡や、煙草の吸い殻、お酒のボトルなどが散乱していた。


「ったく、また片付けてねえし……」


 頭をかきながら、ヨハンさんは悪態をつく。

 部下の仕業だろうか。ヨハンさんは物が散らばった部屋を片付けようともせず、さらに奥の扉を開けた。

 先は長い廊下になっていた。

 どう見ても上のお店よりも広い。まるで、どこかの屋敷のようだ。


「ここはいわゆるマルティーニファミリーのアジトってやつだ。それも、数ある中でここが本拠地だ」


 廊下を歩きながら、ヨハンさんは説明する。


「ボスの名前はイヴァン・マルティーニ。このクリンバを裏から牛耳ろうとしている極悪人さ」


 そうは言うが、ヨハンさんの表情はどこか楽しそうだった。

 余程そのイヴァンという人物を信頼しているのだろう。言い方で、なんとなくわかる。


「詳しくは言えねえが、クリンバの裏事情にボス以上に詳しいやつはいねえ。何か知りたいことがあったら、尋ねるといいぜ」


 言いつつ、手前の扉を開くヨハンさん。


「とりあえずボスに事情を説明してくる。それまではここで待っててくれ」


 それだけ言って、ヨハンさんは廊下をさらに奥へと進んでいった。


「じゃあ、ここでアタシ達は待機ね」


 部屋の中に入る。

 狭くはないが、特別広くもない部屋だ。


「それで、何をする気なんだい?」


 すかさずディーンさんがウルリカさんに尋ねた。

 何故ウルリカさんがこの事務所という名のアジトに来たがったかを、だろう。


「マフィアのボスに会ったみたかった。ただの興味本位よ。知的好奇心を満たしたいだけ、かしらね」

「はは、いつものウルリカだね」

「そうみたいです」


 ディーンさんに言葉を返し、俺は肩に乗っているミィを撫でまわす。

 だが、心のどこかではやっぱりミカエラのことを考えてしまう。

 彼女はまだあの胸糞悪い連中と一緒にいるのだ。早く、助けてあげたい。アニエスさんの元に戻ってきて欲しい。

 焦りは募るが、現状は何も出来ない。ヨハンさんの部下が東方の旅団の居場所を突き止めるまでは、耐えるしかない。


「ミカエラ……」


 ヨハンさんが戻ってくるまで、俺は焦る気持ちを誤魔化し続けるのだった。 

  


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