救出
ウルリカさんと合流すべく俺とヨハンさんは地下から駆けあがる。
敵はもうほとんどいない。ヨハンさん達の襲撃から逃げていったのだろう。隠し通路まで用意していた辺り、こうなることも想定しての造りだったのかもしれない。
階段を駆け上がり、1階に躍り出た。
施設のエントランスには、護衛と思われる兵士達が倒れ伏していた。これもヨハンさん達の仕業だろう。あれでいて、ヨハンさんも結構腕が立つのかもしれない。
「さらわれたのはもう1人いるんだったよな?」
「はい。エルフの子です」
「そっちはアニエスとウルリカが追ってる。まずはディーンと合流するぞ」
「はい!」
エントランスから、俺がもといた方の地下へと下る。
二手に別れたらしく、ディーンさんはこちらに向かったらしい。
「そんなに広い施設じゃねえ。すぐに出会えるはずだ」
ヨハンさんは走りながら口を動かす。
しばらく細い通路を通り、しらみつぶしに部屋を探索する。
敵の姿はどこにもない。戦力的に勝てないと踏んで、全員逃げてしまったのだろうか。
「――そういえばなんでヨハンさんはここの場所を知っていたんですか?」
「ああ、それは――」
一瞬言い淀んだが、すぐにヨハンさんは口を開いた。
「元々東方の旅団と俺達のグループは商売仲間だったのさ。ちなみに縁を切ったのはついさっきだ。俺がここを襲撃しちまった時点でもう連中と手を組む事は出来ないだろう」
渋い顔で言うヨハンさん。
そういえばチックと会っていた時もそんな感じの話をしていたな。ということはヨハンさんのグループも奴隷を売買していたということか。
縁を切ったというのも、ここを襲撃したからそうなったということなのだろう。こんなことをしてただで済むはずがない。
「でも、ならなんでこんなマネをしたんですか。ヨハンさんのグループと東方の旅団は仲間だったんじゃないんですか?」
「まあ、繋がりはあったな。だが、心から仲間だと思ったことはない。取引相手ってだけだ」
「取引相手……。それでも、ヨハンさんのグループと懇意にしていたんですよね?」
「そうだな。奴隷を売ることを俺達もサポートしていた。俺達のグループはこの街では何かと顔が利くんでな。正直、惜しい相手を無くしたと思ってはいる」
「じゃあ、どうして? ヨハンさんにここを襲撃する利点なんかないじゃないですか。どうして私を助けてくれたんですか」
「お前……」
俺が真剣に訊くと、ヨハンさんは少しだけ驚いたような表情で俺を見つめてきた。
「ははっ。お前やっぱり可愛いな。第一、ガキのくせにどうしてそこまで気に出来る? それこそお前には関係のないことだろ?」
「か、関係なくはないでしょう!? 私のことを助けるために取引相手を襲ったんですよ!?」
「だーかーら、お前は気にしなくていいんだよ。素直に助けられとけや」
「そんなこと言ったって……! 気にしますよ……! だって!」
「あのな――」
走るのを止め、ヨハンさんは俺の正面に立った。
止まったのはいいものの、ヨハンさんは右手で頭をかき、どう説明したものか悩んでいる風だ。
「なんつーか、あれだ。俺は、お前を――」
と、ヨハンさんが目を逸らしながらそう言いかけた刹那。
奥から声が聞こえてきた。
「――イオちゃん!!」
あ……、と声がもれた。
俺を呼ぶ声。今まで何度も聞いてきた男性の声だ。
「ディーンさん!!」
走ってくるディーンさんに向かって、俺も走る。
目が合う距離まで来ると、不覚にも涙が出そうになった。
「よかった! イオちゃんが無事で……!」
「すみません、心配させてしまったみたいで……」
俺がそう言うと、ディーンさんは頭を撫でてくれた。
つい最近もこうしてもらえたはずなのに、何故だが無性に懐かしく感じる。それだけ俺はディーンさんに依存していたのかもしれない。
「いいんだよ。こうしてまた会えたんだから」
「はい……!」
目一杯ディーンさんの温もりを感じてから、俺はヨハンさんの方に向き直った。
「すみませんヨハンさん。話を中断してしまって……」
「いいさ。ちゃんと再会できたんだ。俺も身体張ったかいがあったってもんだ」
「ヨハンさんもありがとう。イオちゃんを助けてくれて、この場所を教えててくれて、本当に助かったよ」
「なに。優先順位の問題さ。イオの方が東方の旅団よりも大切だった。それだけだ」
「私の方が東方の旅団よりも……?」
この前会ったばかりの俺なんかが、取引相手よりも大事だというのか。それも変な話だと思うけどな。
「ああ。それにチックは俺との約束を破りやがった。信用ってのはビジネスにおいて最も大切なことだからな。もう連中は信用できねえ。なら切って然りさ」
「お、大人の世界ですね……」
これがいわゆる社会人というやつなのだろうか。大学を卒業しても就職できなかった俺からしたら、すごく大人に感じる。社会人経験がないから当然だ。
「あ、そういえば、イオちゃんの武器見つけておいたよ」
言って、ディーンさんは小袋を取り出した。
中から五本の短剣が現れる。ウルリカさん特製の属性付き短剣だ。
「ありがとうございます!」
さっそく受け取り、革製のホルスタ―を腰に巻きつける。
これで俺も戦える。もう、足手まといになんかなるもんか。
「短剣か。俺の得物はナイフだから、似てるな」
「そうですね。あ、それなら今度戦い方とか教えてもらってもいいですか?」
「いいぜ。いつでも教えてやるよ。ただまあ――」
言いつつ、ヨハンさんは近くの扉を見つめた。
すぐに何かの足音が聞こえてくる。それも1つや2つじゃない。大勢の足音だ。
「ここを無事切りぬけられたら、だけどな」