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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第二章
75/110

囚われの身⑥



 石造りの薄暗い部屋。

 そこに、俺は錠をされ囚われていた。

 男に連れて来られ、かれこれ10分くらい経過した。いつまでここでこうしていればいいんだろう。手首と足首を固定され、椅子に座らされている状態。これから何をされるのか判らないから、余計に震えが止まらない。

 さっきの男はもう去った。あのチックという調教師の男を呼びに行ったと考えるのが妥当だろう。

 にしても遅い。来なくていいが、このまま放置されるのも精神的にきつい。


「はぁ……」


 吐息が漏れる。

 どうしてこんなことになったんだ。

 俺、何か悪いことしたのかな。

 もっと強ければ。そうすれば、こんな目に合わなくて済むのに。


「――待たせたねェ」

「ッ!」


 ニヤニヤと笑いながら、チックが部屋に入ってきた。

 どうやら1人のようだ。さっきの男はいない。


「さて、と」


 チックはゆっくりと俺の目の前にまで来て、髪を触ってきた。


「まるで人形のようだ。一目見た時からお前は奴隷の素質があると思っていたよ」

「……っ」

「いいねェ。その怯えた表情。メチャクチャにしてやりたくなる」


 チックは俺の顔を指でなぞると、おもむろに口を開かせてきた。

 そして、チックの親指が口内に進入してくる。

 指は俺の歯をなぞり、舌をなぞり、最後に喉元にまで近づいてきた。


「ぁ……ぇ、ぅぁ……」

「涙が出てきたねェ。苦しいかい?」


 コクコクコクと小刻みに首を振る。

 このまま指が入ってきたら、どうなってしまうのか。考えるだけで恐ろしい。


「ふふ、やはり堪らない。ヨハンさんには止められていたが、ここまでの逸材、放っておくわけにはいかないね」


 言うと、チックは一旦指を口内から出した。


「ケホッ……ケホッ……」


 咳をし、今すぐにうがいをしたい衝動に駆られる。

 汚い。こんなやつの指が口の中をまさぐったなんて思うと、吐き気がする。


「さて、と。奴隷に調教する前に、1つだけ確認しなければならないことがある」


 チックはその歪な表情をさらに歪め、俺を見下してきた。

 つばでも吐きかけてやれば痛快なんだろうが、今の俺にそんな度胸はない。刹那の快楽のために、相手の感情を逆なでするようなことはできない。相手を怒らせて取り返しのつかないことになってしまったら、目も当てられない。


「まずは訊こうかね。――お前は処女かぃ?」

「しょ……!?」


 な、ななな、なにいってんだコイツ!

 処女かどうかなんて関係あんのかよ!


「知らないはずはないだろう? まあ、その年齢で経験済みだったらそれはそれで需要がありそうだけどねェ」

「じゅ、需要って……」


 そんな需要どこにあるんだ……。

 それに、そもそもこんな幼女が非処女なわけないだろう。

 だが、この身体は元々俺のものじゃない。処女かどうかなんて確かめてないから、本当に未経験なのか確信を持って口にすることはできない。

 

「で、どうなんだぃ?」

「し、処女……です」

「おやぁ? なんだかあやふやな感じじゃないかぃ?」

「そういうんじゃ……」


 誤魔化そうとするが、キツネのようなチックの顔が俺の真実を見抜いているようで居心地が悪い。


「気にする事はない。別にその歳で経験していてもなにもおかしなことはないからねェ。物騒な世界だ。お前ほどそそられる容姿をしていれば、無理やりに、ってこともあるだろうさ」

「そんなこと……!」

「じゃあどうしてきっぱり言い切れない?」

「そ、それは……」


 確認していないから、わからないんだ。

 でも、常識的に考えて処女のはずだ。この外見年齢で非処女のはずがない。でも、どこかでもしかしてという想いが見え隠れしている。本当は経験済みなんじゃないか。そう思っている自分がいるのだ。


「煮え切らないな。まあ、確かめれば済む話ではある」

「だ、だからっ、私は処女ですっ」

「口ではそう言っても、それが真実とは限らないだろう?」

「……っ」


 コイツ、最初からそのつもりで……!


「や、やめ……!」


 チックの腕が俺の膝を掴んだ。

 俺のショートパンツのチャックを下ろそうと、チックの手に力が入る。


「抵抗する気はあるんだねェ。でも、無理にしない方がいい。逆らうのなら、痛い目をあわせないといけなくなる。それはこちらとしても不本意でねェ。せっかく綺麗な身体なんだ。そのままの状態で取引先に手渡したいだろう?」

「そんなの私には関係ない……っ。綺麗にだとか、そのままの状態でとか、手渡すだとか、人をモノのように言いやがって! ふざけるなっ」

「おお、いい抵抗だ。そちらの方がやりがいがあるってもんさ」


 今度はチックの右手が首に伸びてきた。

 そのままゆっくりと締めあげられ、徐々に息苦しくなってくる。


「ぅ……ぐぅ……!」

「ほらほら、さっきまでの威勢はどうした?」

「や……めろ……!」

「んんー? 聞こえないなぁ」

「やめ……ろ、よっ」

「いいねぇその顔。精一杯抵抗しているが、その心の内では半分諦めている表情だ」

「ゲホッ! ゲホッ!」


 唐突に空気が肺に入ってきて、咳き込んでしまう。

 一旦手を離したチックは、一度立ち上がり、上着のポケットから何かを取り出した。

 あれは、布か? でも、何に使うんだ?


「コイツで視界を奪わせてもらうよ」

「目隠し!?」

「その通り。暗い世界で身体を触られる恐怖を体感してもらおうと思ってねェ」


 慣れた手つきで、チックは手早く俺の視界を奪った。

 目隠しのせいで、何も見えない。チックのムカつく顔も見えない。

 これから何をされるのか予測できない状況に、身体の震えは増すばかりだ。


「さてと、お楽しみといきますか」

「っ!?」


 太もも辺りを撫でてくるごつい手の平の感触。

 ただただ気持ちが悪い。


「これからが本番さ――」


 そうチックが言いった瞬間。慌ただしく何者かが部屋に入ってきた。 


「チックさん! 大変だ!」

「チッ。ここからが楽しいってのに。で、どうした」

「化け物だ! 化け物達がここに――」


 ドスっという音がしたかと思うと、誰かが倒れる音がした。

 目隠しされているから何が起こっているのか確認できない。

 一体、何が……。


「やっぱりここにいやがったか」

「ッ! ヨハンのダンナ……。何故ここに……」

「まあなんだ。頼まれたから試しに来たわけだが……」 


 歩く音。

 どうやら、ヨハンさんがこの施設に乗り込んできたようだけど……。


「チック。俺の言ったこと覚えてるか」

「な、なんのことでしょう?」

「こう言ったはずだよなァ。そいつには手ェだすなってよォ」

「……へ、へへ。ですがダンナ。この小娘を奴隷にすれば、相当な価値がつくことは間違いないかと……」

「言い訳はいい。死ねや」

「――! クソ!」

「チィ! 煙幕か!?」


 急に肺に煙が入り込んできた。

 どうやらチックが煙幕を放ったらしい。

 俺は元々視界を封じられているから、煙幕の影響はさほどない。が、ヨハンさんはそうでもないはずだ。もし、チックが反攻に出た場合、ヨハンさんが危ない。


「……さすがにやり合うつもりはねェか」


 ヨハンさんの声がしたかと思うと、目隠しが解かれた。

 辺りを確認すると、既にチックの姿はなかった。煙幕に乗じて逃げたようだ。

 俺の目隠しを放り投げ、ヨハンさんは安堵の息を吐いた。


「……イオ」

「よ、ヨハンさん……」

「まだ、無事みたいだな。いや、よかったよかった」

「う、うう……」


 知っている人が助けに来てくれて、思わず涙腺が緩む。

 でも、ここで無様に泣くわけにはいかない。ヨハンさんは特に親しい人でもないんだから、ここで泣顔なんてみせたらバカにされてしまう。


「怖かったよな。もっと早く助けに来てやれなくてごめんな」


 言いながら、ヨハンさんは俺に施された拘束を解いていく。

 慣れた手つきで全ての拘束具を外し、ヨハンさんは辺りの確認を行った。

 さっきチックを呼びにきた男は、扉の近くで倒れている。どうやらヨハンさんがナイフで刺し殺したようだ。あの音は、そういうことだったのか。


「連中、逃走ルートを用意してやがったみたいだな。まあ、今回はイオを助けるのが目的だったし、いいか」

「あそこから逃げたんですね……」


 部屋の奥を見ると、隠し扉のようなものがあった。

 どうやらそこからチックは逃げおおせたらしい。他の連中も同じようにして逃げていったのだろうか。そうだとしたら、用意周到なやつらだ。


「動けそうか」

「は、はい」

「よし、なら上でウルリカ達と合流する」

「ウルリカさんもきているんですか?」

「ああ。さすがに俺1人じゃここまで来るのは無理だからな。それに、イオの情報を持ってきたのもウルリカ達だぜ」

「それで、ヨハンさんを頼ってここに……」

「そういうこった。じゃ、行くぞ」

「はいっ」


 身体を自由に動かせるのが、ひどく久しぶりに感じた。


 

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