囚われの身④
ウルリカは軽く眩暈を起こしそうになりながら目的地へと歩いていた。
スラム街の地下。そこでイオを敵にさらわれ、自分達も危険に陥ったあの時、とある人物が助けに来てくれた。その人物こそ、大陸最強と名高い剣術士、アニエス・ミラージュその人だ。アニエスは一瞬で敵を片付け、縛られていたウルリカとディーンを救ってくれたのだ。
今はそのアニエスと共に、彼女が言う心当たりのある場所へと向かっている最中だ。他にあてもないので彼女に頼るほかないと判断したウルリカは、ディーンと共にその心当たりへ向かうことにした。
イオをさらっていったのが奴隷商だと判った時、ウルリカは絶望のどん底に突き落とされた気分だった。
今頃イオはやつらに何をされているのだろうか。考えるだけで胸が張り裂けそうになる。
「彼らの名前は東方の旅団。正確にはその残党らしいのですが……。元武装集団だけあって戦闘慣れしているという情報は確かなようでした。あなた方の話をきくと、イオさんを連れ去るのも計画的犯行のようでしたし、一筋縄でいく相手ではありません」
アニエスは淡々と情報を口にしていく。
「実は私もとある女の子を捜しているのです。その子も彼らにさらわれたようで、それを追ううちにあの場所へと辿り着きました」
「なるほど。じゃあ、その旅団連中はイオとその女の子を連れて移動しているというわけね」
「ええ。ウルリカさんの言う通りだと思います。もしくはどこかで身を潜めているのかもしれません」
スラム街を抜け、ウルリカ達はクリンバのメインストリートを進む。
しばらく歩くと、大きな橋が見えてきた。中央を大きな河が走っていて、まるで二つの大陸を結ぶ架け橋のようだ。
橋を渡ると、以前訪れたことのある場所へとやってきた。
「ここは、この前イオがうろうろしてた……」
色んな店が並んでいる通りだ。
お酒を販売している店、洋服や装飾品を売っているお店など、様々な店舗がある。
こんな商店街のような通りがアニエスの言う心当たりなのだろうか。
「ここです」
「ここ? ただのお店じゃないか」
疑問の声をディーンは口にした。
それもそうだ。目の前の建物は、至って普通の店だ。看板を見るにお酒を販売している店のようだが、こんな場所が心当たりだなんて一体全体どういうことなのだろうか。
「本当に間違いないの?」
「はい。ここで旅団の居場所を突きとめます」
「あ、そっちか。てっきりこの場所にイオがいるのかと思ったわ」
「す、すみません。説明不足でしたね」
ぺこりと頭を下げるアニエス。
こうして見ると、大陸最強の剣術士とは到底思えない。腰は低いし、丁寧な性格だし、一見普通の女性という感じだ。
だが、その身を纏う強者のオーラだけは隠しきれていない。ウルリカのような冒険者からしてみれば、アニエスは大きく見える。一般人がアニエスを見れば普通の女性に見えるのだろうが、ウルリカやディーンは違う。感じ取り方もまた、冒険者ならではのモノになっているからだ。
「入りましょう」
アニエスを先頭に、一行は店へと入った。
中はやはり普通の店で、様々なお酒が並んでいる。カウンターに1人だけ、若い女性が店番している事以外は特に変わった所はない。
そんな中、アニエスは迷わずにカウンターまで進み、女性に声をかける。
「ヨハンさんはいらっしゃいますか」
「……かしこまりました」
アニエスの一言で、女性は何かを悟り、後ろを向いた。
カウンターの背後にある壁を操作し、女性は隠し扉を開く。
「ヨハンさんは下にいらっしゃいます。後ろの方々も同じ用件でしょうか」
「はい」
「わかりました。では、どうそ」
女性に促され、ウルリカ一行は隠し扉の先、下の階への階段を下る。
普通の店だと思っていたが、そうではなかった事にウルリカは驚きを隠しきれない。店はフェイクで、隠れ蓑。本当な何か裏のある場所なのだとようやく気付く事が出来た。
「ここは……」
階段を下りると、上の階よりも広い部屋が広がっていた。
丸テーブルがそこらに置いてあり、遊びかけのカードや、煙草の吸殻、お酒などが散らばっている。まるで賊のたまり場のような場所だった。
「ヨハンってのは、もしかして……」
ディーンはアニエスに声をかけた。
「マフィアの方です。このクリンバの裏事情に詳しく、奴隷売買の件にも通じているとききます」
「――俺の話かい?」
奥の扉が開いたと思うと、男が現れた。
このクリンバに来た日、レスピナの前で出会った男だ。
名前は確かヨハン・テグネール。イオにやたらと興味を示していたはずだ。
まさか、とウルリカは思った。
このヨハンという男がイオをさらったのか。こいつが、全ての元凶なのか。
だがしかし、ウルリカのその予想は外れる事になる。
「アンタら……確かイオと一緒にいた……」
ヨハンはジロジロとウルリカ達を見やる。まるでガンつけているかのようだ。
「それに、そこの女。アンタ、ただ者じゃねェな」
続いてヨハンはアンナに向けてそう言った。
「……あなたがヨハンさんですね」
「無視かい。まあ、俺がヨハンだが。で、何か用か」
「東方の旅団をご存知ですね?」
「なに?」
「過去、スラム街の幼い子供達を秘密裏にクリンバの外に連れ出し、その利益を一人占めしようとした奴隷商集団です。今は先の闘争で半分解体状態ですが、その半分は残党として未だに奴隷売買を行っているとききます。問題は、彼らが元々は武装組織だったこと。高い戦闘力を持ち、集団戦を得意とする。その彼らが、私の知り合いと、この方らの仲間を連れ去っていきました」
「初耳だな。……ん、アンタらの仲間ってーと、まさか……」
「ええ。イオよ」
「何だと!? ……あの野郎、手ぇだしやがったのか。チッ、イオに手を出したらタダじゃおかないと脅しまでかけたってーのに……」
狼狽するヨハンをよそに、アニエスは手を顎にあて何かを思案している。
「その様子だと、やはり知っているようですね。彼らが行きそうな場所、もしくは潜伏先に心当たりはありませんか?」
「……ある」
「教えて頂けますか?」
「……考えさせてくれ。これは俺だけの問題じゃねぇんだ」
「わかりました。ですが、結論は早くしてください。あまり猶予はありませんよ」
若干脅すような調子でアニエスは言った。
ウルリカ達に、待ってろ、とだけ告げ、ヨハンは奥の部屋へと消えていった。