囚われの身③
牢に閉じ込められてから1時間くらいが経過した。くらい、というのは、時計が無いので正確な時間が判らないだ。
部屋は薄暗く、床はゴツゴツしててお尻が痛い。
時折交わしていたミカエラとの会話も、時を経るにつれ減っていった。
今はもう、無為な時間をぼーっとして待つばかりだ。
このまま何もなければいいのにと思うのは甘いだろうか。奴隷商に捕まったのは夢で、あと少ししたらいつもみたいにウルリカさんが起こしてくれるんじゃないだろうか。
なんて、現実逃避したところでこの状況は変わりはしないんだけど。
「――イオ」
隣の牢からミカエラの声が聞こえてきた。
「なに?」
「お腹空いた」
「もう、さっきからそればっかりじゃないか」
「だってお腹空いたもの」
「……私だって空いたよ」
隣の牢から、そうね、と帰ってくる。
さっきからミカエラはこの話題ばかりだ。本当にお腹は減っているんだろうけど、緊張感に欠ける。
不安な気持ちで一杯なのに、俺は我慢してるんだ。これから何されるか判らないってのに、ミカエラはどうして気の抜けたことばっかり言うんだ。
「ミカエラは怖くないの?」
当然の疑問を投げかける。
いくらエルフだからって、この状況が恐ろしくないわけない。
「……イオは怖いの?」
「当り前じゃないか!」
つい大声が出てしまった。
怖いから、恐ろしいから、そのイライラをミカエラにぶつけてしまう。
言ってから、後悔した。どうして同じ境遇のミカエラにイライラをぶつけてるんだろう。ミカエラもきっと怖くて震えてるはずなのに。
「……ごめん」
「いいよ。許してあげる」
「……ありがと」
上からの物言いにも聞こえるが、ミカエラがそんなつもりじゃないのはなんとなく伝わってきた。だからか、不快な気分にもならなかった。
体育座りの状態で、頭を膝の間にうずめる。
床が冷たくて堅くて、お尻が痛い。
眠らされた時に武器は全て取り上げられてしまった。手は縛られているので、武器は扱えないだろうが万が一を考えてだろう。念入りなやつらだ。
「――私もね、怖いよ」
ぽつりと呟くようにミカエラは口にした。
「エルフだって人間だから、恐怖心はもちろんあるの。今だって身体が震えてる。みっともないから、ばれないように振舞ってたけどイオには言っておくわ」
「……うん。知ってたよ。だから私も言っとく。身体、震えてるんだ。ミカエラと同じだね」
「……そうね。私も、馬車の中にいた時からイオが震えていたのは気付いていたけど……私もその時から震えていたから同じ。私達って、案外似た者同士なのかもしれないわ」
「そう、なのかな。エルフと似てるだなんて、畏れ多いような気もするけど」
エルフやドワーフは高等種族。一般に人族と呼ばれる通常の人間にはない特別な力を持っている。
エルフは言わずもがな魔法に長けている。ドワーフは詳しくは知らないけど、人族よりかは何か優れた力を持っているはずだ。
「言い忘れてたけど、私普通のエルフじゃないから」
「え? エルフにも色々あるの?」
「私の体の色、特殊でしょ?」
「うん。褐色だよね」
「そ。エルフ族には大きく分けて2つの種がある。1つは純粋なエルフ。そしてもう1つね、ダークエルフっていう種があるの」
「ダークエルフ……」
「名前だけだとかっこいいでしょ。でも、あまり良い意味では捉えられないの。呪われた種族。周りからはそう認識されているわ」
「呪われた種族? どうして?」
「元々エルフは1つしか種が無かった。でも、大昔に悪い魔物が1人のエルフに呪いをかけたと言われているわ。その子孫がダークエルフ。ダークエルフは皆肌の色が褐色になり、エルフとは魔法の扱い方が違う。普通のエルフは基本的に魔法のスペックが高いだけだけど、ダークエルフは中でも呪術を最も得意とするの。もちろん、魔法だってそれなりに使えるわ。魔術を扱えないわけじゃないけど、私達の原点は呪だから。それ故にダークエルフはこう呼ばれる。呪術を扱う呪われた存在ってね。そういえば、イオは呪術って知ってる?」
「うん。大まかな事くらいは」
呪術といえば、あのゼルマが扱っていた術だ。
ウルリカさんに高等呪術をかけ、死の間際にまで追いやった恐怖の術。実際に呪いをかけられたわけじゃないからそのすごさを身を持って体験したわけじゃないけど、ウルリカさんをかなり苦しめたらしいから、相当なものなのだろう。
「呪術はあまり気持ちの良い術じゃないわ。私も、出来る事なら使いたくはない。といっても、呪術を使う場面になんてそうそうあるわけじゃないけど」
「それもそうだよね。相手に呪いをかける機会がたくさんあっていいはずないもの」
呪術なんて、頻繁に使用していいものじゃない。
魔術とは違い、相手を苦しめるだけ。そんな力に長けていても、嬉しくはないのだと、ミカエラはそう感じているのだろう。
俺も、アルカナドールじゃなくてもっと普通な人間だったら、そう思った事は何度もある。
ミカエラは自分種のことがあまり好きじゃないのかもしれない。言い方からそんな風に感じ取れた。でも、俺にちゃんと説明してくれた。見た目で判るから、というのも当然あるんだろうけど、それだけが理由じゃない気がした。
俺も、ミカエラには伝えていいかもしれない。俺は、アルカナドールという人ですらない存在なのだと。
でも、生まれに、種に、存在に、自身を悲観したくはない。受け入れて、一生それに付き合っていく。絶望しても、何も変わらない。負の感情は、募れば募る程連鎖していくのだから。
「あのさ、私……――」
「――時間だ」
「!?」
顔を上げると、さっきの剣を持った男が牢の前でが立っていた。
今まさに、俺が自分の事を口にしようとした瞬間だった。
なんてタイミングのいいやつだ。狙って来たんじゃないかとさえ思える。
「まずはそっちのエルフ、お前からだ」
男は牢の鍵を開け、ミカエラの方へ入っていった。
特にミカエラの抵抗する声もなく、牢の扉が再度閉められる。
「お前はしばらくそこで待っていろ」
吐き捨てるように男は言った。
去り際、ミカエラと視線があう。
「ミカエラ……」
すぐに男に促され、ミカエラは地下から出ていった。




