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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第二章
69/110

クリンバの闇




 クリンバの西部、そこにはスラムと呼ばれる区域が存在する。

 貧しい人々が自然に集い、無秩序な世界を造り出す場所。

 犯罪が犯罪にならず、他人の悪行は見て無ぬ振り。むしろ加担して得を得ようと考える者の方が多い。

 とにかく生きるのに必死で、ゴミ溜めのような場所でもゴキブリ並の精神力で喰らいつく。ある意味人間離れした者たちが集う地域だ。

 ウルリカさん曰く、スラムは不干渉領域。

 故に、スラムにまっとうな人間は近づかない。 

 大都市だから、貧困による格差が生まれやすいのだろう。

 実際、今まで訪れてきた町や村にスラムなんてものはなかった。

 小さな村は、人々が皆一丸となって作物を育てたり、家畜を飼ったりして生きるのに全力という感じだった。

 町くらいの規模になると、職業の違いによって多少の格差は生まれるだろうが、大きな差はほぼないといっていい。

 都市となるとやはり、お金を持っている人とそうでない人に別れてしまうようだ。商人としての才能があれば、貧しい生活をしなくても済むのだろうが、全員が全員そうとは限らない。そもそも、生まれてきた人全てがまともな生活を送って成長するとも限らないのだ。

 貧しい家庭の子供は満足に学園にも通えず、知識をつける事も知恵を蓄える事も出来やしない。貧しい暮らしは、次の世代の子供に貧しい暮らしを与える。負の連鎖を断ち切る事は中々出来ないものだ。

 そして、その逆も然りだ。

 裕福な家庭で育った子供は裕福な暮らしを約束される。

 医者の息子は医者に。政治家の息子は政治家に。

 生前の世界でも同じような法則があった。

 土台が違うのだから、競うこと自体が無謀なのだ。そう決め付けた者はその時点で負け組と化す。

 それでも、努力でのし上がる人間は多くいる。

 貧しい家庭でも、精一杯頑張れば光明は見えてくるということなのだろう。誰もがそうあれば一番良いのだろうが、そこまで世界は上手くまとまっていない。


「ここが、スラム……」


 アルバンさんと共に俺達がやってきたのは、交易都市クリンバの闇、スラム街だ。俺達というのはウルリカさんと俺とディーンさん。ミィは宿でお休みだ。


「ごく……っ」


 どこか荒廃的な居住に、俺は息をのんだ。

 これが、スラムなのか。

 ここに来るまでにウルリカさんからスラムの事や格差の事について説明してもらったが、現実は俺の想像以上に残酷なものらしい。

 道端に寝転がる子供たち。

 どこか殺気のこもった瞳で俺達を射抜くスラムの民。

 完全に場違いな空気に気遅れする。

 本当に俺なんかがここにいていいのだろうか。

 スラムの中を進む最中、気付けばウルリカさんの服の裾を握っていた。


「大丈夫よ。彼らもアタシらが外の人間だからっていきなり襲いかかってきたりはしないから」

「本当ですか……?」


 どことなく涙声になりながら、俺はウルリカさんを見上げる。


「もちろん」

「…………甘いな」


 ウルリカさんの言葉に反論したのは、巨体にモヒカン、さらには悪人面のアルバンさんだ。

 アルバンさんは腕を組み、首をくいっとして辺りを見渡すよう俺達に促す。


「見てみろ。どいつもこいつも猛禽類のような眼をしている。隙あらば俺達をとって喰おうと考えているんだろう」


 アルバンさんの言葉で、ウルリカさんの服を握る俺の手に力が入る。

 スラムの連中にとって、俺達は得物同然なのだ。

アルバンさんの言う通り、彼らは皆揃って目つきが鋭い。取って喰おうまでいかないにしても、何かしら悪意を向けている気がする。

 まともな俺達に対する憎悪や憎しみが、彼らから滲み出ているようだ。

 居心地が悪い。

 空気が重い。

 段々と俺達パーティの会話も減ってきた。

 このままで、本当に依頼を達成出来るのだろうか。


「――で、その問題の区画はまだなのかしら?」


 ウルリカさんがアルバンさんに問いかける。

 冒険者ギルドの依頼は、スラム街に潜む凶悪モンスターの排除だ。

 スラムの一角、その地下からモンスターが紛れ込んできたらしい。

 モグラのようなモンスターが外から穴を掘り都市内に進入してきたのかと思ったが、過去に起きたとある事件の跡地とのことだった。

 孤児の売買。

 いわゆる奴隷商売だ。

 スラムには多くの孤児が存在する。その孤児たちを、クリンバの外で売ろうとした商隊キャラバンがいたらしい。

 その名も商隊キャラバン東方の旅団。

 クリンバでは、孤児が多い関係上奴隷というものの価値が余所に比べ低い傾向にある。故に、他の都市で高く奴隷を売ろうと考えた。その商隊キャラバンこそが東方の旅団だ。

 奴隷をクリンバから効率よく運ぶため、都市の外壁近くに穴を掘った。まあ、ここまでは度の過ぎた暴挙、くらいにしかならなかっただろう。この一見を事件たらしめたのが、その後に起きた他の商隊キャラバンとの交戦にある。

 奴隷の輸送ルートを確保した東方の旅団をこころよく思わない商隊キャラバン連との争い。それがこの地下道輸送ルートで行われた。

 当時の様子は相当悲惨なものだったらしい。ならず者から冒険者、様々な武力が投入されて闘争が行われ、両方多大なる被害を被ったとのことだ。

 ちなみに、結果は東方の旅団の敗北で終わった。

 だから、その輸送ルートは封鎖され、今は使えないようになっているという話だ。

 それ以来その輸送ルートを悪用する商人はいない。独占しようとしたら、他の商人による武力制裁が待ちうけているのだ。おいそれと利用出来るはずもない。

 ……と、全てアルバンさんの話だ。

 俺も、スラムに来るまでにこの話を聞いた。

 まとめると、商人の間でも、やっていいこととダメな事があるということなのだろう。

 生前にも独占禁止法という法律があった。奴隷商にとっても、それは同じだということか。実際そのような法があるわけではないのにそのような結果になったのは、因果応報というやつなんだろう。


「そろそろのはずだ」


 辺りを探りながら、アルバンさんは言った。 

 ちなみにこの依頼、アルバンさんが俺達に勧め、ウルリカさんが承諾した形になっている。討伐対象のモンスターのレベルは低く、難易度もそこまで高くないため、腕試しには丁度いいとウルリカさんが判断した。

 ひびの入った石壁に、割れたガラス窓。元々ちゃんとした住居だったのだろうが、今はもう見る影もない。

 さらにスラムを進むと、廃墟が顔を出した。

 結構でかい。横に数十メートル程あり、奥行きもそれなりにありそうだった。

 ここがその現場なのだろうか。

 辺りにスラムの住人の姿はなく、この場所が彼らからも避けられている事が判る。


「ここだ」

 

 アルバンさんの低い声が唸る。

 息を呑み、廃墟を見上げる。

 廃墟の背後には、クリンバの外壁がそびえ立っており、この場所が外に近い事が伺える。

 この場所で争いがあったと思うと、気後れを感じてしまう。

 生々しい戦闘の跡とか残ってたりしないだろうな……。

 不安だ。


「この廃墟の地下に例の洞窟がある。奴隷商共が造った輸送ルートだ」

「で、アタシ達はその洞窟からやってきたモンスターを狩ればいいわけね」

「そうだ。敵の討伐レベルはどれも3に満たない雑魚ばかりだ。問題はないだろう」


 臆す様子もなくアルバンさんは廃墟に一歩踏み入れた。

 続いて俺達も廃墟へ。

 重たい扉を開け、俺達は廃墟の中へと進む。

 中は、凄惨な現場だった。

 そこらに血痕がこべりついており、悪臭が鼻をつく。

 一通り後片付けはしているようだが、当時の悪夢は完全に消せたわけではないようだ。その証拠に、血なんかは固まって残っているしな。これが全部人のものだと思うと、気持ち悪さを隠せない。

 武器や防具などもそこら中に散らばっている。さすがに死体とかは処理されてここにはないようだが、他の痕跡でその時の血生臭い状況を容易に想像できる。これだからスラムの民もこの廃墟には近づかないのだろう。


「さすがに嫌な感じね。悪臭もひどいし、まさかここまでだとは思わなかったわ」

「直に慣れる」


 無愛想なアルバンさんの言葉に、ウルリカさんは眉根を寄せた。

 こんな場所に慣れたくはないが、尻込みしていては先には進めない。

 文句を言うのも面倒になったのか、ウルリカさんはダンマリ状態で黙々と歩みを進めている。


「イオちゃん」


 廃墟を進んでいると、唐突にディーンさんが小声で声をかけてきた。


「僕から離れないようにするんだよ」

「へ? なんでですか」

「何か嫌な予感がするんだ。なんかこう、胸騒ぎのような」


 言って、ディーンさんは渋い顔を作った。


「私もなんだか、気分よくないです」


 胃の辺りがムカムカする。

 この廃墟の惨状がそうさせるのだろうか。

 それとも、直感的によくない予感を感じ取っているからだろうか。

 どちらにせよ、すぐにこの依頼を終わらせて帰りたい。

 宿屋レスピナのベッドに潜り込みたい。


「この下だ」


 そんな俺の気持ちとは裏腹に、一行は次なるエリアに辿り着いた。

 見ると、足元に木製の扉がある。

 とってがついており、人為的に造られたものだと判る。

 ここが、例の輸送ルートへの入り口か。


「この先にモンスターが蔓延ってるってわけね」


 腰に手をあて、ウルリカさんは眼下の扉を睨みつける。


「それで、誰から下りるの?」

「先頭は俺が行こう」


 ウルリカさんの問いに、アルバンさんが即答した。

 大した自信だ。

 どう考えても、最初に下りるのが一番危険のはず。

 顧みず自ら率先するということは、ウルリカさんや俺達にいいところを見せたいのだろうか。それとも、他に何か理由があるのだろうか。

 アルバンさんはゆっくりととってにてをかけ、引いた。

 ギィィィィと年季の入った扉を開けるかのような荘厳な音が響き渡り、モンスターが巣くうであろう魔の領域への口が開く。

 眼下の穴を確認したアルバンさんは、何の躊躇もなく飛び降りた。


「ちょっ!?」


 ウルリカさんが驚きの声を上げた。


「暗くて高さも判らないってのに、飛び降りるなんてバカなの!?」

「安心しろ。大して高さはない。飛び降りても問題ない」

「それは下りてから判った事でしょうが! もし地下がもっと深かったら、アンタただじゃ済まなかったわよ?」

「結果無事だろう。いいから早く来い」

「ああもう! 自分勝手な男ね!」


 半ば自棄になりながらウルリカさんも飛び降りた。

 続いてディーンさん。俺もその後に地下へと下りる。

 地下は一言で言うと暗かった。

 灯りがない。どこに誰がいるのかも判らない。

 このままでは離れ離れになってしまう。


「暗くて何も見えないじゃないの」

「ウルリカ、魔法でどうにか出来ないのかい?」

「出来るに決まってんでしょ。ちょっと待ってなさい」


 いうやいなや、ウルリカさんは火炎属性の魔術で辺りを照らした。

 小さな火の玉が、ウルリカさんの掌の上でゆらゆらと揺れている。

 徐々に広がる視界。ウルリカさんの手によって火の玉の炎の密度が上がってきているのだろう。


「結構広いですね」


 洞窟は結構広く、窮屈な感じはしない。

 まあ、奴隷を運ぶのだから、狭くては効率が悪いのだろう。


「先に進むぞ」


 アルバンさんが我先にと進みだす。

 やれやれと頭を左右に振り、ウルリカさんも後に続いた。

 俺とディーンさんもウルリカさんにならって歩きだす。

 辺りは岩で囲まれており、舗装などはされていない事が判る。

 地震とかあったら、すぐにでも潰れてしまいそうだが、この世界に地震なんてもの存在するのだろうか。

 一本道の洞窟を少し進むと、程なくしてモンスターと思われる生物が現れた。

 あれは、なんだろうか。ネズミが大きくなったらあんな感じなんだろうなってやつが数体洞窟内を跋扈している。

 大きさは全長1mくらいか。俺よりかは小さいからそれくらいだろう。


「ウェアラットか。あれくらいなら余裕だろう」


 巨大な斧を抜き、アルバンさんは構える。

 曰く、バトルアックスというらしいそれは、俺の身体と同じくらいの巨体を誇り、刃も鋭い。重量もそれなりにある武器のようで、一撃の破壊力はどの武器にも劣らない。欠点としては、俺のような小さな身体の人間には少々扱い辛いということか。まあ、それもアルバンさんなら問題ないのだろうが。


「イオ、ディーン、頼むわよ」

「はいっ」

「任せてくれ」


 アルバンさんがウェアラットの群れに飛びかかるのと同時に、俺とディーンさんも武器を構えた。

 ディーンさんの得物は剣。オーソドックスだが、小回りも利き、何度も助けられた。攻めにも守りにも強いから、いわゆるオールラウンダーってとこか。

 俺の武器はウルリカさん製の短剣だ。

 刃渡り20㎝くらいしかなく、重量もない武器だ。

 だが、5本ある短剣その1つ1つに属性が付与されている。

 この五大属性の武器でなら、敵の弱点を突けるのだ。

 敵はネズミのようなモンスター。さて、どの属性が弱点だろうか。


「はあぁぁぁッ!!」


 地面を粉砕してしまいそうな勢いで、アルバンさんのバトルアックスが振り下ろされる。そのたった一振りで、数体のウェアラットが巻き込まれ、悲鳴を上げる間もなく絶命した。


「僕達も行こう!」

「はい!」


 ディーンさんと共にウェアラットの群れに突撃する。

 ウルリカさんは灯りのために常時魔術を行使していなければならないから、援護には期待できない。

 ウルリカさんの元へモンスターを行かせないようにするためにも、全力で倒さなければ。


「一体一体は大したことないけど……!」

 

 火炎、旋風、氷結と順に短剣を切り替えていくが、大きな手応えは未だに得られていない。

 残りは地脈と電光か。地脈ってことはなさそうだから、電光の可能性が高いな。

 俺はウェアラットに肉薄しながら電光属性が付与された短剣を抜いた。一応片方の手には地脈の短剣を握っている。これなら同時に斬れるから、一気に弱点を絞りこめるのだ。


「せい! やぁ!」


 短剣の二連撃。

 やはり電光属性の短剣で斬った時の方がダメージが大きいようだ。

 なら、次からは電光属性の短剣で積極的に斬っていこう。そうした方が殲滅も早くなる。


「イオちゃん――。僕も負けていられないな……!」

「おおおおおぉぉぉ!」


 アルバンさんの雄叫びと共に、みるみるうちにウェアラット達は倒されていく。

 ウルリカさんが魔術を使えば一瞬で終わりそうではあったが、それをしないのはアルバンさんの力量を見るためと、灯りの保持を優先させたからだろう。

 気付いたら、ウェアラット達は完全に沈黙していた。

 アルバンさんに至っては息の1つも乱していない。

 さすが、言うだけはある。実力の方もかなりのものみたいだし、強さの面で言えば問題ないだろう。

 ただ、強ければいいってもんじゃない。

 俺はウルリカさんじゃないから、何を計って仲間を選んでいるのかは判らないが、強さだけで仲間を選ぶなんて論外だと思う。ウルリカさんに限って、ただ強いから仲間にする、なんてことはないだろうが、どうだろう。


「洞窟のモンスターはこれで全部なのかしら?」

「いや、まだのようだ」


 アルバンさんは武器を構えたままだ。

 洞窟の奥、そこにまだ何かがいるというのだろうか。


「行くぞ」


 アルバンさんは問答無用で奥へと進みだした。

 仕方なくといった感じで、俺達も後をついていく。

 先に先に進んでいくと、この洞窟に色々なモンスターが生息しているのが伺えた。外からやってきて棲みついたのだろう。植物系のモンスターやら、スライムなんかもいる。

 全部を倒していくと骨が折れるので、害のありそうなモンスターだけを倒しながら進む。討伐レベルが3以下の敵ばかりというのは本当のようで、苦戦するモンスターはいなかった。

 やがて、洞窟の終着点へと俺達は辿り着いた。

 奥の頭上には、大穴が開いている。

 これだけの穴があるのなら、モンスターが棲みついて当然だ。

 出口の穴を完全に封鎖すれば、依頼は完了だろう。

 もう、この輸送ルートがモンスターの住処にならずに済むはずだ。


「なるほど。こりゃ魔法使いが必要なわけだ」


 頭上の大穴を見上げ、ウルリカさんは納得するかのように頷いた。


「地脈属性の魔術で塞がないといけないってわけね。さすがにこれだけの大きさの穴を普通に塞いだんじゃ暇がかかり過ぎるわ」


 ウルリカさんによって照らされていた灯りが消えた。地脈の魔術で穴を塞ぐ準備に入ったのだろう。

 だが、穴から外の灯りが刺しこみ、辺りは鮮明に見渡せる。暗くなるとしたら、ウルリカさんが穴を塞いだ直後か。

 ここらのモンスターはあらかた駆逐したが、何が起こるか判らない。気を引き締めておくに越したことはないな。


「じゃ、やるわよ」


 相変わらず杖無しノーワンド状態でウルリカさんは魔術を発動させた。

 壁に手をあて、眼を瞑る。

 すぐさま地響きのような音がして、天井の大穴の両端から土が盛り上がってきた。

 ゴゴゴゴゴゴと世にも恐ろしい轟音を響かせながら、大穴が塞がっていく。

 数秒後には、完全に穴が閉じられていた。

 その証拠に、辺りは真っ暗だ。

 その瞬間だった。

 複数人の足音が聞こえてきた。

 1人や2人ではない。軽く5人以上はいそうな足音だ。

 だが、暗くて辺りが見渡せないため、彼らが何者なのか把握できない。


「誰!?」


 ウルリカさんは叫ぶと同時に火炎属性の魔術で灯りを灯した。いや、正確には灯そうとしたのだろう。一瞬視界は広がろうとしたが、何者かがそれを阻害したのだ。


「っつぅ……ッ」


 痛みに歪むウルリカさんの声。

 まさか、誰かがウルリカさんに攻撃をしかけたのか?

 でも、なんで?


「イオちゃん!」


 俺を呼ぶディーンさんの叫び声。

 直後、何者かの腕が俺の服を掴んだ。

 暗くて誰なのかが判らない。

 咄嗟に俺は振りほどこうとしていた。


「や、やめてください!」


 易々と俺の身体が浮き上がる。

 続いて地面に顔を叩きつけられ、激しい痛みが襲ってきた。 

 もがくも虚しく、手際良く何者かに両手を身体ごと縛られてしまった。

 足をバタつかせるが、暗くて何も見えない今、悪あがきにすらならない。

 ――やられた、と思った。

 敵の狙いは俺だ。アルカナドールだと知っての狼藉かは判らないが、敵の動きは明らかに俺の事を捉えようとしているものだ。

 それに、タイミングもばっちりだった。

 まるで、最初から俺達がここに来る事を分かってたかのようだ。

 それにしても、この暗さの中で敵は明らかに的確に動いているのはどうしてだろう。完全な闇の中だというのに、物音だけで察知できる特殊な人間ばかりだとでもいうのか。


「連れていけ」


 聞き覚えのある声。

 これは、アルバンさんのものだ。

 なのに、彼の声は今しがたやってきた闖入者に向けてのものだった。

 ああ、そういうことかと、どこか冷静に納得している自分がいた。

 俺は思った。アルバンさんに大して感じた嫌な感じって、こういうことだったのかと。彼は元々敵で、俺の事を狙っていたのだ。だから最初、アルバンさんは俺の事をモノでも見るかのような眼で見てきたんだ。

 大体、おかしな点はたくさんあった。

 何故、アルバンさんがこの依頼を選んだのか。

 何故、アルバンさんはスラムに詳しかったのか。

 何故、アルバンさんはこの輸送ルートのことを把握していたのか。

 洞窟に飛び降りた時もそうだ。普通、中がどうなっているのか判らない時ってもっと慎重になるものだ。なのに、彼は何の躊躇いもなく飛び降りた。きっと最初からここがあまり深くない事を知っていたんだ。

 頭の中に計画的犯行という文字が浮かんできた。

 アルバンさんは、最初から俺を捉えるつもりで近づいてきたんだ。

 どうしてもっと早く気付かなかったのか。警戒はしていたつもりだったけど、最後の最後で油断した。


「何なのよ、アンタ達は!? ちょっと、やめなさいよどこ触ってんのよこの変態!」

「イオちゃん! ウルリカ! 無事かい!? ――ぐッ!?」

「ウルリカさん! ディーンさん!」


 必死に2人の名を叫ぶ。

 だが、縛られた俺の身体ではどうする事も出来ない。

 俺だけでなく、2人も連中から暴行を受けているようだ。暗くて何も見えないけど、なんとなくで判る。

 ウルリカさんの悲痛な叫び声。

 ディーンさんの呻き声。

 このままでは、最悪の展開になってしまう。

 俺はどうすれば、どうすれば……!

 身体は縛られていても、何か出来ることはないのか……!


「悪いねェ。君には眠っていてもらうよ」


 どこかで聞いた事のあるようなないような、そんな声が聞こえてきたかと思うと、甘い香りのする布が俺の口を塞いでいた。

 睡眠薬か、と思った時にはもう、俺の意識は朦朧としていた。

 

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