不穏な影
その日もまた、冒険者ギルドへと赴いていた。
木造の二階建のギルドは、縦には高くないが横と奥行きは中々のものだ。
入り口辺りには、屈強な男やガラの悪そうな人達がたむろしており、一目で普通の建物じゃない事が判る。
冒険者というのはどいつもこいつも血の気が多いようだ。仲間内のいざこざも頻繁に起こると聞く。その点俺達はそうい暴力的な面はないので、安心できる。
「……嫌な感じね」
ギルド内を歩きながら、ウルリカさんがぽつりと漏らした。
どいつもこいつも俺とウルリカさんを嘲笑の目で見てくるやつらばかりで、仲間になってくれなんて声をかける事も出来ない。
どうして見た目が女子供だと舐められるのか。
いやまあ生前の世界でも似たようなものだったが。
若い、というのはどの時代もあまり好まれる傾向でじゃないらしい。
ただ、ディーンさんは少し違ったが。
「ねぇねぇあなた、あたしらと組まない?」
「あなたいい男ねホント。ウチのとこに来たら色々と捗るかもしれないわよ? ウチのクランは可愛い子多いからね。どう? こない?」
「ちょっとあんたら、先に目ぇつけたのあたいらなんだからね! 横取りしないでよ!」
なんというか、ディーンさんは凄まじかった。
色んな女性から勧誘され、たじたじ状態だ。
額にはうっすら脂汗がのぞいており、本人自身、女性から迫られ困っているのは明白だった。
しかし、今日に限ってやたらと積極的な女性が多いな。
昨日は全然だったのに。
ま、運が悪かったってところか。
ご愁傷さま、ディーンさん。
「イオちゃん、助けて……」
「自業自得です」
ツン、と俺はそっぽを向いた。
「そんな、あんまりだ……っ」
最後に俺に手を伸ばし、助けを求めながらディーンさんは女性陣に引きずられていった。
ウルリカさんもどうでもいいのか、ディーンさんのことは放っているようだ。
ギルドの受付にまで来ると、昨日と同じお姉さんが立っていた。
だがしかし、問答無用でウルリカさんは問いかける。
「で、仲間を探しているようなやつはいた?」
「残念ですが、やはりあなた方と組みたいという酔狂な冒険者はおりませんでした。ソロの方がこのギルドに訪れる事は少なくありませんが、あなた方の話をすると決まって笑い飛ばしバカにされます」
「ぐぐ……」
よっぽど悔しいのか、ウルリカさんは拳を握りしめた。
やはり、俺たちみたいなひよっこの仲間になりたがる人物など冒険者の中にはいないのだろうか。
「残念ですが、ギルドで仲間を捜すのは止めておいた方がよろしいかと」
「まだたったの1日だけじゃないの。もしかしたら酔狂な連中が来るかもしれないでしょ」
「はぁ……」
うんざりとした表情を隠すでもなく晒す受付のお姉さん。
俺達が仲間を捜しているという事を、ソロの冒険者に伝えてもらっていたのだが、実際にバカにされるのは目の前の受付のお姉さんだ。1日だけだったが、それでも数人のソロの冒険者にバカにされ、嫌になったのだろう。
「――なんだ、仲間が欲しいのかお前ら」
気付けば、巨体でモヒカン頭の男が受付に来ていた。
俺の倍以上ある大きさで身体は筋骨隆々。
俺の背ではこのモヒカン男は完全に見上げる形になってしまう。
得物はアックスの類いのようだ。背中に俺の身体くらいの大きさの斧を背負っている。
「何よアンタ」
ウルリカさんがモヒカンに反応する。
「俺はアルバン・ボルロー。冒険者をやっている」
「冒険者ってことはここにいるんだから判るわよ。アタシが言いたいのはそういう事じゃなくて、どうしてアタシ達に話しかけてきたかってことよ」
「仲間が欲しいんだろう? 今、俺はソロだ。どこのクランにも属していない」
「で? アンタが仲間になってくれるってわけ?」
「その通りだ」
モヒカン男ことアルバンさんの返答に、一瞬ウルリカさんは面食らった。
それもそうだ。どう見ても俺達と仲間を組んでくれそうな身なりの人間ではない。そんな男が突然やってきて、仲間になると言い出したのだ。にわかには信じ難い。
「アンタ、アタシ達をバカにしないの?」
「当然だ。冒険者は外見が全てではない。お前達2人からはどことなく強者のオーラを感じる」
「ふ、ふーん。少しは見る目がありそうなやつね」
おだてられ、若干天狗気味のウルリカさん。
まあ、強者と言われて嬉しくないはずもない。
俺も少しだけ嬉しかったし。
それもそうだろう。冒険者ギルドに行くと、大抵見下した眼差しで見られるのだ。性別が女であることと、俺が子供である事が相まってお遊びで冒険者をしていると思われているのだろう。
レネネトではカイゼルさんとの手合わせで、少しは見かえせたけど、クリンバでも同じようにいくとは限らない。
小さな女子供はバカにされる。それは生前でも同じだったように思う。
こういうところは何も変わらないんだなとつくづく感じる。
「でも、なんだか出来過ぎな気もするんだけど……」
「そんなことはない。俺には判るのさ。お前達の実力がな」
そう言って、アルバンさんが俺の方をちらりと見やった。
粘りつくような嫌な視線を感じ、俺は咄嗟に目をそむける。
なんでだろう、胸がドキドキする。
胸が高鳴る、じゃなくて、不快な感覚のドキドキだ。
何故だかわからないけど、今すぐにここから逃げたくなった。
「ま、そういうことならわかったわ。でも、すぐに仲間にする気もないから、一度アタシらと適当な依頼をこなしましょう。モンスター討伐でも何でもいいわ。それでこっちが良いと感じたら正式に仲間になるってことでいいかしら」
「了解した」
「日時は明日の午前11時。このギルドで待ち合わせね」
「明日の午前11時だな。よし、それではまた明日」
「ええ」
矢継ぎ早に段取りが決まり、明日、アルバンさんと一緒に依頼に出ることになった。
正直、俺はあまり乗り気ではなかった。
でも、ウルリカさんがそう決めたのなら、俺はその決定に従うまでだ。
気付けば、アルバンさんはギルドを後にしていた。
ディーンさんもタイミング良く、女性陣の輪から抜け出してくる。
「何か進展あったみたいだね」
先程までの女性達の攻めにうんざりした様子でディーンさんは言った。
「ええ。明日あの男の試験をするわ。それがダメならこの話は却下。良さげなら仲間に加える」
「さっきのモヒカンの男だろう? なんだかガラの悪い感じだったけど」
「まあね。でも、人は見た目が全てじゃないから。ちゃんと彼の人となりを見てから決めましょう。ただ見た目があんなだからって理由で仲間になるのを断っていたら、これから先誰も仲間になんてなってくれないわよ」
まじめな顔でウルリカさんは言った。
そうだ。ウルリカさんの言う通りだった。
俺はなんてバカな事を考えていたのだろう。
見た目が怖いから乗り気じゃないだなんて、そんなのただのわがままだ。
俺も見た目でバカにされていたじゃないか。
それを他人には押し付けるなんて、俺はなんて最低なやつなんだ。
「イオもいいわよね?」
「はい。明日が楽しみですね」
「ええ。あのアルバンという男がどんなやつなのか、しっかり計らせてもらうわ」