剣術士
翌日。
ミィとの朝の散歩を終えた俺は、一度宿に戻って来ていた。
宿屋レスピナ。高級な宿、というわけではないが、中は広いし客数も多い。エントランスも広く、建物は4階建てだ。店主オンリーの経営ではなく、従業員も数人いる。そう考えると、やはり都市は規模が違うなと思い知らされる。
「あら、イオさん?」
宿のロビーで唐突に声をかけられ、ビクっと身体が反応した。
俺の事を知ってる人ってあんまりいないはずなのに誰だろうと思いながら振り向くと、アニエスさんが驚いた様子で見ていた。
「アニエスさん! どうしてここに?」
「実は私、この宿に泊まっているんですよ。イオさんもそうなのですか?」
「はい。それにしても奇遇ですね。まさか宿が同じだなんて」
「ええ、私も驚きました。ふふ、ですが嬉しいです。イオさんと同じ宿に泊まれて。これも何かの縁なのでしょうね」
言って、アニエスさんは首を上げた。
目を閉じ、感慨にふけっているようだ。
「そういえば、イオさんはこのクリンバに何をしに?」
「えと、仲間を探しに、です」
「仲間、ですか。しかしまたどうして? すでにお仲間は2人いるようでしたが」
その2人が、ウルリカさんとディーンさんのことを刺しているいのは明白だった。アニエスさんが俺といた時に、ウルリカさんもディーンさんもやってきたからな。その時に見たんだろう。
「実は、クランを作りたくて。そのためにはメンバーがあと2人必要なんです」
「なるほど。クラン、ですか。そのために冒険者の仲間が欲しいと」
「はい。そういえばアニエスさんは何をされている方なんですか?」
最強の剣術士というのは既にウルリカさんから聞いているが、職業などについては何も知らない。もしかして、同じ冒険者なのかも。
「私も一応職業は冒険者ですよ。イオさんと同じですね」
小さく微笑むと、アニエスさんは俺の頭を撫でてきた。
「っと、ごめんなさい。条件反射的にイオさんに触れたくなってしまいました」
「それは、構いませんけど……」
やっぱりアニエスさんは冒険者だったのか。
ウルリカさんが冒険者なら誰でも知っていると言っていたのが頷けた。
「実は、アニエスさんは凄腕の剣術士だと伺っていまして……。なんでも大陸最強なんだとか。それは本当なんでしょうか?」
「私が大陸最強? まさか。私なんかより腕の良い剣士はこの世に大勢いらっしゃいますよ。私はまだまだ修行中の身ですし、最強だなんて……正直畏れ多いです」
アニエスさんは本当に困ったような顔をして言った。
自分では自分のことを半人前だと思っているのだろうか。
それでも、世間はアニエスさんを剣術士の中では最強とふれ回っている。
名が知れ渡っている、という時点で、そこらの剣術士では決してない。
名声とは、本人の自覚なく広まるものなのだろう。
もしくは、こういう謙虚な性格だから、名が広がったのか。
貪欲じゃない人物の方が、他人からは好かれやすいからな。
「でも、アニエスさんがお強いのはなんとなく判ります。雰囲気というか、そんな感じのオーラを感じるんです」
「ふふ、ありがとうございます。イオさんも、なんだか不思議なオーラを纏っていますよね」
「ええっと、それは……」
不思議なオーラってのは、俺がアルカナドールだからかもしれない。
まともな人間じゃないから、そう感じられるのだろう。
「っと、そろそろ行かなくては」
「お出かけですか?」
「ええ。実は私、捜している人がいるんです」
「捜している人?」
「はい。エルフ族の女の子なんですけど、どうやらこの都市に来ているみたいで」
「エルフ族……」
エルフ族いえば、魔力の体内保有量が多い種族だったよな。
コビンの管理人、フィオさんもエルフだった。
外的特徴といえば耳が長いことか。
「純エルフの子なので、賊なんかに捉われていないといいのですが……」
アニエスさんの表情が曇る。
純エルフとは、ハーフなどではなく、純粋なエルフの血を受け継いだ者のことだ。そのせいか希少な存在であり、人身売買ではかなりの価値がつく。だからアニエスさんは心配しているんだろう。
「大丈夫ですよ、きっと」
何の根拠もなく俺はそう口にしていた。
本当はあの奴隷を収容した馬車が気にかかっていたが、アニエスさんを不安にさせるようなことは言いたくなかった。それこそ根拠のない事だ。まさかあの馬車にアニエスさんが捜しているエルフの子がいるはずもない。
「ふふ、ありがとうございます、イオさん」
最後に俺に微笑みかけて、アニエスさんは踵を返した。
「では、これで」
言って、アニエスさんは宿から出ていった。
まあ、アニエスさんとは同じ宿だし、また会えるだろう。