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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第二章
65/110

お揃いのブレスレット



 市場でのショッピングを終え、俺はクリンバの宿レスピナに戻ってきていた。

 空はとっくに暗くなり、夕方までは賑やかだったクリンバの街も、だいぶ穏やかになっていた。人通りも減り、今なら人混みに押しつぶされる事もなさそうだ。


「綺麗だな~」


 部屋の窓から夜のクリンバを眺めていると、色々な物が伺える。

 綺麗に並んだ街灯、街灯り。夜にしか見れない綺麗なものが視界に飛び込んでくる。夜景ってのはどうしてこんなに綺麗なのか。夜空もそうだが、この世界でも生前の世界でも、そういった綺麗さは変わらない。

 

「にゃ~」


 窓辺にミィが上ってきた。

 ミィも猫だけど、夜の街の美しさは理解できるのだろう。


「ホント、綺麗だね」

「ディーンさん……」


 ミィだけでなく、ディーンさんも窓辺にやってきた。

 まあ、部屋にいても特にすることないしな。ウルリカさんは部屋に備え付けてあるお風呂に入ってるから、部屋にいるのはディーンさんと俺だけだ。だから、ディーンさんが俺のトコに来るのも至極当然なことだ。うん。


「さっきはすみませんでした……」


 傷つけるようなことをディーンさんに言った。

 そんなディーンさんから逃げるように俺は部屋を出た。

 最低だ。ホント俺はばかだ。あの時の自分にびんたしたいくらいだ。


「気にしてないよ。それに、僕の言動がイオちゃんを傷つけてたみたいだし、僕の方こそごめんね」

「ディーンさん……」


 やめてくれ。そんな顔されたら、俺、どうすればいいんだ。

 どうしてそこまで優しいんだよ。

 お人好しもここまできたら病気だよ。

 だけど、俺はそんなディーンさんが好きだ。どうしようもなくお人好しで、優しくて。それが俺に対してだけじゃなくても、好きなんだ。

 あの時は俺の事だけしか考えてなかった。

 俺にだけ優しくしてほしいだなんて、そんなのただのわがままだ。


「ディーンさんは、何も悪くありません……」


 そう、悪いのはいつも俺だ。

 どうして俺はこうなのか。もっと素直になれたら、ディーンさんに嫌な思いをさせないで済むのに。


「僕はそれでいいと思うけどね」

「え?」

「子供なんだから、イオちゃんは。言いたい事は言ってさ、すっきりしてもいいんじゃないかな」

「それは……」


 見た目は俺は子供だけど、中身は大人なんだよ。

 しかも引きこもりでコミュ障。ディーンさんが思っているような純粋な子供じゃないんだ俺は。


「前にも言ったじゃないか。イオちゃんはもっと子供になるべきだって。大人を頼るべきだってさ。僕も一応大人だから、もっと甘えてくれていいんだよ」

「でも……」


 俺も中身は大人なんだ。

 でも、ディーンさんには甘えたい。わがままも言いたい。

 ウルリカさんにだって本当はもっと甘えたいんだ。

 だけど、俺は元々大人。アルカナドールになって見た目は女の子になったけど、心は大人なんだ。だから、どこかで自分にストップをかけているんだと思う。

 生前はこんな気持ちになったりしなかった。大人に甘えたいだなんて思いもしなかった。もちろん、子供の頃はそうだったろうけど、24になってこんな感情湧くはずない。


「じゃあこうしよう。僕が甘えて欲しい。イオちゃんに甘えられたい。これならどうかな?」

「そんなこと言われても……」


 前にもそんな風な事言われたような気もするが、だからといってはいそうですかと甘えられるわけない。


「はは、そうだよね。これは僕のわがままでもあるから、イオちゃんに押し付けちゃダメか」


 苦笑いしながら、ディーンさんは頭をかいた。

 ――しかし、だ。

 ディーンさんも俺に甘えて欲しい。俺もディーンさんに甘えたい。

 考えてみれば、ウィンウィンなのではなかろうか。

 ウィンウィンとは、どちらにとっても得のあることだ。つまり、やらなきゃ損というわけだな。

 しかし、どうやれば甘えられる?

 甘えるにはどうしたらいいんだ?

 甘えたい気持ちはあっても、やり方が判らない。

 子供の頃、俺はどうやって親に甘えていただろうか。

 思い出せ、思い出せ……。


「僕も何を言ってるんだか……――って、イオちゃん? いきなりどうしたの?」

「……っ」


 気付けば、俺はディーンさんに抱きついていた。

 背が低いから、おれの両手はディーンさんの背中の辺りだ。 

 何故俺が抱きついたのか。

 それは、子供の頃に親に甘える時はこうしていたからだ。もちろん、他意はない。


「あ、甘える攻撃、です……。えい」


 少しだけ腕に力を込めてみる。

 服の上からも、ディーンさんの温もりを感じられる。

 温かい。ずっとこうしていたいくらいに。


「イオちゃん……」


 ディーンさんも、左手を俺の頭の後ろに回してくれた。右手は俺の頭を撫でてくれている。

 懐かしい感触に、少しだけ涙腺が緩んだ。

 子供の頃は、こうして親に甘えていた。

 熱を感じることは、どうしてこうも安心感を与えてくれるのだろうか。


「でぃ、ディーンさんが甘えて欲しいって言ったから、こうしてるだけですからね……っ」

「うん。わかってるよ」

「け、決して私がディーンさんに甘えたいわけじゃないですから、勘違いしないでくださいっ」

「もちろんさ。僕が甘えて欲しいって言ったんだから」


 優しい声音で、ディーンさんは囁くように言った。

 やっぱり、ディーンさんにはお見通しのようだ。

 本当は俺が甘えたいこと。ちゃんと理解してくれている。

 それでもなお、俺のためにこう言ってくれるディーンさんは、心が広い。

 イケメンで性格いいなんて、とんだ反則野郎だ。

 俺にとってディーンさんは歳の離れた兄、もしくは若い父親のような感覚だ。とにかく、傍にいると安心できる存在なんだ。

 ずっとずっとこうしていたい。

 何もかも忘れて、ディーンさんの温もりを感じていたい。

 そんな事を思っていると――


「アタシがいないからって何をやっているのかしらね……」

「――!?」


 ウルリカさんがお風呂から戻ってきたのに気付かずに、ずっとディーンさんに抱きついていたようだ。

 咄嗟にディーンさんから飛び退き、距離を取る。


「やあ、ウルリカ。実は僕がイオちゃんに甘えてくれってお願いしてね。それでこうなったってわけさ。ね、イオちゃん」

「は、はいっ」

「へえ。それじゃあアタシもイオにお願いしようかしら。ディーンがそれでいいんなら、アタシからお願いしたらイオは甘えてくれるんでしょ? ――それに最近、あんまりアタシに甘えてくれないし……」

「ウルリカさん?」


 後半の言葉が、声が小さくてぼそぼそ言っていたから聞きとれなかった。


「ともかく! アタシもイオに甘えて欲しいの!」

「え、ええっと……」

「ダメ……?」 

「う……」


 なんだか今日のウルリカさんはしおらしい。

 もしかして、俺がディーンさんに甘えていたから嫉妬しているのだろうか。ウルリカさんに限ってそんなことないと思うけどさ。


「私は全然いいですけど……」


 言って、何故かディーンさんの方を向いてしまった。

 視線が合うと、ディーンさんは初めは少し驚いた顔になったが、すぐに優しい顔に戻った。恐らく、甘えてこいということなのだろう。


「それじゃあ、遠慮なく」


 ウルリカさんに近づき、抱きつく。

 ちょうど胸に顔が埋まり、心地良い。

 さっきまでお風呂に入っていたからか、シャンプーの匂いもして香りも良い。


「ふふ、イオの匂いだ」

「く、くすぐったいですよっ」

「いいじゃないいいじゃない。そ~れよしよしよし」


 わしゃわしゃと頭を撫でまわされ、俺も気持ち良くなってきた。

 ウルリカさんは俺の身体を撫でまくり、堪能しているようだ。

 こそばゆかったりくすぐったかったりむずむずしたりと、とにかく変な感じだ。このままでいたら何か目覚めてしまいそうだが、振り払うのも気が引ける。仕方ないのでこのままウルリカさんの好きなようにさせよう。


「ほっぺたぷにぷに~。それそれ~」

「う、うりゅりかしゃんっ、ゆびでちゅちゅかにゃいで……」

「まだまだいくわよー。イオのぷにぷにほっぺを伸ばして引っ張って~」

「うう……」


 俺、おもちゃにされとる……。

 まあでも、いいか。ウルリカさんにならこんなことされても嫌じゃないし。

 というか、俺はアルカナドールだからカードを使えばいつでも俺を甘えさせられるんだよな。それをしないのは、コビンの時の事を反省してくれているからなんだろう。


「はぁ~、癒されるわ~」

「は、はは……」


 ウルリカさんは思うまま俺を撫で回している。

 生前は、こんなに俺を大切にしてくれた人は両親くらいなものだった。

 それがどうだ。こんな俺にも、旅を共にする仲間が出来た。

 これからも一緒にいてくれる家族のような存在。

 ウルリカさんもディーンさんも、すごく良い人だ。

 そんな人達と共に生きていける。色んな場所に旅出来る。これほど素晴らしいことってない。

 俺はきっと、幸せなんだ。

 道中辛い事もあるだろうけど、それでも2人といれて俺は嬉しい。

 ずっとずっと一緒にいたい。

 そのわがままだけは、これからもずっとし続けるかもしれない。


「ふぅ、イオ分補給完了っと。ありがとね、イオ」

「い、いえ、私は別に何もしていないですから」


 言って、ウルリカさんから離れた。

 名残惜しい、という気持ちも多少あるが、これ以上は甘えすぎだろう。

 ウルリカさんとディーンさん、2人に甘えていたら思いだした。

 市場で俺が買ったもの。すなわち、ブレスレットである。

 実は3人お揃いのものをさっき市場で買っておいたのだ。


「あの、ウルリカさん、ディーンさん」

「どうしたの?」

「どうしたんだい?」

「その、市場でですね……これ、買ったんですけど」


 言って、ズボンのポケットから3人分のブレスレットを取り出した。

 無骨なデザインだが、薄くコンパクトだから日常生活の時や戦闘時に邪魔にならない。でかくてゴツゴツした造りだったら、つけるのも面倒だろうしな。これくらいで丁度いい。


「それ、ブレスレットかしら」

「はい。みんなでお揃いのブレスレットです」

「へえ、いいじゃないか。仲間だって判る目印になるかもね。ありがとう、イオちゃん」


 ディーンさんは一度俺の頭を撫でてから、ブレスレットを手に取った。

 ディーンさんはブレスレットの大きさや重さなどを吟味して、ゆっくりと腕にはめた。


「結構がっちりしてるみたいだね。材質はなんだろう」


 腕にはめたブレスレットを見ながら、ディーンさんは言った。


「確か超鋼って素材だったかと思います。鉄なんかより硬いらしいですよ」

「なるほどね。超鋼なら高いけどそれ程でもないし、重量も鉄並だから装飾品としてはもってこいかもね。ま、オリハルコンとかの希少金属と違って量産も一応可能だから、装飾品だけじゃなくて色んな面で活用されてると思うわ。ただ、金属を加工するにはそれ以上に硬い金属が必要だから、簡単にはいかないだろうけどね。堅い物を斬るわけじゃないから、刃をもちいる武器なんかは鉄が主流だし。超鋼をあれするわけじゃないけど、汎用性を取るならやっぱり鉄が一番だと思うわ」

「……なんか、ウルリカって変なトコ詳しいんだね。金属に詳しい女性って、あまり聞かない気がするんだけど」

「仕方ないじゃない。お師匠様が色々と教えてくれたんだから」

「ウルリカの師匠ってあの大賢者、ファウスト・エスピネルだったよね。やっぱり凄い人だったの?」

「そりゃあね。そこらの賢者とは大違いだったわよ。それはそうと――」


 ウルリカさんも俺からブレスレットを受け取り、腕にはめた。

 すぐに付け心地を確認し、それからぶんぶんと軽く腕を振った。


「うん。いい感じね。ありがと、イオ」

「いえ……。お金はウルリカさんがくれたものですし、私はただ買っただけで……」

「なーに言ってんの。こういうのは気持ちの問題でしょ。確かにお金はアタシがあげたけど、お揃いのブレスレットをみんなにプレゼントしようって考えたのはイオでしょう? お金を貰った時点で、自分だけのものを買おうって普通は思うのにイオはそうしなかった。アタシ達のことも考えてくれたから、お揃いのブレスレットを買ったんでしょ?」

「それは……はい」


 俺、ウルリカさんに何でも見透かされてるなぁ。

 やっぱり俺のマスターなだけはある。


「だから、ありがとう。それはそうと、イオもつけたら?」

「あ、はいっ」


 言われて、俺だけがつけていない事に気付く。

 慌ててブレスレットをはめる。カチっと音が鳴り、ブレスレットが手首に収まった。


「これでみんなお揃いだね」

「ええ。イオに感謝しなくちゃ」

「そんな感謝だなんて……」


 大したことしてないのに、そう思われるとなんだか申し訳ないような。


「今日は抱きしめて寝ちゃおうかしら」

「ええ!?」

「まあまあまあまあ。いいじゃない、減るもんじゃなし」

「それはそうかもですけど! 恥ずかしいじゃないですかっ」

「女の子同士なのよ? 別に普通だと思うけど」

「え、そうなんですか?」

「ええ」

「そ、そういうことなら……」


 女の子同士って、普通に一緒に寝るものだったのか……。

 男だったから知らなかったぜ……。

 そういや生前の世界でも女の子同士ってやたら仲良かったよな。

 ということは、ウルリカさんの言う通り、一緒に寝ることは日常茶飯事ってことか。こりゃ知らなかったな。


「あのー、僕もいるんだけど」

「ディーンはもちろん1人で寝てね? イオはアタシがもらうわよ」

「そういう事じゃなくて……。男も一応同じ部屋にいるってことを言いたかった訳だけど、ウルリカにはあまり効果なさそうだね」

「ないわね。アンタに遠慮なんかしないわよ」

「は、はは……」


 ディーンさんは苦笑いしながら、やれやれと頭をかいた。

 

 ――そして、今夜俺がウルリカさんに抱かれて眠った事は言うまでもない。


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