市場にて
交易都市クリンバのメインストリートを北上し、東に少し進んだところに市場はあった。
市場にはたくさんのテントが張ってあり、夕方だというのに中は商人と客で一杯だ。売り物も様々で、食べ物や装飾類、武器や防具を扱っている店もある。
「やっぱり交易都市なだけあって色んな土地の特産物もあるわね」
「判るんですか?」
市場の中をウルリカさんと歩く。
それだけでも、結構楽しい。
知らないモノがたくさんあって、ついつい立ち止ってしまいそうだ。
「ま、多少はね。ほら、あれとか判りやすいじゃない」
「あれは……」
店に綺麗な花が飾ってある。
でもどうしてだろう、その花は容器の中にいれてあった。
色も青と水色で珍しいような。
「北の寒い土地にしか生息しない氷花ね。コウェンティは南にある国だから、氷花は珍しいものなのよ」
「へえ~。あ、じゃあどうして容器の中に入れてあるんですか?」
「容器の下見てみて」
「えっと、はい」
容器の下にはなにやら氷のようなものが敷き詰められている。
「ドライアイスよ。寒いところでしか生息できないからね。ああでもしないとすぐ枯れちゃうの」
「なるほどです。ここら辺は温かいですもんね」
「そゆこと。じゃ、次いこっか」
「はい」
市場を進む。
人通りが多くて、ここでウルリカさんとはぐれたら間違いなくまた迷子になるな。気をつけないと。
「いらっしゃいいらっしゃい!」
「どんどん見ていってくれ!」
「本日限りの大特価だ! ここで買わなきゃ損だよ!」
市場の中に進むにつれ、どんどんと賑やかになっていく。
やはり交易都市。活気がある。
扱う品々も千差万別だし、値段も見た感じ安い気がする。
「旬な果物に野菜を取り扱っているよ! よかったらみていってね!」
「こっちはビッグベアの爪を使った大剣があるぜ! 切れ味、強度、共に抜群の代物さ!」
「装飾品ならウチによってくれ! 綺麗なものからカッコイイものまでなんでも取り揃えているぜ!」
市場の荒波にのみ込まれながら、俺は欲しい物を探す。
しかし、何を買ってもらおうか。欲しい物っていっても、特に何かあるわけじゃないしな。
「そういえばウルリカさん。市場で何か欲しいとか物あるんですか?」
「欲しい物っていうか、見たい物はあるわね」
「見たい物?」
「ええ。見たい物っていうのは魔具なんだけどね。一般的に取り扱ってる物じゃなくてさ。ここなら珍しい物もあるんじゃないかなって」
「確かに、色んなトコから物が集まってるわけですし珍しい魔具があっても不思議じゃないですよね」
魔具、魔具かぁ。
ウルリカさんは魔法使いだからそういった魔法関連の道具を好んで使うんだよな。
俺は今のところ魔法はさっぱりだから、魔具とかきっと扱いきれない。
面白いとは思うけど、なんだか難しそうだし。
魔具を買うくらいなら、適当な装飾品でも買った方がいい。
もちろん、俺に限っての話だけど。
「あ、見て」
ウルリカさんに言われ、俺は露店の一角に視線を移した。
「魔具関連の店が連なってるわ」
「みたいですね。行きますか?」
「そうね。それが目的の1つでもあるし」
「了解です」
市場の賑やかなエリアから少し離れ、若干人通りの少ない場所へやってきた。
魔具を扱ってるだけあって、あまり客は訪れていないようだ。
そこまで需要のある物じゃないから、好きな人やマニアしか買い求めないのだろう。
「ちょっと見てもいいかしら」
適当な露店の前で立ち止り、ウルリカさんは店主に声をかけた。
「好きなだけどうぞ」
魔具を取り扱っている店主はどこか暗く、さっきまでの市場の店主とは正反対な感じだ。
魔法使いの中には研究だとか開発だとかそういうのを好む人もいるのだと前にウルリカさんに聞いた事がある。ただ魔術を極めるのではなく、魔法が関わる事柄を探求する者も存在するということだ。
そんな人達だから、部屋にこもって研究し続け、俺のようにコミュニケーション能力が若干欠けた人が多いのかもしれない。
「この指輪はどういう力を秘めてるの?」
並べてあった品物を手に取り、ウルリカさんは店主に尋ねた。
「その指輪は共鳴の指輪といって、指につけると対になる物が近くにくると埋め込まれた宝石が光るようになっています」
「へぇ。じゃあ、これがその対の指輪かしら」
「そうですね」
「ちょっと試してみてもいい?」
「構いませんよ」
「ありがとう」
店主にお礼を言って、ウルリカさんはもう一方の指輪を手に取った。
「イオ、指出して」
「あ、はい」
ウルリカさんに言われた通りに俺は薬指を出した。
何故薬指が出たのかは判らないが、とにかく出した。
「よいしょ、っと」
指輪が俺の薬指はまる。
続いてウルリカさんが自分の指に指輪をはめた。
「これで光るのよね」
「そうみたいですけど……」
しばらくすると、ウルリカさんの指輪が光り出した。
その光に共鳴するかのように、俺の指輪も光る。
が――
「あれ」
光ったと思った瞬間、俺の指輪が音を立ててひび割れた。
直後、パリンという小気味よい音をたて、指輪は地面に落ちてしまう。
「う、ウルリカさん……」
やべーよやべーよ……。店のモノ壊しちゃったよ……。
ウルリカさんは何やら難しい顔で壊れた指輪を見てるし……。
これ、弁償しないとかな……。
どうしよ……。
「……申し訳ございません。不良品ではないはずなのですが……壊れてしまっては商品になりませんね」
頭を下げ、店主が謝罪した。
こういう時って、店側が悪くなるのだろうか。
実際に使ったのは客である俺達だ。なら、責任はこちらにもあると思うんだが。
「造りが甘かったってことはないのよね?」
「そのはずですが。しかし、こうして壊れたのですから何を言っても言い訳にしかなりません」
「いえ……。こっちも何か不手際があったかもしれないし、弁償するわ」
「いや、そこまでしてもらうわけには……」
「いいからいいから。それに、この指輪が壊れたのは無駄じゃないかもしれないから」
「……?」
「じゃあこれ。悪かったわね、商品壊しちゃって」
半ば強引にお金を店主に渡し、ウルリカさんは俺の手を取った。
「行きましょ」
「は、はい」
目を丸くする店主を背に、俺とウルリカさんは露店から離れた。
一体、ウルリカさんはどうしたというのだろう。
何か気になる事でもあったみたいな顔をしていた。
指輪が壊れる事に、何か意味があるのだろうか。
「ねえイオ」
「はい」
「指輪をつけた時、何か違和感とかなかった?」
「違和感、ですか……」
何かあったかな……。
つけた感じ普通だったけど。
特に違和感なんてなかった。
「特にありませんでしたけど」
「そっか。それならいいの。他のトコ行きましょ」
「あ、はい」
迷子にならないようにか、やっぱり手を引かれながら、俺はウルリカさんと共に再び市場へ戻っていった。