街中で
最近、自分がどうにもアホに感じてきた。
何故学習しないのか。1人になったら迷子になる事くらい10歳の子供にも判る事だというのに。
「ミィも宿だし……」
ちょっと考え込んでて、冷静な思考判断が出来なかった。とでも言い訳しておこう。
「何やってんだろ……」
知らない街並み。
知らない人達。
こんなトコに1人でいるだなんて、昔の俺では信じられない事だ。
そう考えれば、俺は成長している。
少なくとも、生前のようにキョドキョドしまくってない。
「宿屋からはあまり遠くに来てないはず。宿の名前はレスピナ。ここまで判ってるんだから、帰れる帰れる」
川沿いの柵に手を置き、向こう岸を見る。
相変わらず知らない場所だ。
橋を渡った記憶はないから、つまりはこちら側の大陸に宿屋レスピナはあるはず。
「あ、船だ」
河の上を船が走っている。
小さな船だが、貨物船なのか荷物を積んでいるようだ。
商隊は馬車以外でもこうして運んでいるのだろうか。
「よ」
「ひゃぁ!?」
河を眺めていたらいきなり首筋にひんやりした感触が触れた。
咄嗟に振り向くと、そこには帽子の男ことヨハン・テグネールさんが立っていた。どうやら指をあてられたようだ。
「可愛い声出すじゃねえか。ていうか結構早く会えたな。俺に会いに来たのか?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「じゃあなんでウチの事務所の近くにいんだよ」
「事務所……?」
「おう。そこにある建物がウチの事務所だぜ。地図見て来たんじゃなかったのか?」
言って、ヨハンさんは間後ろにある建物を指差した。
本当にすぐそこじゃないか。
これなら勘違いされても仕方ない。
「たまたまここに来ただけですけど」
「そうなのか。ま、そういうことなら来いよ。茶くらいだすぜ?」
「茶って……。そういえば、ヨハンさんって何をしている方なんですか?」
「俺か? 俺は……そうだな。何でも屋さ。あまり大声で言える仕事じゃねぇけどな」
「何でも屋さん……」
万屋ってやつか。
ヨハンさんは飄々としているから似合いそうではあるが。
「あ、そうだ。何でも屋さんなら、なんでも知ってるんですよね?」
「何でも屋がイコールなんでも知ってるってのはお前の勘違いだが……、まあ、俺なら多少は知ってるかもな」
「じゃあ、レスピナって宿屋知ってますか?」
「ああ、それくらいなら俺じゃなくとも知ってるだろうよ。大通り沿いにあるんだから、嫌でも目につくだろうしな。てかレスピナってお前らが泊まろうとしてた宿じゃないのか? 入口の前にいたよな?」
「はい。そこに部屋をとってあるんですけど……」
俺がそう言うと、ヨハンさんはニヤリと唇を歪ませた。
「はっはーん。さてはお前、迷子になったな?」
「……っ」
「ガキにしてはしっかりしてそうだったが、そういうトコはしっかりガキなんだな。ま、そっちの方が可愛げがあるってか」
「う、うるさいな……。私だって好きで迷子になったわけじゃないんですっ」
「そりゃそうだろ。好きで迷子になるやつがいてたまるかよ」
言って、ヨハンさんは息を盛大に吐いた。
「はぁー、つーかますます気にいっちまった。お前奴隷じゃなくていいから俺のモノにならねえか?」
「嫌です」
「えー、つれねえな。んじゃそうだなぁ……」
ヨハンさんが何やら俺をどうこうしようと模索し始めた時、背後から見知らぬ男が近づいてきた。
「ダンナ、その子もですかい?」
見知らぬ男はどうやらヨハンさんの知り合いのようで、彼に話しかけていた。
「ああ、チックか。ちげーよ。コイツは俺のモンだ」
「違います」
間髪いれずに否定しておく。
変に誤解されてはたまったものじゃない。
「そうですかい。結構いい値つきそうなガキだと思うんですがねェ」
「だろうな。ま、コイツに手ぇだしたら殺すから、そこんとこよろしく」
「おー怖い怖い。さすがはマルティーニファミリーのボス、イヴァン・マルティーニの懐刀でさぁ」
チックと呼ばれた狐顔の男は、歪んだ顔をさらに歪ませた。
何故だかこのチックという人は好きになれそうにない。俺の事をなんだか妙な目で見てきやがるし。心底嫌なやつ。そんな感じがする。
「ふん。で、何の用だ。ここにいるってコトは、事務所の方に用事があるんだろ?」
「ええ。前回の件の支払いで寄らせていただいたんですが――」
言って、チックさんは大きなバッグを目の前に掲げてみせた。
「ああ、そういや今日あたりって話だったな。あー、んじゃどうすっか……。っと、そうだ。チック、お前ペンと紙もってねえ?」
「持ってますがどうするんで?」
「つべこべ言わず貸せ」
「へ、へい」
半強制的にチックさんからペンと紙を奪うと、ヨハンさんは柵のてっぺんを下敷きにして何やら書き始めた。
「こうしてこうして……こうすれば判り易いか。――よし、これでいいだろ」
「……?」
「ほらよ」
ヨハンさんからその紙を受け取り、確認する。
「これは……地図?」
「ああ。レスピナまでの地図さ。それだけ書き記しときゃ、お前でも間違わずに行けるだろ」
「ヨハンさん……」
まさか、迷った俺のためにわざわざ地図を……。
もしかして、ヨハンさんって結構優しいのかな。
だとしても、奴隷は絶対嫌だけど。
「俺はちょいと用事が出来ちまったからこれでおさらばだ。じゃな、イオ」「あ……」
行ってしまった。
あの事務所とやらがある建物にヨハンさんとチックさんは入っていった。
地図のお礼、まだ言ってないんだけどな。
まあ、いいか。
「……変な人」
奴隷になれって言ったり、こうして地図をくれたり。
それに、マルティーニファミリーだっけ。
なんちゃらファミリーってきくと、マフィアとがギャングとかを連想するけど、ヨハンさんもそういった人達なのだろうか。裏事情に詳しいというのも、マフィアだからなのかも。
「ま、いっか」
せっかく地図も貰った事だし、宿に帰るとしよう。
そう思い、地図を確認していると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「イオー!」
「この声は……」
振り向くと、そこにはほくほく顔のウルリカさんが駆け寄って来ている最中だった。
「どうしたのよ、こんなトコで」
「え、えっと、ちょっとした散歩です」
「ふーん。でも、1人で?」
「はい」
「ディーンは? 一緒じゃないの?」
「はい。多分宿にいると思いますけど」
「そうなんだ。なら、アタシ達も帰りましょうか」
特に気にした風もなく、ウルリカさんは俺の手を取った。
「今日はたんまり儲けたし、何か好きなモノ買ってもいいわよ? 市場とか露店もあるし、帰りに寄って帰りましょ」
「でも、いいんですか?」
「もちろん。あ、でも高すぎるのはダメだからね」
「は、はい!」
買い物、買い物かぁ。
そういえば、ディーンさんと一緒に3人で買い物、もう普通に出来るんだよな。仲間だから、これからも一緒だろうし。いつでもってわけにはいかないかもだけど、する機会はこれからたくさんあるはずだ。
「そういえば、モンスターの素材はどれくらいで売れたんですか?」
「それはもう、大量よ。しばらくはお金に困る事はないかも。と、いっても一時的なものだからすぐになくなるでしょうけどね。旅をするうえでお金は必要不可欠なものだし、これからも少しずつ貯めていかないとだわ」
「計画的にいかないとですね」
「ええ。だから、今日だけよ」
「わかりました。そういうことなら、お言葉に甘える事にします」
「よろしい。ふふ、じゃあ市場に行きましょうか」
「はいっ」
クリンバにある市場を目指して、俺とウルリカさんは歩き出した。