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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第二章
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少しの苛立ち




 宿屋レスピナ。村や町とは違い、都市なだけあって宿の規模もでかい。部屋の広さもそうだが、家具や寝具など、日常的に使う物にも力が入っている。

 小さな村の宿は味気ない毛布に硬いベッドだった。部屋の広さも控え目で、寝泊まり出来ればいいくらいの感じだった。それに比べ都市の宿はもはやホテルだ。ふかふかのベッドにもふもふな毛布。でかい鏡なんかも室内に置いてあって、内装もお洒落だ。


「は~、やっぱり都会は違うわね。こんなベッドに寝転がったら一瞬で寝ちゃいそう」

「ほんとですね~。早く潜り込みたいです」

「はは、でもまだ寝るには早いかな。今は夕方だし、夕飯も食べてないしね」

「あ、もう夕方か。それなら早いとこ捌かないとだわ」


 宿の部屋に入るやいなや、ウルリカさんは袋に何やら詰め込み始めた。


混沌空間カオスゾーンから何を……?」

「モンスターの素材を詰めてるのよ。ここには色んな店があるでしょうし、今まで以上にモンスターの素材は売れると思うのよね。これなんか鍛冶屋に売れそうでしょ?」


 ウルリカさんが言って取り出したのはモンスターの牙と爪だった。

 確かに、そういった硬い物は武器の素材として使えそうではある。鋭利なモノだし、刃になんか仕えたりするのかもしれない。

 クリンバに来るまで結構な量を貯め込んでいたから、モンスターの素材を売ればそれなりの金額にはなるのではないだろうか。


「モンスターの皮とかも袋に入れて、っと。それじゃアタシは素材売りさばいてくるから。夕飯までには帰るわね」


 ウルリカさんは言ってすぐ部屋から出ていった。

 相変わらず行動が早い。少しはまったりする時間があってもいいのではなかろうか。

 俺はまったりしたい。せっかく良い部屋なんだし、ここで無為に過ごしたい。ミィもそうなのか、俺のベッドで寝転がっている。


「行っちゃったね。僕らはどうしようか」

「30分程ここでのんびりしてから宿屋を冒険したいです」

「はは、年寄りなのか子供なのか判らない意見だね。子供なら冒険したがるだろうし、年寄りなら部屋でゆっくりしたがるだろうからね」

「では、中間ということにしておいてください」


 実際の年齢は24なんでね。まだまだ冒険心はあるのだ。

 部屋でまったりゆっくりしたいと思うのは、子供の頃から比べると年を取った証拠かもしれないな。もうちょっと若ければすぐに部屋から飛び出していたかもしれない。


「ミィもお疲れモードみたいだし……。じゃ、ゆっくりくつろごうか」

「はい」


 ベッドに横になり、天井を見上げる。

 向かいのベッドではディーンさんが同じように天井を見上げていた。

 こうしていると、何もかも忘れられそうだ。

 この世界にやって来たこと。実は男であること。女になってしまい、本当は悩んでいたこと。一度死んだという事実のおかげでここまでがむしゃらにやってこれたこと。悩みや葛藤を全部忘れて、無心になりたい。


「これで、よかったのかなぁ……」


 ぽつりと、そんなことを呟いていた。

 頭の中を空っぽにしたら、この言葉が出てきたのだ。

 一度死んだからふっきれた。もし生きたまま幼女にされていたら、ここまで割り切る事はできなかっただろう。誰だってそうなはずだ。男だったのに、いきなり女になったら、普通だったら耐えられない。


「いきなりどうしたんだい?」

「あ、いえ……。心の叫びといいますか」

「にしては落ち着いた感じな言い方だったね。悩みがあるのなら相談に乗るよ?」

「悩み……とはちょっと違うんですけど。ディーンさんは自分が女だったらどうしてたと思いますか?」

「え、僕が女だったら? うーん、そんなこと考えた事もないなぁ。そもそも僕が女になるなんてありえないから、考えるだけ無駄だと思うけど。でも、どうしてそんなこと聞くんだい?」

「それは……。なんとなくです。気にしないでください」


 若干ツンな態度を取ってしまった。

 俺は実際性別が変わっている。俺の気持ちなんてきっと誰にも判らないのだろう。そんなこと理解しているけど、ディーンさんに理解してもらいたいと思う自分がいる。


「あ、もしかしてイオちゃん男になりたいの?」


 唐突にそんな事を言い出すディーンさん。

 しかも起き上がって確信ついてやったぜ的な顔している。

 俺も起き上がり、ディーンさんに最大のジト目をくれてやる。

 自分の言ったことが間違いだと悟ったディーンさんは、しゅんとなり俺にごめんと謝ってきた。


「そんなわけないよね。イオちゃんこんなに可愛いのに男の子になんてなりたいと思うはずないか」

「……」


 可愛い、ねえ。

 まあ、言われて嬉しくないわけじゃないけど。

 こうナチュラルに会話に入れてくるところがいかにもイケメンといったところか。

 でも、ディーンさんに可愛いって言われているのは俺だけじゃないんだよな。きっとイケメンのことだから誰にだってそう言うんだろう。そう思うとなんだかムッとする。


「――はぁ……」

「え!? なんで露骨にため息!?」

「やっぱりディーンさんはそういう人なんですね。きっと誰にでも可愛いとか言っちゃってるんでしょうね。そうやって女の人口説いてるんでしょうね。ウルリカさんにも可愛いとかいつも言ってるんじゃないですか?」

「ど、どうしたんだいいきなり……」

「誰彼構わず口説き文句みたいなの言ってると、いつか痛い目みるかもしれませんよ」

「イオちゃん……?」

「――ぁ。……な、なんでもありません。私の愚痴です。どうか聞き流してください」


 ディーンさんにさらにツンとしてしまった。

 やっぱり元が男だから? それとも相手がディーンさんだから? 考えるとすごくもやもやする。


「ごめんなさい……。少し、外に出てきます」


 言い過ぎた。

 自分でもよくわからないうちに言葉が溢れ出てきた。

 どうして素直になれないんだろう。

 本当はディーンさんにそう言ってもらえて嬉しいはずなのに。

 何か変なモノがつっかえて、上手く言葉が出てこない。

 頭を冷やそう。

 そう決めて、俺は一旦外に出る事にした。

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