帽子の男
クリンバの冒険者ギルドに辿り着いたはいいものの、思うような収穫は得られなかった。皆、クランで来ていたり、1人の人も好きでソロをしているようで、ギルドにいた冒険者は全員聞く耳もたず状態だった。ウルリカさんはぷんすか怒っていたが、まあ、いきなり仲間になれだなんて言われて仲間になる方がどうかしてるしな。聞く耳持たない態度が通常の反応かもしれない。
まあでも、いきなり誰かを仲間に出来るとは思ってなかったので、落ち込んだりする事もなく宿屋の目の前にまでやって来た。落ち込んではいないが、愚痴りまくるウルリカさんをなだめるのは少し骨が折れたが。
「なーにが『小娘の仲間になるわけねえだろ』よ! あーもう思いだしただけで腹立つ!」
正確にはまだなだめ終わっていないのだが。
まあ、そろそろウルリカさんの怒りも収まるだろう。根拠はないが、なんとなくそう思った。
「ウルリカさん、宿屋につきましたよ」
「わ、わかってるわよ!」
「いつまでもイライラしてないでさ、明日は明日の風が吹くっていうだろう? 切り替えていこうよ」
「わかってるっての! まったく、アタシだって子供じゃないんだから引きずったりしないわよ」
今の今まで引きずっていた事は口にしない方がいいのだろうと、俺とディーンさんはアイコンタクトで伝えあった。
「で、話しは変わるけど、部屋、どうする?」
「部屋? どういうことですか?」
「この宿、どうやら4人部屋しかないみたいなのよね。今までは2人部屋だったからよかったけど、さすがに4人部屋2つを借りるのは金額的にもあまりよろしくないわ」
「なるほど。確かにそれは考えないといけないか」
ウルリカさんとディーンさんが2人してうーんと唸り始めた。
「え、4人部屋ならそれを一部屋借りればいいじゃないですか。何か問題でもあるんですか?」
「イオ……あなたねぇ……」
「??」
どうして俺は呆れられているのだろう。最も普通な意見を言ったはずなのになぁ。
「少しは自覚しなさい。あなたは女の子なのよ? 男と同じ部屋に泊まるなんていいわけないでしょう」
「あ……」
そっか。俺は今女の子で、男の人と同じ部屋に寝泊まりするのはあまりよいことじゃないんだ。今までが自然とウルリカさんと2人部屋だったのであまり気にしてなかった。
「まあ、ディーンが何か出来るようなタマじゃないのはわかるけど、それでもその無防備さはいただけないわ。イオだって女の子なんだから、そこら辺意識しとかないと」
「ちゃっかり僕がバカにされたような……」
「こほん。とにかく、金銭的に余裕はないからディーンはベッドにでもくくりつけて寝かすしかないわね。そうすればさすがに大丈夫でしょ」
「ウルリカ、僕をバカにしたいのか悪者にしたいのかどっちなんだい……」
やれやれとため息をつくディーンさん。
でも、ディーンさんなら俺達に何かしてくるようなことはないだろうから、そこら辺は安心していい気がする。ディーンさんが本当の野獣さんだったら、俺はあの無人島で大変な目にあっていただろうし。そう考えると、あの時一緒にいてくれたのがディーンさんでよかった。他の男の人だったら、もしもの事があったかもだからな。不幸中の幸いというやつだろうか。
「今回は仕方なく同じ部屋にするけど、基本的に男と女は別けるつもりだから。ま、当然といえば当然なんだけどね」
「そうだね。僕もそれでいいと思う。イオちゃんはどう?」
「私もそれでいいと思います。はい」
本当はディーンさんと同じ部屋がよかったとは言わないでおこう。
というより、みんな一緒がいいんだ。そっちの方が賑やかになるだろうし。
「決まりね。それじゃあ入りましょうか」
そう言って、ウルリカさんが扉に手をかけた。
そんな時に、何故だか俺は背後にある大通りに目を向けていた。
なんとなく、大した理由もなしに振り向いた。
そこには、一台の馬車がいた。かなりの大きさで、中に結構人が乗っているようだった。
「どうしたの、イオちゃん」
「あ、いえ。あの馬車が気になって……」
「あ……あれは……」
ディーンさんも俺が見ているものと同じ馬車を見た。
他の物とはどこか違うことにディーンさんも気付いたのだろう。
「どうしたの、2人とも」
扉を半分程開けたウルリカさんが困り顔で俺達に声をかけた。
「宿屋に入らないの? って、あれは……」
ウルリカさんも例の馬車に視線を向けた。
やはり、あの馬車からは異様な空気を感じる。
だけど、道行く人はあまり気にしないでいるようだ。
「やけに大きな馬車ね。何か幅のあるものでも……って、乗ってるのは人かしら」
「そうみたいだね。でも、どうしてあれだけの人間を乗せているんだろう」
「はい。なんだか気になります」
館の地下の惨劇を知ってか、人が多くいるとあの部屋を思いだしてしまう。
大量の遺体。それら全てがスケルトンと化し、俺を襲ってきた。
まさか彼らがみんな殺されてスケルトンにされるわけでもないだろうが、なんだか嫌な感じだ。
「――奴隷商さ」
「へ?」
唐突にかけられた声に、俺は素っ頓狂な声が出た。
「あの馬車に乗っているのは全員奴隷にされるんだろう。この都市では大して珍しい事じゃない。さてはアンタらこの街に初めて来た冒険者か何かか?」
男だった。細身だが筋肉がしっかりついた言うなれば細マッチョ系の男だ。頭にはつばが360°ある丸い帽子をかぶっている。武器の類はパッと見なさそうだが、どうもこの男ただ者じゃなさそうだ。
「いきなり何? ていうかアンタ誰よ」
帽子の男にウルリカさんは喰ってかかる。
まあ、何の脈絡もなくいきなり見ず知らずの男が話しかけてきたらウルリカさんでなくても怪訝になるだろうけど。
「っと、俺は怪しいモンじゃないぜ。ただ不思議そうに奴隷商の馬車を見てたもんだから説明してやっただけの優しい優しい通りすがりのイケメンさ」
「よく言うわよ。てか、別に説明を要求してなんかないんですけど」
「なーに、このお譲ちゃんがそんな顔をしてただけさ。だから俺も最初この子に話しかけただろ?」
言って、帽子の男は俺の頭を軽々しくぽんぽんしてきた。
「嬢ちゃん、名前は?」
「イオ、ですけど」
「イオか。ははっ、お前なら俺の奴隷にしてやってもいいくらいだ」
帽子の男の言葉に、ウルリカさんは眉根を寄せた。
「……アンタ、何様のつもり?」
帽子の男の言動に、ウルリカさんが牙をむく。
「おっと、冗談だよ冗談。ま、気が向いたら遊びに来てくれや。この都市の裏事情なんか知りたくなったらイオに免じて教えてやっからよ」
言って、帽子の男は懐から取り出した一枚の薄っぺらい紙を放った。
「俺の名はヨハン・テグネール。その紙に書かれた店で俺の名前を出せば事務所に通してくれるだろうぜ。じゃな」
ひらひらと手を振り、帽子の男、ヨハン・テグネールは去っていった。
「……なんなのよ、一体」
「さ、さあ……」
急な出来事に、ウルリカさんもディーンさんも困惑を隠せないでいるようだ。
「地図みたいですねこれ」
俺はヨハンさんが放った紙を手に取り言った。
ここから遠くはないようで、十分徒歩で行ける距離だ。
「都会だし、あんな変なやからも多いってことかしら。ま、もう会う事もないでしょ」
「そうだね。この都市の裏事情っていうのは気になる所だけど、僕らにはあまり関係ないだろうし」
「そう、ですね」
地図の記された紙をポケットに入れ、俺も頷いた。
でも何故だろうか。あのヨハンって人とはまた会いそうな気がしていた。
「気を取り直して宿屋に入りましょうか」
「はい」
「ああ」
再びウルリカさんが扉に手をかけた時。俺はもう一度背後の大通りを確認した。
しかしこの少しの間で、あの大きな馬車はその場からいなくなっていた。