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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第二章
60/110

初めての地、新たな出会い




 交易都市クリンバ。南に位置する大国コウェンティの主要都市の1つであり、国の産業の要でもある。コウェンティの首都は別の場所にあるが、その首都に負けず劣らず規模がでかい都市なのがこのクリンバだ。


「ようやく着いたわね~」

「はい~。くたびれました~」


 馬車のない俺達は街道をひたすら徒歩で進んできたのだ。人に整備された街道だから多くはないが、モンスターが飛び出してきたりもする。そいつら相手に戦いながらここまで来たから、尚の事疲れた。

 でも、今はディーンさんという心強い仲間がいる。同じ前衛のポジションなので、俺の役割が減り、前より少しは楽になった。ディーンさんがウルリカさんと同じように後衛職だったら、逆に俺の負担は倍になっていたかもしれない。そう思うと、ディーンさんの武器が剣でよかった。


「さすがは交易都市だね。商隊キャラバンが多い」

「確かに商隊キャラバンが多いですね。ということは色んなモノがこの都市に集まってきてるんですよね。それならレアなお宝とかあったりして……」

「はは、そうかもしれないね。珍しい穀物や香辛料なんかを商隊キャラバンは運んでるって聞いた事があるけど、それもレアなものだよね。イオちゃんが言うお宝とはちょっと違うかもしれないけど」


 ディーンさんの言葉に俺は首肯で返した。

 俺が想像するレアなお宝とは、金銀財宝だとか世界に1つしかない武器とかそんなのだ。穀物とか香辛料なんかの庶民的な商品じゃない。といっても、お金がないからどんなにレアなお宝が売ってあったとしても買うことは出来ないんだけど。


「しっかし馬車が多いわね。楽そうで羨ましいわ。ほら、あれなんかお洒落な造りしてて良い感じ」

「あ、ホントですね」

「あれとかあれならいいけど……あそこまでいったらさすがに恥ずかしいかな」


 ウルリカさんは一番装飾の激しい馬車を見ながら言った。

 いわゆるデコ馬車である。外装に気を使っているのか、様々な飾りが施されており、他の馬車と比べると大いに目立っている。カーテンだとか車輪だとかに手を加えているようだ。正直俺だったら恥ずかしい気がしなくもないけど……まあ、それが乗っている人の意思なんだろうし、とやかく言うことじゃないけどな。


「あ~早く馬車欲しいな~」

「そのためにも仲間を探さないとだね。今の僕達の目的は仲間集めだし、まずは冒険者ギルドにでも行ってみる?」


 さっきから引っ切り無しに商人が引き連れた馬車が行ったり来たりしている。クリンバのメインストリートだからか、人も馬車もかなりの量だ。


「そうね。でも、クリンバの冒険者ギルドはどこにあるのかしら……」

「そういえば場所分かりませんね。誰かに訊いてみますか?」

「じゃあイオ、お願いしていいかしら」

「はい!」


 俺は元気よく返事をし、颯爽と駆け出した。

 初めての町で、右も左も分からないが、なんとか冒険者ギルドの場所を聞き出そう。


「……ええっと……ええっと……」


 しかし、誰に訊けばいいんだろう。

 当然だけど、道行く人全てが知らない人だから訊こうにも訊けない。というか俺のコミュニケーション能力ではまず話しかける事が出来ない。


「せっかくウルリカさんに頼まれたんだ。ここは勇気を振り絞っていくしか……いくしか……」


 都市の喧騒がやたらと大きく響いてくる。

 まるで、俺を喰い殺さんばかりに騒音の波が迫りくるかのようだ。

 この世界に俺1人だけ取り残されたかのような錯覚。戸惑っていると、どんどん人の波に押されていった。


「わ……ちょ……」


 俺が小さいからか、道行く人達は問答無用でぶつかってくる。

 人の多い場所に俺がいるのも悪いんだろうが、ぶつかったなら謝罪くらいして欲しいものだ。まあ、そもそも俺に気づいてないっぽいからそれ以前の問題な気もするけど。


「あれ、ウルリカさんどこだろ」


 背が低い俺は、人混みの中で辺りを見渡せない。2人を探そうにも、視界は人人人で一杯である。背伸びしてみても、まだまだ高さが足りない。

 あれやこれやしていると、いつの間にか人混みに紛れていた。元の場所に戻ったつもりだったけど、人混みで方向感覚が狂ったのか戻れてなかった。

 そして気付けば、完全にウルリカさんとディーンさんを見失ってしまった。


「げ……」


 これはアカンやつや。

 クリンバに到着して早々いつものパターンとは……。

 てか俺、迷子になるの早すぎるだろ。

 いや待て、迷子と決めつけるのは時期尚早。まずは2人を探すのだ。慌てるから余計に迷子になる。


「よし。まずは人混みを抜けよう」


 そう決め、適当に進んでいく。

 時にぶつかられながらも、俺は人混みから抜け出す事に成功した。

 が――


「おわっ!?」


 人混みを抜けた瞬間、目の前を馬車が通り過ぎた。

 驚いた俺は無様に尻もちをついてしまう。


「いてててて……」


 まったく油断も隙もない場所だなクリンバは。交通ルールくらい守れってんだ。

 まあ、そんなルールはないだろうけどさ。それでももう少しゆっくりと馬車を走らせて欲しいものだ。じゃないといつか事故起こるぞ。現に俺が事故りそうになってるわけだし。

 というか、まさか俺が小さいから御者の視界に入らなかっただけだったりして。それはそれで小さい子供とかが危ないんだが。


「やれやれ……」


 1つ息を吐いてから、俺は立ち上がろうとした。

 その時だった。見知らぬ人が俺に手を差し伸べてくれたのだ。


「大丈夫ですか?」


 綺麗な女性だった。長い金髪が印象的で、どこか大人びている印象だ。腰に細長い剣のようなものを2本装備しているから、俺と同じ冒険者かもしれない。


「あ、ありがとうございます……」


 女性の好意に甘え、俺は彼女の手を取った。

 しかし、世の中も捨てたものじゃないな。無様にずっこけた俺に手を差し伸べてくれるなんて、なんて良い人なんだろうか。


「あなた……」

「はい?」

「か、か、か……」

「か?」


 立ち上がらせてもらって目が合うと、その人は何故か瞳をうるうるさせながら俺の事を見つめてきた。俺の手をぎゅっと握りしめ、てこでも離さないといった感じだ。


「可愛い――ッ!!」

「ひゃぁっ!?」


 次の瞬間には、俺は女性に抱きしめられていた。

 女々しい声を上げた自分に恥ずかしさを感じながらも、必死に女性の拘束から逃れようともがく。だが、がっちり両腕で抱きしめられているようで力が思うように入らない。まるで柔道の寝技をされているかのようだ。


「ふわふわの髪、ぱっちり見開いた目、ぷるぷるした唇、そしてなにより抱きしめたくなる可愛らしさ……っ! ああ、なんということなの! こんな小動物的可愛さをした女の子がこの世に存在しただなんて!」

「ぐ、ぅるし……」


 ギブ! ギブ!

 このままじゃこの人の胸の中で窒息死してしまう!


「――は! ご、ごめんなさい! 私としたことがつい……」

「ほ、ホント死ぬかと思いましたよっ」


 ぜーぜー息を吐き出しながら俺は抗議する。

 手を差し伸べくれたのには感謝してるが、この仕打ちはひどい。

 助けてもらった人に殺されるところだった。


「こほん。取り乱してしまって本当にごめんなさい。でも、あなたが可愛すぎるのがいけないんですよ?」

「ええー……」


 俺のせいですかそうですか。


「というのは冗談です。私はアニエス・ミラージュ。さし使えなければお名前をきいてもよろしいですか?」

「えっと、イオです」

「イオさん、ですね。ふふ、お名前も可愛らしいんですね」


 言って、アニエスさんは微笑んだ。


「武器を装備しているみたいですが、冒険者か何かなのでしょうか?」

「一応冒険者です。そうは見えないかもですけど」

「そんなことないですよ。小さくとも、イオさんがモンスターと戦える方だというのはちゃんと分かりますから」

「え? そうなんですか?」

「ええ。つい最近モンスターと交戦したのではないですか?」

「はい。でも、どうしてそれを……」


 クリンバに来る前、街道のモンスターと戦った。

 それも1時間程前の話だ。クリンバの近くだったから、もしかしたら戦う姿を見られたのかな。


「におい、ですよ」

「におい……?」

「それに、微量ではありますが、モンスターの血液が服に付着しています。人とモンスターの血のにおいは若干の違いがありますからね。その血がモンスターのものであることは先程抱きしめた時に判りました」

「な、なるほど……」


 す、すげー……。

 この人、もしかしたらただ者じゃないのかも。

 普通だったらにおいとか判らないだろうし、この短い間でここまで洞察していることにも驚きだ。


「アニエスさんって、もしかしてすごい人なんですか?」


 俺がそう訊くと、アニエスさんはキョトンとした。

 それから続けて苦笑いした。


「とんでもありません。私はすごくなんかありませんよ」

「でも、普通はにおいでモンスターと戦ったなんて判らないです。私からすればアニエスさんは十分すごい人だと思います」


 俺がそう言うと、アニエスさんは面食らったような顔になった。


「ふふ、ありがとうございます。イオさんは純粋な方なんですね」

「純粋……。自分では考えた事もないですけど……」

「まだ小さいのに、そこまでしっかりしているのはイオさんが純粋だからかもしれませんね」


 言って、アニエスさんは微笑んだ。

 小さい、か。確かに俺は見た目子供だからそう思われても仕方ない。

 中身はもう大人なんだけど、そこまではアニエスさんでも判るはずないか。


「にゃぁ~」

「あ、ミィ」


 気付いたら足元にミィがいた。

 もしかしなくとも俺の事を探しに来てくれたのだろう。


「イオ!」

「イオちゃん!」


 ミィに続いて、ウルリカさんとディーンさんがやって来た。

 どうやら心配かけてしまったようだ。2人とも顔に心配の色が伺える。


「ふふ、お迎えがきたようなので私はこれで。また会えるといいですね、イオさん」

「はい。それと、さっきは本当にありがとうございました」


 俺が最後にお礼を言うと、アニエスさんは微笑みながら手を振ってくれた。

 数秒後には既に、アニエスさんは人混みの中へと消えてしまっていた。

 それにしても色々不思議な人だった。絶対ただ者じゃないと思うんだけど、何者なんだろう。


「イオ、大丈夫だった? さっきの女に何もされてない?」

「はい。むしろ助けてもらいました」

「あら、そうだったの。でもあの女、遠目からでもとてつもない雰囲気を感じたんだけど……。何か言ってなかった?」

「えと、名前だけはききましたけど……」

「なんて名前?」

「アニエスさんです。アニエス・ミラージュ」

「あ、アニエス・ミラージュですって!?」


 急に驚き大声を出すウルリカさん。

 もしかしてやっぱり有名な人だったのだろうか。


「あの人があのアニエス・ミラージュ……。まさかこんなとこで見れるなんて思いもしなかったな」


 ディーンさんも知っているようで、顔には少なからず驚きの色が現れていた。


「有名な方なんですか?」

「そりゃあね。この大陸で最強の剣術士と言われている人よ。冒険者なら知っているのが常識なレベルだわ」

「最強の剣術士……」


 やっぱりすごい人だったのか。

 でも、そのことを誇示せずに謙虚な姿勢をとっていたアニエスさんは、人としてもすごいな。まあ、相手が俺みたいな子供だったからってのもあったのかもだけどさ。


「でも、いきなりあのアニエス・ミラージュと出会えるなんて、幸先いいわね。もしかしたらクリンバで一気に仲間が2人増えるかも」

「はは、調子いいなぁウルリカは」

「ちょっとディーン。アタシをバカにしてんの?」

「い、いやそういうわけで言ったんじゃないけど……」

「ならどういうわけよ」

「え、ええっと……。あ、そうだ。早く冒険者ギルド探さないと! 今度は一緒に行こう、イオちゃん!」

「わ」


 急に手を取られ、俺はディーンさんと共に駆け出した。

 気付けばミィも俺の方の上に乗っていた。


「ちょ、待ちなさいよ! 今度はアタシが迷子になったらどうすんのよ!」

「ウルリカなら大丈夫だって!」

「根拠を示しなさい! 根拠をー!!」

「ウルリカはイオちゃんと違って大人! ほらこれが理由だよ!」

「知らない土地でこれだけ人がいたらアタシでも迷うわよー!」


 背後から聞こえてくるウルリカさんの声。まあ、ディーンさんも本気でウルリカさんを置いていくようなことはしないだろう。ウルリカさんの言及から逃れるために逃げただけだ。


「はっ……はっ……はっ……」


 ディーンさんに手を引っ張れれ、走りながら思った。

 新しい街に来たからか、それともアニエスさんに出会えたからか。俺の心はだいぶ弾んでいるようだった。

 

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