新しい仲間と共に
――翌朝。
ヴァールの町に滞在する理由もなく、当然の流れでここから発つ事になった。
宿屋で朝食をとった後、俺達は町の北口にやってきた。
見渡す限りの快晴だ。今日はもうずっといい天気な気がする。ミィなんか俺の足元で日向ぼっこしている。天気がいいし、気持ちいいんだろう。
天気はいいけど、俺の心は若干曇っていた。
ここで、筋肉さんとはお別れだ。出会ってから間もないけど、やっぱり寂しい。しょうがない事だとは分かっているから、筋肉さんに無理を言ったりはしない。ちゃんと別れを言おう。
「では、拙僧は西へ行くとしよう。まだまだやらなければならぬ事があるのでな」
「やること、ねぇ。そういえば髭は何のために旅してるんだっけ」
「聖職者の使命を全うする。その為の旅である」
「そういやアンタ僧侶だったわね。ま、色々大変だろうけど頑張って」
「うむ。そなたらにも古神の御加護があらんことを」
筋肉さんはわざとらしく合掌をした。
「お気をつけて」
「うむ。ディーン殿もな」
言って、筋肉さんは最後に俺の方を向いた。
「――イオ殿」
「はい」
「達者でな」
「はい。筋肉さんも、お身体には気をつけて」
「うむ。また会おう」
「はい……っ」
最後に全員と目を合わせ、筋肉さんは歩きだした。
その彼を、俺達は黙って見送った。
たった2日間くらいの付き合いだったけど、やっぱりお別れは胸にくるものがある。
出会いがあれば別れもある。旅をしているのだから、これからそういった事も多々あるのだろう。そういうのに慣れたいとは思うけど、まだまだ時間がかかりそうだった。
「筋肉さん、行っちゃいましたね」
「ええ。そうね」
ウルリカさんも感じる所があるのか、顔には少しだけ哀愁が漂っていた。
「また、会えるでしょうか」
「会えるわ。アタシ達も旅しているんだからね。いつかは巡り合うこともあるでしょ」
「そうですよね……。すいません、少しだけ弱気になっちゃいました」
「気にしなくていいわ。それでこそ人間じゃない」
「あ――」
ウルリカさんの人間という言葉に、必要以上の意味が込められている事に俺は気付いた。
俺はアルカナドールだ。だけど、人間でいたいと俺自身は思っている。
器に魂を入れただけの人形かもしれないけど、俺にはちゃんと意思がある。主の命令をきいてそれに従うだけのお人形じゃないんだ。
そんな俺の想いを、ウルリカさんは汲んでくれたのだろう。
ウルリカさんの何気ない気遣いが、俺にとってすごく嬉しかった。
「えと、それで、ディーンさんはどうされるんですか?」
意識したつもりはないが、恐る恐るといった調子で俺はそう口にしていた。
ディーンさんともお別れなのだと思っているから、こんな口調になってしまったんだろう。我ながら女々しいと思わずにいられない。
「僕は……そうだな。君達次第、かな」
「……え?」
「ん? どうかしたかい?」
2人してよくわかっていないのか、しばし見つめ合ってしまった。
数秒後、じーっとディーンさんの顔を見つめていた事に気付き、赤面しつつ咄嗟に視線を逸らした。
「どうしたの?」
ウルリカさんも疑問符を浮かべきいてくる。
いや、俺がどうしたのって訊きたいんだが。
ディーンさんの君達次第って、一体全体どういう意味なんだろう。
まさかあれか。俺が懇願すれば一緒についてきてくれるって事なのか。
だが待て。ディーンさんに限ってそんな上から目線な考え方はしないはずだ。
ならば、どういう事だ?
……って、分からないのなら訊けばいいじゃないか。
幸い、ご本人様が目の前にいるのだから。
「あの、私達次第、というのはどういうことなんでしょう?」
「言葉通りの意味だけど……」
「??」
尚更分からない。
ディーンさんのこれからは俺達に委ねられているとでもいうのだろうか。
「あ――」
「ウルリカさん?」
何かに気づいた、というような顔でウルリカさんは声を上げた。
そして徐々にウルリカさんの顔が意地悪そうものになっていく。
「はっはーん……。なるほどなるほど。そういうことか」
「どういうことなんですか!?」
「すれ違っている、ということね」
「すれ違い……?」
どういうことなんだ?
「そういえば昨日、イオにアタシからは伝えなかったっけ。てっきりディーンが直接言ったのかと思ってたけど……。そうじゃないみたいね」
ウルリカさんがそう言うと、ディーンさんも何故か納得したかのように頷いた。
「あ――。なんだそういうことか。僕もてっきりウルリカがイオちゃんに言ったのだと思ってたよ」
「――??」
2人は何の話をしているんだ?
俺の知らない所で何かあったのだろうか。
というか、2人だけで秘密を共有してたのか!
「わ、私に何か隠してたんですねっ!? ひどいです!」
「ええっと、隠してたわけじゃないんだけど……」
「そうね。イオを驚かそうと企んでたわけでもなかったし。結果的にこうなっちゃったけど、隠すつもりはなかったのよ」
「うん。ごめんね」
「う……」
素直に謝られると、居心地が悪くなるな……。
隠すつもりはなかったけど、結果的にそういう風になっただけみたいだし、ここは大人しく引き下がろう。
「えと、それで2人の間で何があったんですか? 思えば昨夜からやけに仲良くなってる感じですし……」
「ふふふ、気になってる気になってる」
「き、気になるに決まってるじゃないですか! ウルリカさん! 教えてくださいよぅ!」
「ええ~どうしよっかなー」
「ぐぬぬ……」
アカン。
ウルリカさんが意地悪モードに入っている。
これは一筋縄ではいきそうにないな。
かくなる上はディーンさんに訊くしか……!
「ディーンさんっ」
「あはは……。ウルリカも意地悪しないで教えてあげればいいのに」
「でも、困ってるイオって可愛いんだもの。ディーンもそう思わない?」
「ま、まあ……確かに。でも、さすがにかわいそう、かな。それに、ちゃんと教えないと先に進めないだろ?」
「それもそうね。これからいくらでもイオを困らせる時間はあるわけだし、今回はこのくらいにしときましょうか。じゃないと、本気でイオが泣いちゃいそうだしね」
「う、うぅ……」
なんだこの仲間外れ感。
人と人は秘密を共有して仲良くなるというが、まさしくそれじゃないか。
ウルリカさんとディーンさんが仲良くなるのは嬉しいはずなのに、素直に喜べないのはなんでだ。やっぱりハブられてるからか。
「ふふ、ごめんねイオ? でも、あなたにとっても良い知らせだと思うから、あまり恨まないでね」
「恨みはしませんけど……。へこみます。仲間外れにされたみたいで」
「大丈夫。イオもアタシも、そしてディーンもみんな仲間よ。仲間外れなんかじゃないわ」
「それは……って、え?」
ディーンさんも?
それは今まで一緒にやってきたからという意味だろうか?
「うん。ウルリカの言う通り、僕らは仲間だよ。だから、イオちゃんだけのけものになんかしないよ」
「えっと、それはもしかして……」
「ええ。ディーンは正式にアタシ達の仲間になったわ。もちろん、新しく造るクランのメンバーにも加えるつもりよ」
「え、ええぇ!?」
ディーンさんが俺達の仲間に!?
一体いつどこでそんなことが決まったんだ!?
俺の預かり知らぬ間にそんな大切な事が……。
俺達次第というのは、ディーンさんが正式に仲間に加わるからだったのか。
「アタシが誘ったのよ。今の目的はクランのメンバー集めだし、ディーンは暇そうだったからね」
「暇って……。確かにそう見えてもおかしくはないけどさ」
「事実じゃないの?」
「ま、まあ……フラフラしているのは間違いないから、誘ってくれたのは素直に嬉しかったよ」
苦笑いしながらディーンさんは言った。
やっぱり、前よりも2人の仲が良くなったように見える。これが、一緒に買い物に行ったパワーなのか。あの短い間で2人に何があったんだろう。
ディーンさんはイケメンだし、ウルリカさんは綺麗で可愛いから2人が仲良くしてると凄く絵になる。俺がその中に入っていいのか不安になる程だ。
でも、ディーンさんが仲間になってくれた、っていうのは凄く嬉しい。これからお別れだと思ってたから尚の事だ。これからはずっとディーンさんが一緒にいてくれると思うと、心が弾む。やっぱり、旅する仲間が増えるというのは良いものだ。
「それじゃ改めて。よろしくね、イオちゃん」
「は……はい!」
若干照れつつも、俺はディーンさんと握手をした。
これからは3人で旅する事になると思うと、ワクワクしてくる。
ミィも嬉しいのか、ディーンさんの足元でジャレついているようだ。
「よいしょっと」
ディーンさんはミィを抱き上げ、頭を撫でた。
「ミィもよろしく」
「にゃぁ~」
「ふふ、ミィも嬉しいのね」
「そうみたいですね」
なんだかんだ、ミィはディーンさんに懐いていたからなぁ。
館の時も、ミィがディーンさんを連れてきたみたいだし。
「さて、と。天気もいいことだし、そろそろクリンバに向けて出発しましょうか」
「はい!」
「あと、改めて確認するけど、今のアタシ達の目的は仲間を5人集める事。現在は3人だから、あと2人確保しなければならないわ」
「2人……」
正直、仲間を集めるのは簡単にはいかないだろう。
ディーンさんは色々と縁があったからこういった形で仲間になったけど、他はそうもいかないと思う。
「ええ。あと2人よ。クリンバに行けば仲間が増えるとも限らない。レネネトのギルドではソロの冒険者が結構いるって言ってたけど、彼らが全員仲間を求めているとは限らない。好きでソロ冒険者をやっているやつが大半だと思うわ」
「好きでソロを……。でも大半ってことは、仲間を探している人もいるってことですよね」
「ええ。少なくともクリンバで1人は確保したいけど……。ま、そういうのは行ってからのお楽しみだわ。時間はたくさんあるんだし、焦らずに行きましょ」
「はいっ」
「そうだね。急いては事を仕損じるっていうし。それで、当面の目的はクラン結成のための仲間集め、でいいんだよね?」
「ええ。クリンバも仲間集めの通過点に過ぎないから、長く滞在するってわけじゃないわ。無理そうならちゃっちゃと次の町へ行く予定よ」
「なるほど。まあでも、クリンバは相当な広さだから、数日は見ておいた方がいいだろうね」
「そんなに広いんですね……。今から楽しみですっ」
きっとクリンバは都会ってやつなんだろうなぁ。
俺自身生前は田舎者だったのもあって、都会ってやつには憧れてしまう。
ヴァールやレネネトとは比べ物にならないくらい広いだろうし、ワクワクが止まらないぜ。
「じゃ、行きましょうか」
「はいっ」
「ああ」
「にゃぁ~」
晴天の空の下、俺達は次なる目的地へと歩き出した。