夜空の下で
ヴァールの町にやって来て、1日が経とうとしていた。
そんな中、俺はというとあまり寝つけずにいて、宿屋の屋上にある展望椅子に座り、なんとなく夜空を眺めていた。
田舎の町なのに、なんとお洒落な場所か。展望台なんてものが屋上にあるだなんて。びっくりぎょうてんである。
「たはー……」
気の抜けた吐息が出てきた。
まあ、実際気は抜けていたのだろう。
騒動がないというのは、こうも素晴しいものだとは思わなかった。これまで色々あったからなおのことそう思うんだろうけど。
「クリンバまでもう少しかぁ」
館の騒動から2日。不思議な出来事だったけど、ウルリカさんは何かに気づいたようだったし収穫はあった。
無事に魔女の館から帰ってこれたんだ。今はこれでよしとしよう。
それに、ディーンさんの事も知ることが出来た。
きっと今まであの力に苦しめられていたんだと思う。自分の事を化け物というディーンさんの顔は、何かを諦めるかのようだった。それってきっと、俺達がディーンさんをの事を嫌うんじゃないかって考えたからだと思う。
確かに、あの姿を見たら嫌悪感を抱く人もいるだろう。でも、俺にとってディーンさんは命の恩人なんだ。それくらいで嫌うなんて考えられない。もちろん、命の恩人だからってだけじゃない。俺自身も似たようなものなのだ。嫌悪するどころか親近感湧いちゃうくらいだ。うん。
「綺麗だなー……なんて」
夜空を見上げると、たくさんの星達が地上を照らしていた。
生前の時もそうだったが、夜空ってのはどうしてこんなに美しいんだろう。ずっと眺めていても飽きない。まるで、芸術品のようだ。
なんて俺が感慨にふけっていると――
「――あれ、イオちゃん?」
――不意に背後から声が聞こえてきた。
「あ、ディーンさん。もしかしてディーンさんも眠れないんですか?」
「まあ、そんなとこ」
言いつつ、ディーンさんは俺の隣に腰掛けた。
「綺麗だね」
「そうですね。ほんと、なんでこんなに夜空って綺麗なんでしょう?」
「さあ、それが夜空だからじゃないかな」
「いやそれ答えになってないですよ」
「ごめんごめん。でも、理由なんていいじゃないか。こんなに綺麗なんだから」
「――そう、ですね」
理由なんてどうでもいい、か。
確かに、追求するようなものでもないのかもな。
綺麗なのだから、純粋にそれを楽しめばいいだけだ。
「そういえば、さ」
「はい」
「あの時はごめん」
申し訳なさそうにディーンさんは言った。
「へ? どの時ですか?」
「館の地下で、ゼルマがイオちゃんの事をアルカナドールだって言った時さ。あの時、僕はひどい事言ったよね」
「あ――」
アルカナドール"なんか"じゃない、ってやつか。
まあ確かにあの時は多少こたえましたが。
でも、それをずっと引きずる俺じゃない。
「ほんとうにごめん。イオちゃんがアルカナドールだなんて思いもしなかったから……って、これじゃ言い訳になっちゃうね」
「別に、言い訳してもいいですよ」
「え、でも……」
「もういいんです。ディーンさんも、悪気があって言ったんじゃないんでしょう?」
「それはそうだけど……」
「ならいいじゃないですか。ディーンさんが普通の人だったら、私も怒ってたかもしれません。軽々しく言うなーって。でも、ディーンさんも私と似たような境遇でした。そんな人が、軽い気持ちで私のような人を侮辱するとは思えませんから」
「イオちゃん……」
「とにかく、です。私はアルカナドールでした。それをもっと早くに教えなかった私も悪かったかもなーって気持ちは多少なりともあります。だから……というのも変ですけど、ディーンさんの気持ちを訊かせてください。私は人間じゃありません。それでも、嫌わずにいてくれますか?」
俺がそう言うと、ディーンさんは少しだけ驚いたような顔をした。
俺はアルカナドール。特異な存在。
正直、人間と呼べる存在だとは思えない。
器に魂を入れただけ。だからドール。お人形。
それでも、魂に意思は宿っている。アルカナドールにも、自分の想いや考えがあるんだ。
ディーンさんは、そんな俺を受け入れてくれるのだろうか。なんて、少し前までは悩んだりしたけど。なんでだろう。今ではもう、ディーンさんを信じてる自分がいる。
「そんなの、当たり前だよ。どんな存在であってもイオちゃんはイオちゃんなんだから。例え君がアルカナドールだったとしても、僕の大好きなイオちゃんには変わりない」
「……――っ」
不意打ちだった。
いきなり大好きなだなんて、恥ずかしいことをよくさらっと言えるな。さすがはイケメンか。そんな芸当俺には無理だ。
でもなんでだ。顔が火照る。熱い。
まさか、男にそんな事を言われて照れる時が来るなんて。
これもイケメンの為せる業なのか!
ええい、照れないぞ。決して照れてなるものか。
「だから僕も訊きたい。イオちゃんは僕のこと、どう思う? あんな化け物みたいな力、普通だったら嫌悪してもおかしくないから」
「――っ!」
ディーンさんのイケメンフェイスがグイっと近づいてきた。
急な事に俺の心臓はバックンバックンいっている。
きっとあれだな。驚いただけだ。いきなり顔を近づけてくるから、驚いただけなんだ。この心臓の鼓動も、全部そのせいだ。そうに違いない。
「わっ、私は……。私もディーンさんと同じといいますか……。少なくとも、嫌いではないです……。むしろ、なんていいますか……その、あれです。ディーンさんは仲間みたいなものですし……」
なんだかしどろもどろになってしまった。
俺の気持ちはちゃんとディーンさんに伝わっただろうか。
何故だか緊張して上手く言葉に表せない。
ここにきてコミュ障っぷりを発揮してしまうとは、俺もまだまだだ。
話し慣れた相手にも緊張するって、相当だよなぁ。
「あはは……。でも、ウルリカが言ってた通りだ」
「――へ?」
「イオちゃんもウルリカも、僕のあの姿を見たくらいじゃ嫌わないって。そう言ってたんだ」
「ウルリカさんがですか?」
「うん」
「え、ていうかウルリカ……?」
おかしいな。ディーンさん、ウルリカさんのこと俺と同じでさんづけで呼んでたような気がするんだけど。気のせいだっけ。
「ウルリカがどうかしたの?」
「い、いえ、ウルリカさんに対する呼び方が変わったように感じたので……」
「ああ、さんづけのことか。それならそうだね。ウルリカから僕の方が年上だからさんづけするのは変だろうって言われてさ」
苦笑いしながらディーンさんは続ける。
「ちなみにこの服も実はウルリカが選んでくれたんだ。どう、似合ってるかな?」
「は、はい、それはもう……。少し地味ですけど」
「はは、だからこそいいんじゃないか。冒険者だし、派手に着飾る必要もないからね」
「まあ、そうなんですけど……」
冒険者だから地味な服でいい。確かにそうなんだが、どこか俺の胸には引っかかりがあった。
なんなんだろう、この気持ち。ディーンさんの服を選んだのがウルリカさんだったから、妬いてるのかな? いやもしかしたら、仲間外れにされたことを寂しく感じているのかも。とにかくよく分からない感情が胸に渦巻いている。この気持ちはなんだろう状態だ。
思えばなんだか2人だけで服を買いに行ってから、仲良くなったような気がする。もちろんウルリカさんとディーンさんが仲良くなる事は俺にとっても喜ばしい事だ。でも、なんでこんな複雑な気持ちになるんだろう。やっぱり、俺も一緒に連れて行ってくれなかったからヤキモチ妬いてるのかもしれない。
「今度は僕とイオちゃんとウルリカ三人で買い物したいね」
「はい……。行けたら嬉しいですけど……」
もう一緒に旅をする事もないのだと思うと、三人で買い物なんていつ出来るか分からない。俺とウルリカさんだけならいつでも行けるけど、ディーンさんは俺とウルリカさんの旅に同行するわけじゃないから、ここが最後のチャンスかもしれないんだ。
夕方、宿屋に入る前に筋肉さんが言っていた事を思い出し、若干ナーバスになってきてしまった。
出会いもあれば、別れもある。俺達の目的はクランを作ること。そのためには、後三人メンバーが必要になる。
そのメンバーに、ディーンさんを入れたいと思うのは、俺のわがままなんだろう。ディーンさんにはディーンさんの旅の目的がある。それを俺達のために中断なんて事出来ない。だからきっと、このヴァールの町でディーンさんとはお別れになるんだ。そう思うとだんだん胸が苦しくなってきた。
「ディーンさん、あの……」
「なんだい?」
「その、私達の、ですね……」
「……?」
俺の歯切れの悪さに疑問符を浮かべ、ディーンさんは首を傾げていた。
「やっぱりなんでもありません……」
私達の仲間になってください、とは言えずに、俺は口をつぐむのだった。