仲間
隣を歩く色男の事を鬱陶しく感じながらも、ウルリカは黙々と歩みを進めていた。
男の名はディーン・ハワード。その身に獣の力を宿す冒険者だ。
そんなディーンは今、服が破れ布切れだけで素肌を隠している。元々顔が良く、それだけで周囲の女性の視線をくぎ付けにするくせに可笑しな恰好をしていてなおの事視線を集めていた。
「ほんっとに目立つのねアンタ」
「はは……面目ない」
「まあいいわ。とにかくさっさと服を買いましょ」
「そうだね」
様々な店がある区画へとやって来たウルリカは、ディーンと共に目的の場所を探し歩きまわった。
ディーンの服を買う為、というのは口実で、実はウルリカには他に目的があった。イオがいる場ではなんとなく言い出しづらかったので、こうやって2人きりになるよう仕向けたのだ。
「あそこにしましょうか」
「ああ」
適当な店に入り、店内で服を探す。
とりあえずはディーンの服を新調してから、目的を果たそうと考えたウルリカは、似合いそうな服を手に取り見繕った。
「お金はあるの?」
「多少はね。まあ、服にはそこまでこだわりはないから、安いものでもいいんだけど」
「服はあれでも、見た目はいいものね」
「ははは……」
乾いた笑い声を上げるディーン。
ウルリカが素直に外見を褒めたのではなく、皮肉を言った事に気づいたんだろう。
「とりあえず、はいこれ。地味だし目立たないし少しは周りに溶け込めるんじゃない?」
ウルリカがチョイスした服を手に取り、ディーンは満更でもないような顔で頷いた。
「いい感じだね。ありがとう」
「どういたしまして。でもいいの? それで」
「ああ。さっきも言ったけど、服にこだわりはないんだ。せっかくウルリカさんが選んでくれたんだし、これにするよ」
「ふ、ふーん。別にアンタがそれでいいならいいけど」
正直地味すぎた気でいたので、ウルリカは若干の罪悪感を感じたが、それもすぐに消え去った。
「試着は?」
「一応してくるよ。待ってて」
「ええ」
ディーンを見送り、ウルリカは1人店の外で待つ事にした。
腕を組み、眼を閉じる。
クラン結成のための人員確保。そのためにディーンを仲間に加えたい。イオだってディーンの事を気に入っているし、まず嫌がりはしないだろう。
問題は、ディーンがウルリカ達を受け入れなかった時だ。
イオは、もうかなりディーンに懐いている。そんなディーンを仲間に誘って断られでもしたら、きっとショックを受けるに違いない。
だから2人きりになった。イオがいない場所で仲間に誘う。そうすれば断られてもイオは辛い思いをしないで済むのだ。仮にOKだったら、それは後で報告すればいいだけの話だ。
「でも、いいのかしら……」
不安がないと言えば嘘になる。
ディーンは男で、イオは女。外見年齢だけはかなり離れているが、何が起こるか分からない。それをウルリカは懸念していた。
――と、ウルリカが思考を巡らせていると、何者かが近づいてきた。
「お、良い女はっけーん!」
「魔法使いの子かな? にしても上玉じゃねーの」
「こんな田舎の町にも来てみるもんだ」
気付いたら知らない男達にウルリカは囲まれていた。
男達はどう見てもチャラい。ウルリカの嫌いな人種である。
数は3。後ろは壁なので逃げようがない。ならば囲みを突破し、状況を打開すればいい。
(でも、この場所じゃ……)
問題はここが町中である事だ。魔術をぶっ放してもいいが、それでは目立つ。どうにかして穏便に事を済ませたいが、そういうわけにもいかないようだ。
「下手な気起こさない事だな。こっちは3人、お前は1人。それに、いくら魔法使いだろうがこれだけ近づいてりゃ手は出せないだろ」
「へえ、ちゃんとそこまで計算していたのかしら? だとしたら多少は知恵の回る猿ってとこね」
「てめ……ッ!」
男が手を伸ばし、ウルリカの手を掴んだ。
「ちょ……何すんのよ!」
「へへ……。口だけは達者のようだな!」
「気安く触んないで!」
振り払おうとするが、腕力では男に敵わない。
「やっぱ女の肌はたまらねえぜ」
「おいちゃんと睡眠薬かがせろよ」
「っとそうだったな。へっへ。すまんな嬢ちゃん。なに、眼が覚めた頃には気持ち良すぎて蕩けちまってるだろうよ」
「アンタら……!」
傍にいた男の1人が、睡眠薬を取り出した。
さすがにかがされて眠らされでもしたら、どうしようもない。
内心で舌打ちし、魔術を行使しようか本気で迷い始めた瞬間――。
「何してる」
若干ドスのきいた声で、ディーンが威嚇するかのように囁いた。
男達の視線がディーンへ向く。
片手に買い物袋をかかげいてヒーローの登場にしてはなんだか拍子抜けだが、それでも男達には効果があったようだ。
「誰だてめえ!」
「その子の仲間だ」
「けっ! なんでもいい! やっちまえ!」
ウルリカの腕を掴んでいない男2人が、ディーンに襲いかかった。
「仕方ない、か!」
買い物袋を置き、ディーンは剣は使わず素手で応対した。
さすがと言うべきか、ディーンも冒険者なのでそこらのゴロツキとは比べ物にならないくらい強かった。急所は避け、痛めつけない戦い方をディーンがしているのは、彼が優しいからか。
「あぐ!」
「ぐぅ!」
地面に尻もちを突く男2人。
ものの数秒で男2人は返り討ちにあい、状況は一変した。
「まだやるか?」
「チッ! ずらかるぞ!」
ウルリカの腕を握っていたリーダー格の男がそう言うと、2人も素直に従い裏路地へと逃げ去っていった。
「やれやれ……。ああいうの、いるもんなんだね」
「まったくよ、もう。――それにしてもアンタ、服着替えてきたのね」
「ああ。店員に言われてね。袋には一応前の服が入ってる。ボロボロだけどね」
苦笑いし、ディーンはさっきの一幕で服についた埃を払った。
買い物袋を拾い上げ、ディーンはふぅと息を吐く。
「――それ、かして」
「え? この袋かい?」
「そうよ」
「いいけど、何を……」
ディーンから半ば強引に袋を奪い取り、ウルリカは混沌空間へと投げ入れた。
「ちょ……!」
「アタシがいれば、いつでも取り出し可能だわ。持ってたら荷物になるでしょうし、入れといてあげる」
「え、でも……」
ディーンは難しい顔をした。恐らく、ウルリカの意図はあまり通じていないのだろう。
ウルリカはこう言ったのだ。アタシがいれば、と。つまり、これからも一緒にいて欲しいと、そう伝えたつもりだった。
「仲間、なんでしょ? それなら、アタシとイオの旅にこれからも付き合ってもらうわよ?」
「へ?」
素っ頓狂な声を上げるディーン。
いきなりそんな事を言われるとは思っていなかったのか、少しばかり驚いているようだ。
「返事は?」
「で、でも、いいのかい?」
「何がよ」
「僕なんかが一緒に旅してもさ」
「アンタの価値はアンタが決めるもんじゃないわ。アタシが一緒に旅して欲しいって言ってんの。イオもきっとそれを望んでる。それじゃダメ?」
「僕は……」
呟き、ディーンは俯いた。
何故だか分からないが、ディーンは泣きそうな顔をしていた。
「僕はさ、ずっとソロだったんだ。冒険者になってから、クランに入ったことなんかもないし……。だからなんというか……なんなんだろうね」
「はぁ? もうちょっと分かりやすく言って欲しいんですけど」
「ははは、ごめんごめん。ただ、嬉しくて。僕みたいな化け物でも必要としてくれるだなんて、思ってもなかったから」
自嘲するかのような口調でディーンは言った。
「いつかあの力がばれて嫌われるから、ずっとソロやってたわけ?」
「そうかもしれない。考えてみれば、逃げてたのは僕の方だった。怖くて、ずっと1人でいた。もちろん女性が苦手ってのもあったけど、それ以上に僕の中に眠る力を知られるのが怖かった」
「知られてから嫌われるのが、でしょう? 言っとくけど、アタシもイオもそれくらいじゃ嫌わないわよ。というか一度その姿を見ているわけだしね。今更変身してもどうとも思わないわ」
事実、ウルリカもイオも、ディーンの力について何も嫌悪していなかった。むしろ頼もしいと感じるくらいだ。
「仲間なんだから、さ」
言っていてなんだかこっぱずかしいと感じながらも、ウルリカはディーンを見つめ続けた。
「ありがとう……ウルリカさん」
「いいわよ、お礼なんて。ていうか、そのさんづけやめてくれない? アンタの方が年上でしょうが」
「それはそうだけど……。イオちゃんがそう言うからなんとなく」
「今からはさんづけ禁止。分かった? ――ディーン」
ウルリカの言葉に、ディーンは一瞬固まった。
きっと、初めてウルリカが名前で呼んだ事に気づいたのだろう。意図してではなかったが、今まではずっとアンタ呼ばわりだった。
だが、これからディーンの事をアンタと呼ぶ気はウルリカにはなかった。仲間なのだから、ちゃんと名前で呼ぶ。それが当然であり、当り前だ。
「ああ。分かったよ、ウルリカ」
満足そうに微笑み、ディーンも名を呼ぶのだった。