出会いと別れ
あの不可思議な村を出てから丸1日が過ぎた頃。俺達は新しい町に辿りついていた。
ヴァールの町。特に目立った建築物や特産品もない普通の町だ。あの村とは違い、ちゃんと人が生活していて、生気もある。冒険者風の人間もちょこちょこみかけるし、ここはまともな町であるようだ。
「さすがに疲れたわね……」
「私もです……」
「僕もかな……」
結局あの村では休む事は出来なかった。館での戦いで消耗したまま強行軍した結果、足が棒のように重い。魔物だって俺達の都合に合わせてはくれないし、戦闘もいくらかこなしてきた。ただ、ウルリカさんと俺の2人だけではなくなっていたので、いくらかは楽になった。
「どうしたどうした。拙僧はまだまだ元気だぞ」
「髭は黙ってなさいよ。みんなアンタみたいに体力バカじゃないんだから」
「はっはっは! 筋肉をつけぬからそうなるのだ。なんなら筋トレのやり方を教えても良いぞ。効率よくトレーニングをし、拙僧のようなナイスガイになるのだ。はっはっは!」
「筋肉だるまになんてなりたくないわよ」
「は、ははは……」
色々と突っ込む元気があるのはウルリカさんくらいだ。
ディーンさんも俺もかなり満身創痍で、筋肉さんに絡みを入れる余力がない。せいぜい苦笑いで応えるくらいだ。
「宿もだけど、アンタの服も買わないとね。さすがにその布切れ巻いただけじゃ不格好でしょうし」
「あ……。うん。そうだね、ありがとう」
ディーンさんは獣化した時に服が破れてしまった。応急処置として、ウルリカさんが無地の布を用意したのだが、さすがにずっとそれを身体に巻き付けたままというのはよろしくない。
服屋も探せば町にあるだろう。都市ではないので規模はでかくないだろうが、それでも布切れよりかは遥かにマシだ。
「というわけだから、アタシはコイツ連れて服屋に行くわ。イオは髭と宿を探しておいて」
「あ、はい」
「うむ。イオ殿と2人で宿を探すとしよう」
「ああ、あと髭。イオに触れでもしたら燃やすから」
「う、うむ……。う、しかし……それは……」
「燃やすから」
「うむぅ……」
悲しそうな顔をして、筋肉さんは唸った。
触れるくらい別にいいのにと思うけど、それを言うとウルリカさんが怒るんだよなぁ。なんでだろ。
「じゃあね。また後で」
「はい」
「――さ、行くわよ」
ディーンさんを連れて、ウルリカさんはお店のある区画へと消えていった。
俺も、筋肉さんと共に宿を探さなければ。まあ、探すといっても隠れているわけではないのですぐに見つかるだろうけど。
町の広場を歩きながら、俺と筋肉さんは宿屋を目指す。身長差のせいで、なんだか目立っているようだ。ちらほらと道行く人がこちらをちらちら見てる気がする。筋肉さんは190センチを超える長身で、俺は140ちょいだから仕方ない。
目立つのは苦手だ。誰かに注目されるとドキドキする。学校の発表の時とか、緊張して頭の中が真っ白になるタイプだった。周りの視線を消すためにも、一刻も早く宿屋に退散せねば。
「時にイオ殿」
「なんでしょう?」
「歩き疲れたのではないか?」
「それはまあ、そうですけど……」
ヴァールの町に着くまで、戦いつつ延々と歩き続けたおかげでふくらはぎとかパンパンだ。でも、今更確認するまでもないことだと思うんだけど、どうして筋肉さんはそんなことをきいてきたんだろうか。
「そうだろうそうだろう。ごほん。ならば、拙僧の肩の上になど乗ってみる気はないだろうか」
「え……」
「拙僧がイオ殿をおぶっていけば、そなたも楽に進め、拙僧もうれ……いやなんでもない。ともかく、どうだろうか」
「い、いえ、遠慮しておきます……」
そういえば魔女の館に向かう時もこうやって誘ってきたっけ。でも、恥ずかしいから断り続けた。男におぶってもらうなんて、俺の男の部分が許さない。確かに楽かもしれないけど、これだけは譲れない。
「むぅ……。やはり拙僧は嫌われているのだろうか……」
「そ、そういうわけではないんですっ。ただ、恥ずかしいから……」
「恥ずかしいことはあるまいて。幼子が大人に肩車されるのはごくごく自然な事であろう」
「自然……。そうかなぁ……」
まあ、確かに小さい子供とかよくおんぶしてもらって喜んでるよな。今の俺はそういう目で見られる容姿をしているのだろうか。さすがにそこまで幼くはないと思うんだけど。おんぶしてもらって喜ぶのって5歳くらいまでだろ多分。
「と、とにかく、肩車は遠慮しますっ」
「そこまで言うのなら仕方あるまい。拙僧も諦めるとしよう。――っと、そうだ。イオ殿は交易都市クリンバに行くのが目的であったな」
「はい。筋肉さんはどちらへ向かう予定なんですか?」
「うむ。拙僧はクリンバではなくもっと西にある町に行こうと考えている。残念だが、ここでお別れであるな」
「そう、なんですね……」
そうだった。筋肉さんもディーンさんも旅の仲間になったわけじゃないんだ。一時的に一緒にいるだけで、目的も違えば向かう場所も異なる。これからもずっと一緒にいれるわけじゃないんだよな。
「拙僧もイオ殿と別れるのは寂しい。だが、出会いがあれば別れもあるものだ。なに、今生の別れというわけではないのだから、いつかまた会えるだろうて」
「そうですよね。一生のお別れってわけじゃないですし。また会えますよね」
「もちろんだとも」
そう言う筋肉さんは温和な笑みを浮かべていた。
出会いがあれば別れもある、か。今までもそうだった。エウィンさんとだってあそこで別れてきたんだ。旅をする仲間は多い方が楽しいだろうけど、人それぞれ目的は違うんだ。ディーンさんも何か目的があって旅をしているんだろうし、これからもずっと一緒にいれるだなんて思ったらダメだよな。
「む、宿屋のようだな」
町中を歩き、ようやく宿屋に到着した。表に大きくINNと書かれているし間違いないだろう。
「さ、中に入ろうか」
「はい」
少しの寂しさを覚えながら、俺は宿屋へと足を踏み入れた。