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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第一章
54/110

賢者の軌跡




「な、何これ……」


 魔女の館から村に戻って来た俺達は、何が起きたのか分からずに唖然としていた。

 そう、村である。俺とウルリカさんが宿を取り、筋肉さんと出会ったはずの村が、一夜ではありえないくらい様変わりしていたのだ。


「ここであってるわよね? アタシ、道間違えてないわよね?」

「あ、あってると思いますけど……これは一体……」


 村は見違えるほど廃退していた。容赦なく寂れ朽ちていた。

 人は少なかったにしても、ここまで酷くはなかった。木造の家は屋根が飛び、最早人の住める居住ではなくなっているし、生活感というものを全く感じないものばかりだ。


「ううむ……。理解が追いつかぬな。ディーン殿がここに来た時は村の様子はどうであった?」

「人の気配は少なかったけど、普通の村……だったと思う。ここまで廃れてはいなかったよ。というか、こんな有様じゃ人なんて住めないし、住んでるとも思えない」

「その意見には同感ね。とにかく、宿があった場所に向かうわよ。ぶっちゃけアタシが来た時もあの宿屋の主人くらいしか村人と喋ってないし」

「分かった」


 村の中を進み、どうにかこうにか記憶を手繰り寄せながら宿屋へ向かう。

 昨夜来た時とは違い、道端に腐敗した木くずや道具が転がっているところを見ると、本当に一瞬にして村が変化してしまったとしか思えなくなってくる。

 その時、俺はこの村に来てから最初に感じた事を思い出した。

 不気味だったのだ。人が少なかったせいもある。でも、そんな事よりも何より、妙な空気を感じていた。この村に入ってから、凄く違和感を覚えたのだ。

 ――村に名前がない。

 今まで俺達が通って来た村や町には、どこも名前があった。レネネトだってそうだしコビンだってそうだ。目的地であるクリンバにも名前がある。だというのに、この村には名前がなかった。

 そもそも、どうやって俺達はこの村に入ったんだろう。ウルリカさんと喋りながら適当に進んでいたら辿りついていたのがこの村だった。意図してここに向かったわけではなかったのだ。

 村の人とも、宿屋の主人以外喋っていない。筋肉さんとはこの村でお話したけど、そもそもこの村の人じゃなかった。


「――ついたわよ」


 辿り着いた場所は、確かに宿屋があった場所だ。

 だがしかし、宿屋も周り同様に廃れていた。見るも無残な有様で、宿屋を経営出来る外観ではない。なんとか屋根はついているものの、窓ガラスは割れ、掃除なんてしているようには思えない程錆びついている。


「とにかく、中に入ってみましょう」

「は、はいっ」


 ウルリカさんを先頭に、俺達は宿屋に入った。

 中はやはりというべきか、オンボロだった。昨夜俺達が来た時とは全然違う。床に穴なんて開いてなかったし、カウンターにはちゃんと主人がいた。前回と同じなのは、この宿屋からは人のつくる温もりが感じられない事だけだ。

 にしても不可解だ。どうして急に村が廃れてしまったんだ? まるで、一気に何十年も時間が経ってしまったかのようじゃないか。


「まるで分からぬ。この村で何が起こったというのだ」


 険しい顔で、筋肉さんは腕を組んだ。

 ウルリカさんは宿の中をしらみつぶしに調べている。

 ディーンさんは俺の隣でこれまた難しい顔をしていた。

 ミィはウルリカさん同様屋内を調べているようだ。

 皆、理解が追いついていない。俺だって何が何だかわからない。

 これが本当の呪いだとしたら、すごく怖い。


「にゃぁぁぁ」

「どうしたの、ミィ」


 屋内を歩きまわっていたミィが、俺を呼んでいる。どうやら何かを発見したようだ。


「これは……」


 宿屋の店主。その受付台の引き出しに、それは入っていた。

 古びたノート。この中を見ろということなのだろうか。


「日記……」


 ノートを手に取り、ページをめくってみると宿屋の店主の日記が書かれていた。

 日付と、その日に何があったのかを延々と綴っている。

 パラパラと読み進めていくと、この村に襲いかかった厄災が書かれていた。


「――4月28日。森の奥にある貴族の別荘に、2人の村人が連れていかれた。若い男女だった。何をやらされるのだろう」


 貴族の別荘というのは、あの館のことだろう。

 そして、日記にはまだ続きがたくさんある。

 俺が日記を読むと、他の皆も集まってきた。


「――5月7日。今度は仲の良かった兄妹が館に連れていかれた。前の2人も帰って来ていないのに、一体何をやらされているのだろうか。まさか、強制労働? 奴隷? こんなちっぽけな村の人間には、貴族のすることなんて理解できない」

「――5月25日。今度は10人だ。一体何が起こっている?」

「――5月29日。また10人連れていかれた。村の中では怯えるものも増えてきた。徐々に不安と恐怖が村全体に広がってきた」

「――6月3日。ようやく1人戻って来た。だが、彼の顔は何かに怯えているかのようだった。詳しい事情を訊こうとすると、狂ったように喚きだし、それどころではなかった」

「――6月5日。唯一戻って来た男性が自宅で自殺した。最後に震える手で遺書を書いたらしく、文面は歪んでいた。内容はたった一言。ごめんなさいだ。しかもページ一杯に書かれていて、相当彼が精神的におかしくなっていた事が伺えた」


 そこまで読み終えた俺は、忘れていた息継ぎをするかのごとく空気を肺に入れた。

 一度日記を台の上に置き、朗読を止める。


「ゼルマの言っていた事がこの日記には書かれているんでしょうか……」


 読んでいて、どんどん嫌な感じになった。

 貴族による誘拐事件。あの館で何が行われていたのかはゼルマが言っていたから、知っている。その事を、実際に目の前で見てきたこの宿屋の店主が村人の視点で書いているようだ。


「イオ、ゼルマはなんて言ってたの?」

「あ、はい。実は――」


 事情を聞いていないウルリカさんにかいつまんで話した。

 あの館の地下で何が行われていたのか。それがどれほど残酷なものだったのか。ゼルマが話していた事全てをウルリカさんに説明した。


「――なるほどね。貴族の娯楽で村人がさらわれていた、か」

「なんとも胸糞悪い話であるな。この村が廃れたのも頷ける」

「ええ、そうね。――イオ、続きはアタシが読むわ」


 言って、台に乗っていた日記をウルリカさんは手に取った。

 

「――7月10日。とうとう村人達が逃げ出した。1人が逃げだせば、それに続いてどんどん逃げていく。一日で人口は10分の1は減ったように思えた。元々小さな村だ。この調子ではすぐに人はいなくなるだろう」

「――7月28日。村人が逃げ出した事に気づいた貴族連中は、どうやら秘密裏に人をさらっているようだ。行方不明者が続々と発生し始めた。もうこの村はダメかもしれない」

「――8月2日。村の人口がかなりのペースで減ってきている。周りの村や町に、この村は危険だと言う事が広まってもきているようだ。このままこの村に残る者は、もうほとんどいないだろう」

「――9月13日。発生源は分からないが、この村には魔女の呪いが降りかかっているという噂が流れ始めた。魔女ではなくて貴族なのだが、一度広まった噂はそう簡単に覆るものではない」

「――9月22日。魔女の噂を聞きつけた冒険者達が村にやってきた。ウチの宿に泊まり、後日館の様子を見てくると言い出した。あわよくば貴族が何を行っているのかを突きとめて欲しいが、どうなるだろうか」

「――9月23日。冒険者達が貴族の別荘である館へ出発した。どうなるのか、期待と不安で一杯だ」

「――9月24日。冒険者達が帰って来た。皆満足したかのような表情で、口々に魔女万歳と口にしていた。何を聞いても詳しい事は教えてくれず、館に行く事を強く勧められた。彼らの身に何があったのか、しつこく訊いてみたが結果は惨敗だった」

「――10月30日。1人の女性が村にやってきた。美しく可憐で、それでいてどこか幼げもある人だった。ただ、何故か見ていると不安になるのだ。虜になるでも、嫌悪するでもなくただただ不安になる。一体彼女は何者なのだろうか。でもどこか、私は彼女に魅入ってしまっていた」

「――11月1日。――――――――だ。――――――――う。ダメね。字が滲んでいて読めないわ。ここから数ページ分読めないみたい」


 一旦日記を置いたウルリカさんは、大きく深呼吸した。

 ようやく魔女というワードが出てきた。しかし、重要な箇所なのに内容を把握する事が出来ない。まるで、意図的に文字を消されているかのようだ。


「まったく、重要そうな場所で読めなくなるなんてなんなのよもう」

「とりあえず読めるページまで飛んで見たらどうかな?」

「そうね。この部分は気になるけど、そうしましょう」


 ディーンさんの提案通り、ウルリカさんは読める所までページを進めていく。


「っと、ここからね。――5月3日。この村に、珍しく男性が1人やってきた。話をすると、あの館へと吸い込まれるように向かって行った。魔女という存在は、それほどまでに探求欲をかきたてるのだろうか。忠告はしたが、それも無意味であった」

「――5月4日。彼は帰って来た。そして彼は言った。『魔女とは偶像だ。人の思念から産まれるただのかりそめだ。――とでも他の者には言っておいてもらおうか』。呆気にとられた。彼が何を言いたいのか分からない。『貴族たちは全員死んでいたよ。無論、私はなにもやっていないがね。ただ、もうこの村は手遅れのようだ。様々な因果が負の終着点へと収束した。あなたもここから去った方がいい。直にこの村は破滅する。いや、もう既に終わりを迎えているというべきだろうか』。ああ、そういうことか。彼に言われて理解した。この半年で、この村は変わった。そして確信を得た。私はもうすでに、彼女の一部となっていたのだ。疑問よりも、納得の方が強かった。そして最後に彼は、私の額に手をあててこう言ったのだ。『お疲れ様。あなたはもう、休んでいいのだよ。それをあなたが望むのなら、だがね』」

「――5月5日。宿屋から出るのはいつぶりだろうか。客も来ないのに、どうしてこんな所にずっと立っていたのか。外に出て気付いた。村の住人がいない。誰一人としていないのだ。減ってはいたが、ゼロではなかった。それにしても、逆に何故いると思っていたのか。分からない。考えようとすると、頭が痛くなる。疲れたので一度宿に戻ろうとしたら、入り口に彼女が立っていた。彼女は迎え入れるかのような動きで、手を大きく開いた。何の躊躇いもなく、そこに飛び込んだ。そしてようやく理解した。村に宿る怨念が、彼女を形作っていたのだと。呪いにかかっていたのは自分だけだったということに。怨念は貴族を殺した。さらには村人を殺した。だが、私を殺そうとはしなかった。きっと私はここで永遠を生きるのだろう。彼には救済されたが、私はここに残ろうと思う。いつの日か村の憎悪と絶望が消え去るその日まで」


 読み終えたウルリカさんは、何とも言えない表情をしていた。

 まるでホラー小説のようだった。実際にこの村で何が起こったのか、この日記からでは完全に把握する事は不可能のようだ。読めない部分がたくさんあったし、正直内容は意味不明だ。


「えーっと、つまり、どういう意味だろう?」

「この村の怨念というやつが魔女の正体で、そいつが悪さしてた、という感じでしょうか」


 あくまで大ざっぱにまとめたらだ。

 真実は俺には分からない。ゼルマもこの日記の一件には関与していないように思えた。

 俺の回答にディーンさんは納得していないようで、眉根を寄せっぱなしだ。


「……この日記の中に出てきた男性。彼はどうやら魔女の秘密に辿り着いたみたいね。日記を物語として見たら、この男の登場で全てが終わりに向かっている。途中の話は読めなかったけれど、中身はなんとなく理解出来たわ」

「ううむ。つまり、この宿屋の主人は永遠と館の貴族への恨みをここで晴らし続けているのだろうか。それとも、あの館に近づかないようここで見張っているのか。どちらにせよ、拙僧らが昨夜いたこの村が何故一夜でこうも様変わりしたかは分からぬままだが」

「特殊な因果に紛れ込んだのかもしれないわね。昔お師匠様がそんなことを言っていた気がするわ。目に見えるものだけが真実じゃない。世の中に有り得ないことんてなくて、物事、事象全てに因果がある、ってね。ま、どうやらこの村の魔女とやらは目視出来るくらい近くにいるみたいだけど」


 言ってウルリカさんは振り向いた。

 すると、宿屋の入り口に、1人の少女が立っていた。

 歳は分からない。見た目は綺麗で、それでいてどこか儚い感じがする。触ったら砂で作ったお城のように崩れてしまいそうな、そんな感じだ。


「あなたがこの村の総意なのかしら?」

「…………」

「無言も肯定とみなすわよ」


 恐れずに、ウルリカさんは少女に言葉を投げかける。


「何故アタシ達を巻き込んだの? 何か理由があるんじゃない?」

「…………ぅ」

「え?」

「…………ぅ」


 少女が何か喋っている。だが、少し距離があるからか、聞きとれない。

 だが、喋る事は出来るようだ。霊体でも言葉は発せれるらしい。

 ウルリカさんは迷わずに少女に近づいた。

 もう一歩進めばぶつかるのではというくらいの距離にまで接近し、ウルリカさんは耳を傾ける。


「…………」

「…………え」


 聞きとれたのか、ウルリカさんは小さく声を上げた。

 それを見て満足したのか、少女の姿がどんどん薄くなっていく。


「ちょっと! まだ話は終わってないわよ!」

「…………」

「ねえ!」


 ウルリカさんの制止も虚しく、少女は完全に闇に溶け込んでしまった。

 さっきから不思議な事ばかり起きていて、中々理解が追いつかない。


「……」


 ウルリカさんは考え込むように腕を組んだ。


「賢者ファウストの軌跡ですって……? 一体、何を伝えようとしているの……」


 ウルリカさんの言葉は、暗闇の中に溶けて消えた。

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