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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第一章
53/110

ディーンの過去




「……とりあえず、一件落着、って事でいいのかしら」


 はぁ、と安堵からか、盛大にため息をついたウルリカさんは、俺の方を見てきた。


「イオが無事で本当に良かった……」

「ご、ごめんなさい……」

「ううん。謝らなくていいわ。アタシの事が心配で来てくれたんでしょう? だからむしろ謝るのはアタシの方。勝手に出ていってごめんね」


 駆け寄って来たウルリカさんに抱きしめられ、俺もようやく心が落ち着いてきた。

 館に来てから、何度も挫けそうになった。でも、俺は俺なりに諦めないで頑張ったと思う。力不足ではあったけど、こうしてまたウルリカさんの温もりを感じる事が出来たのだから。


「でも、無理はしちゃダメだからね。イオに何かあったらアタシ……」

「ウルリカさん……」


 ウルリカさん、今にも泣きだしてしまいそうな顔だ。

 俺は、ここまでウルリカさんを心配させてしまったのか。でも、それだけ俺の事を想ってくれているのだと思うと、嬉しくもある。

 これからはウルリカさんを心配させないようにしないと。その為にはもっと強くならないといけないよな。


「……うっ」


 俺の後ろには身体の半分が獣のように変化し倒れているディーンさんが呻き声を上げた。力を使った代償なのか、苦しそうだ。

 ウルリカさんも、どうしてこんな姿になっているのかを知りたいだろう。俺だってそうだ。ディーンさんの身に何が起こったのか、知りたい。


「ディーンさん……」

「は、はは……。みっともない姿を見せてしまったね……。この力の事、黙っててごめん」

「そんな! 私だって、自分がアルカナドールだってこと黙ってました! だから、そんな目で、そんな申し訳なさそうな顔で謝らないでください……」


 自分の正体を隠していたのは、俺もディーンさんと同じだ。

 いたたまれない。ディーンさんばかりに押し付けて、いいわけない。

 アルカナドールだった。人間じゃなかった。俺だってディーンさんを騙してきた。自分を偽って見せていた。


「ぐ……っ!」

「ディーンさん!?」


 いきなり呻き声を上げ、ディーンさんは苦しそうに身をよじった。

 次の瞬間、獣と化していた身体が元に戻っていった。元の、人間の姿のディーンさんだ。


「……それで、アンタって一体何者?」


 ウルリカさんはディーンさんに開口一番そう尋ねた。

 その表情には少なからず疑心の意が含まれていた。それもそうだ。いきなりこんな姿に変身する人間を見て、疑問に思わないはずがない。


「そう、だね。もう隠せる事じゃないし、説明するよ」


 そう言うと、ディーンさんは起き上がり、地面に座り込んだ。

 筋肉さんもミィも、気付いたら近くにまで来ていた。


「僕は見ての通り、化け物だ。右腕を中心に、獣の因子を組みこまれた人外だよ」

「化け物だなんて、そんな……」


 自分で言うなんて、辛いはずだ。それなのに、ディーンさんはぼかすこともなく、むしろ力強く自身を化け物だと言った。


「何の獣かは僕も分からない。モンスターである可能性も否定できない。ただ1つ言えるのは、僕が普通の人間じゃないってことだ。ゼルマも普通じゃなかったけど、僕もある意味似たような存在だよ」

「亜人というわけでも、他種族というわけでもないの?」


 ウルリカさんが口を挟んだ。


「ああ。僕は元々人間さ。ドワーフやエルフでも、獣人でもない。後天的なものだよ」

「どうしてそんな身体になったのか訊いても?」


 ウルリカさんの言葉に、ディーンさんは少しだけ逡巡した。

 異端の力をその身に宿す事になった理由。俺の場合は転生という形で魂を異世界に定着させられたからだ。アルカナドールとなったのもその時だ。

 ただ、俺は結果的に第二の生を手に入れた事になる。アルカナドールになった事は、俺にとって喜ばしい事でもあった。だが、ディーンさんも同じとは限らない。欲しくない力を無理やり埋め込まれた可能性もある。



「分かった。さっきも言ったけど……僕の事、出来る限り説明するよ」


 言って、ディーンさんは俺達の前で語り始めた。


「僕には昔妹がいたんだ。だけど9歳の頃、僕の目の前でモンスターに襲われて死んでしまった。この事は以前イオちゃんに話したから、ここまでの事はイオちゃんは知ってると思う」


 こくり、と俺は小さく頷いた。

 目の前で妹が殺されるという絶望をディーンさんは過去に味わっている。その妹に俺が似ているから、お節介をやいてしまうのだと前に言っていた。


「それで、モンスターへの復讐心に捉われて力を求めた結果がソレ……ってことかしら?」

「……まあ、大まかにまとめるとそんな感じかな。――それで、この獣の力はとある組織の手によって与えられたものなんだ」

「とある組織……?」

「うん。妹が死んだ後、僕は精神的にかなり不安定だった。目の前で殺された瞬間を見てしまったというのもあるけど、なにより唯一の肉親を失ったのがすごく辛かった」

「親はいなかったのだろうか?」


 筋肉さんが訊いた。


「いなかった。小さい頃に僕らは捨てられたんだ。貧しい家庭だったからね。子供の世話をする余裕はなかったんだろう」

「……ひどい親ね」


 そう言うウルリカさんは、どこか寂しそうにしていた。何か思うところがあるのかもしれない。


「はは……」


 ウルリカさんに対して苦笑いしてから、ディーンさんは話を続ける。


「まあ、ある村の村長に拾ってもらったから、生活にはそこまで苦労しなかったけどね」


 明るく言っているが、辛かったに違いない。親に捨てられるなんて、生前の世界では考えられない事だ。

 この世界にも、貧しい家庭や裕福の家庭というのはあるんだ。生前にもそういった格差はありはしたが、親が子を捨てるなんて事、そうそう有り得なかった。少なくとも俺の周りにそんな人はいなかった。親が離婚したという話は稀にあったが、それでも父か母、どちらかはちゃんといた。


「それで、話を戻すけど……、妹が死んだ後、僕はモンスターを倒すために力を求めた。始めの頃はただ闇雲に剣を振り回していたけど、やがてそれでは全然ダメだという事に気付いた。それもそうだ。まだ10歳ちょっとの子供が1人で訓練しても強くなれるはずがない。で、その頃だったかな。村にある人物がやって来たのは」

「ある人物?」

「そう。確かその時はドクターと名乗っていたっけ。まあ確かに白衣を着てそんな感じではあったけどね。今思えば胡散臭さは半端なかったよ。あの時は復讐心っていうのかな、そういうのに捉われてて周りが何も見えてなかったんだ。ホント、バカな事したと思ってる」


 自嘲気味にディーンさんは言った。

 妹を殺されて、仇をうってやろうと思うのはごく自然な事だとは思う。目の前で殺されたのなら、尚更だ。でも、その事がもう後悔の念に変わっているという事は、ディーンさん自身成長した証なのかもしれない。


「そのドクターという男がね、力が欲しくはないかと言ってきたんだ。簡単に力が手に入ると言われ、僕は半ば乗せられる形で彼について行った。数日馬車に乗って、どこか知らない場所に連れていかれた。今でもその場所がどこかは分からない。ただ、海が近くにあった事だけは鮮明に覚えてる。で、僕がそのドクターに連れていかれたのは、海沿いにある研究施設、といった所だった。よく知らないけど、そこが僕のような人間を造り出す研究施設であった事は間違いない」

「なるほどね。ドクターの口車に乗せられたアンタは、まんまと実験動物をやらされたわけか」

「ああ。被験者は他にも何人かいたけど、その内僕を含めた3名以外は皆死んでしまったよ。この獣の力を手に入れたのも、この3人だけだ」


 そこまで言って、ディーンさんは何かを思い出すかのように視線を天井に上げた。


「うーん」


 ウルリカさんは腕を組み、鼻息を鳴らした。

 筋肉さんも複雑な表情をしている。同情しているわけでも、憐れんでいるわけでもないようだった。


「それで、その組織とやらからどうやって抜け出したの? まさか、力だけ与えて即解放、なんてことはないでしょう?」

「そうだね。どうも彼らは僕らに力の使い方を習得させた後、組織の戦力にするようだったから、あのまま組織にいたら恐らく記憶の精神干渉くらいされていたかもしれない。それくらい容赦のない連中だったよ」

「でも、そうはならなかった。……もしかして、研究施設から逃げだした?」

「正確には逃がしてもらった、かな。僕らだけの力じゃ施設から脱走なんてとてもじゃないけど無理だった。正直諦めかけていたよ。組織の犬になるくらいなら自殺してやろうと考えた時期もあった。仲間も皆絶望して、精神も限界まですり減っていた。――でもね。そんな時、とあるクランが僕がいた研究施設を制圧に来たんだ」

「クラン? 冒険者が?」

「ああ。冒険者ならその名を知らない者はいない有名クラン、ウルスラグナ。そのメンバーがやって来たんだ」

「ウルスラグナ……」

「もちろん知ってるよね?」

「ええ、まあ……」


 どこかウルリカさんの歯切れが悪い。

 クラン、ウルスラグナといえばカイゼルさんのところだ。そこから勧誘を受けて断ってる身だから、あまり関わり合いたくないのだろう。


「たった5人の小隊で一施設を制圧。その手際は恐ろしく見事で、気付いたら僕ら3人ウルスラグナに保護されていた。当時はウルスラグナが最強のクランだという事は知らなかったから、凄く驚いたよ。世界にはこんなに強くて正義感あふれる人達がいるんだって。僕も、この人達みたいになりたいと純粋に思った」

「なら、それで冒険者に?」

「それもあるよ。でも、それが全てじゃない。イオちゃんには言ったけど、僕のような境遇の人間をつくりたくなくて、それで冒険者になろうと思ったんだ」


 ディーンさんのその言葉には、確かな意思を感じた。

 モンスターの脅威は、これからもずっとこの世界を脅かし続けるだろう。それに対応するために冒険者制度というものが出来あがった。国の公的機関ではモンスターの対応は完全に出来なかったから、ギルドなんて施設も建てられた。全部が全部まじめに民間人の依頼をこなしているわけではないだろうが、それでも多少はモンスターの被害も少なくなった。

 全部ウルリカさんの受け売りだが、冒険者には確かな価値がある。だからこそ廃れずに今もこうして冒険者が世界で活躍しているんだろう。

 

「それで今こうして冒険者をしてるってわけか。そういえば、他の仲間はどうしたの?」

「ああ。1人は僕と同じく故郷の村に戻ったよ。それでもう1人なんだけど、彼女はウルスラグナに加入したみたいだ。助けられた事から、すごくウルスラグナに憧れてしまったみたいでね。もしかしたら今もウルスラグナで活動しているかも」

「へ、へえ……。その彼女の名前、一応きいてもいいかしら」

「いいよ。もう結構前の話であまり話す機会もなかったから名前しか覚えてないんだけど、確かアネット、だったと思う」

「アネット…………」

「アネットさん……」

「ど、どうしたんだい? ウルリカさんもイオちゃんもなんだか知ってる風みたいだけど……」


 困惑するディーンさん。

 いやまあ、さらに困惑しているのはこちらだろう。世界は狭いと言うが、まさかここで繋がってくるとは。ウルスラグナという名前が出た時点で若干の接点はあったが……。運命の神様は中々面白い事をしてくれるらしい。


「アネットなら、ええ、まだウルスラグナにいるわね。というかアイツもアンタと同じような力持ってるってことか。それには少なからず驚きを隠せないけど……」

「レネネトでアネットさんに会いました。もしかしたらまだ町にいるかもしれません」

「会いたいんなら戻ってみれば?」

「いや、ちゃんと自分の道を進んでいるのならいいさ。この力を間違った方向に使っていたら、それは僕が止めないとダメなんだろうけどね」

「ふーん。アンタがそれでいいんならいいけど」


 んーっとウルリカさんは背伸びをした。

 というかそろそろここからも出たい。薄暗いし色々と不気味だし。

 ディーンさんが動けるのなら今すぐにでも出たいくらいだ。

 話ももう終わりのようで、ディーンさんは口を閉じている。


「ディーンさん、立てますか?」

「あ、ああ。もうだいぶ楽になったよ」


 言って、ディーンさんは立ち上がった。

 服が半分破れているから、身体の右の素肌が丸見えだ。


「とにかく、もう一度村に戻って詳しく事情を聞く必要がありそうね」

「しかしウルリカ殿。あの村に人はほとんどいなかった。訊き込みをしてもあまり成果は得られないと思うが――」

「魔女の呪い。そんな名前をわざわざあの宿屋の店主は使ったのよ? その理由を確かめないと気が済まないわ」

「それは確かに。ならばあの店主にもう一度尋ねてみるのもよかろう」

「ええ。てなわけだから長居は無用よ。さっさと戻りましょ」


 ウルリカさんを先頭に、地下の階段上る。

 やがて階段も終わり、館のエントランスに出た。

 相変わらず中は汚れ、ボロボロだ。ゼルマはここで何の実験をしていたのだろうか。あのスケルトンに関する事だとは思うが、こんな場所でする理由がよく分からない。理由があるとすれば、地下に大量の遺体が遺棄されていた事くらいか。まあ、あながち理由なんてそんなもんかもしれないな。今となっては考える余地もない。


「もう夜が明けそうね。結構長いこと館にいたってことか」

「そうみたいですね」

「うむ。我が筋肉時計も早朝の時間を示している。間違いなかろう」


 筋肉さんの言葉に突っ込む元気はもう誰にもなく……。

 館から出て空を見上げると、うっすらと暗闇が薄れてきていた。あと30分もしたら、空が明るくなりそうだった。




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