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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第一章
51/110

ゴルゴンの呪い




 苦しい。このままでは、何もかも終わってしまう。

 まだ何も成し遂げていない。何も変わっていない。こんな所で果てるわけにはいかない。


「アタシを誰だと思ってんの……よ!」


 呪いに蝕まれた身体を強引に動かし、ウルリカはどうにか立ちあがった。

 だが、視界はぼやけ、足元はおぼつかない。脂汗が止まらない。身体の震えが止まらない。油断したらまた倒れてしまいそうだ。

 解呪に使う薬が、もしかしたらこの部屋にあるかもしれない。そう思い、ウルリカは一縷の望みにかけ呪われた身体で捜索を開始した。


「……はぁ……はぁ……」


 有り得ないレベルの呪いを受けつつも、ウルリカは意識を保っていた。幸い、即死級の呪いではなかったので、何とか動けている。

 即死級ではなかったものの、このまま時間が過ぎれば間違いなく呪いはウルリカを死へ至らしめるものだ。呪術関係に詳しくないウルリカでさえも、自分の死期が近づいている事には勘付いていた。

 故に、ウルリカは足掻く。こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。少しでも希望があるのなら、それにすがる。どんなにみっともなくたって、強い意志でそれを行うのがウルリカという人間だ。


「イオを……渡すもんですか……っ」


 机の上に置いてある大量の紙束をかき分け、手当たり次第に解呪法を探す。これだけ強い呪い、自分がかかってしまった場合の事を考えないわけがない。腕のある呪術師なら尚更だ。

 引き出しを開け、閉め、開け、閉め、何度も繰り返す。しかし、ウルリカが欲する情報は全く見つからない。どこにも見当たらない。

 このままでは、このままではと、焦りばかりが募っていく。冷静な判断力だけが奪われていく。もはや何を探しているのか、自分が何をしているのかさえウルリカは分からなくなっていった。


「……イオ……――リズ……!」


 朦朧とした意識の中で、ウルリカは2人の名を呟く。

 屈託のない笑顔が、2人の顔が、ぶれては消えゆく。

 呼吸もままならなくなってきた。立つ事すらも、今のウルリカには難しい。


「アタシは……まだ……!」


 グっと唾を飲み込む。

 まだやれる。まだ諦めない。諦めてはダメだ。

 そうは思っても、そう願っても、身体が動いてくれない。

 どれほど深い想いなら、この願いは叶うのだろう。

 所詮ここまでだったのだろうか。ウルリカの願いは、想いは、この程度で崩れ落ちるものだったのか。


「んなわけないでしょうが……。アタシは、アタシは……!」


 例え四つん這いになろうとも、這い上がってやる。ウルリカの決意は、容易く砕けるものじゃない。ウルリカの想いは、易々と引き裂かれるはずがない。

 瞬間、ウルリカの身体を光が包み込んだ。

 温かな灯はやがてウルリカの胸へと入りこみ、消滅した。

 ウルリカは感じていた。自分は1人ではなかったと。

 過去は変えられずとも、未来はこの手で切り開いてみせる。

 二度と過ちは繰り返さないと決めた。大切な人を見殺しにしないと誓った。だから、願うもの全てをこの手に取り戻すまでは、何があろうとも逃げ出しはしない。


「一時的な回復……。でも、今なら……!」


 まだ身体が重いのにはかわりないが、それでも先程と比べたら天と地だ。

 急ぎウルリカは解呪方法の捜索を再開した。

 何か資料的なもの、もしくは薬のようなものがあれば、どうにかなるのだが、やはり見つからない。数多に鎮座する巨大な機械は、ウルリカには理解できない機能ばかりだ。下手に触って大事になるより、機械を利用しない他の手段を考えたい。


「……これは……」


 妙な液体が入った注射器をウルリカは発見した。

 注射器はいくつか機械に取り付けてあり、手を伸ばせば外せそうだ。


「さすがのアタシもこれを身体に打つ勇気は……」


 どんな用途があるのか分からない。そんな注射器をほいほい刺せるわけがない。さらなる呪いにさいなまれる可能性もある。毒であるかもしれない。この液体が解呪に役立つと何か決定的な証拠がなければ、注射をするのは阿呆のする事だろう。


「……なんて、言ってる場合でもないのよね」


 イオは今も戦っているだろう。ゼルマはウルリカからアルカナカードを奪った。なら、イオの元へ向かった可能性は高い。カードを持つゼルマが、どんな命令を下すか分からない以上、野放しにするわけにはいかない。一刻も早くゼルマからアルカナカードを取り戻さなければならないのだ。

 呪いも、いつ再発するか分からない。急がなければ再びあの地獄の苦しみがやってくる。


「一か八かかけるしか……!」


 ウルリカは注射器を引き抜いた。その拍子に注射器の先端から微量の液体が飛び散る。注射器の中に入っている黄色の液体は、ゆらゆらと怪しく揺れていた。

 ウルリカは1つ深呼吸をした。

 この判断で全てが決まる恐れがある。

 戸惑いはあった。だが、決心はとうについていた。


「よし……っ」


 意を決し、ウルリカは腕をまくる。

 左手で注射器を持ち、自分の右腕に向ける。

 ウルリカは目を瞑った。そして祈った。

 がらにもなく神に祈りたい気分なのだ。それくらい今のウルリカは追い込まれている。


「――イオ殿!!」


 が、静寂は突然破られた。

 部屋の扉が開き、そこから何者かが入ってきたのだ。


「む、イオ殿ではないか」

「髭だるま……?」


 ウルリカの第一印象はそれだった。

 ムキムキの筋肉に、特徴的な無精髭。頭は丸刈りでスキンヘッドだ。髭だるまという形容は、間違っていない。


「そんなことより、アンタ今イオって言ったわよね?」

「魔法使いの恰好……。もしやそなたがウルリカ殿か?」

「え、ええ。そうだけど」


 ウルリカは警戒する。

 ゼルマに続き、この髭までもが自分の名前を知っているのだ。もしかしたらゼルマの仲間かもしれない。


「拙僧はアズレトヴィチ・ミンジュレンコ。放浪の僧侶である」

「僧侶……?」


 確かに、恰好は僧服だ。だが、あまりにも外見が僧侶のそれとはかけ離れている。僧侶と言えばもっと細くて筋肉もムキムキじゃなくて髭も無くて髪もふさふさではないのか。若干ウルリカの私見が混じっていたが、大方間違ってはいないはずだ。


「うむ。イオ殿と共に魔女の館に来たはいいが、はぐれてしまってな」

「イオとここに来たですって……?」

「左様。イオ殿はウルリカ殿を大変心配なされていた。少しは彼女の事も考えて欲しい。察するに、ウルリカ殿はイオ殿の大切な御仁のようなのでな。あのような幼子に辛い想いをさせてはならんと、拙僧はそなたに注意を促しておきたかったのだ」

「……」


 なんなのだコイツは。

 ウルリカは呆れ顔でアズレトヴィチを見やった。

 イオの事を誰よりも考え、思いやっているのはウルリカだ。辛い思いなど、させるつもりは毛頭ない。


「よく分かんないけど、アタシはイオを大切にしているわ。アンタにそんなことを言われる筋合いわないわね」

「ならば、よーくイオ殿と話し合って、向き合ってみるといい。少しは己の過ちに気づけるだろう」

「過ち……アタシが……?」


 ウルリカは若干困惑気味に呟いた。

 この僧侶はイオの何を知っているというのか。だが、彼の言葉は何故だか真摯に感じた。アズレトヴィチの言う通り、イオとちゃんと向き合う。そうするのが正解な気がしてならないのだ。


「……うっ」


 突然眩暈がウルリカを襲った。

 もうタイムリミットのようだ。急ぎ注射をしなければ取り返しのつかない事になる。こんな髭と話している場合ではない。


「待て!」


 だが、アズレトヴィチはウルリカの行動を声で制止してきた。


「そなたのその紋様、ゴルゴンの呪いのようだ」

「ゴルゴンの呪いですって……?」


 ウルリカはその名前を聞いた事があった。

 ゴルゴンとは、遥か昔とある小国を恐怖のどん底に陥れた伝説の怪物。あまり文献も残っておらず、どのような姿形をしていたかは謎だが、そういった事件が起きたという記録だけは現代にまで語り継がれている。


「呪術の中でも高位なものである。放っておくと死にかねないぞ」

「そんなこと言われなくたって分かってるわよ。だからこうしてこの注射を打とうと……」


 再び注射しようとしたウルリカを、アズレトヴィチは注射器を無理やり奪う事で止めた。


「な――!」


 ウルリカは怒りをあらわにしようとしたが、身体が重くそれすらもままならない。


「ゴルゴンの呪いにこんなモノは効かぬ。解呪するには神聖魔法が必要なのだ」

「んなこと言われたって神聖魔法は管轄外なのよ! ああ……もう、最悪だわ……」


 再び呪いが全身を駆け回り始めた。

 様々な病の症状が身体に現れ始め、ウルリカは立つのもやっとの状態だ。このままでは確実に死んでしまう。そう思ってしまう程に呪いは強力だった。


「ウルリカ殿、呪点はどこにある?」

「呪点?」

「うむ。呪いの発生源のことだ。それさえ分かれば拙僧の神聖魔法でそなたの呪いを解呪しよう」

「アンタ……」


 はっ、とウルリカは思いだした。

 この男は僧侶であったのだ。神聖魔法、解呪の魔法を持っていてもおかしくはない。見た目が見た目だからか、僧侶であるアズレトヴィチを前にしながら、今の今までその発想に至らなかったのだ。

 不覚であった。僧侶が突然目の前に現れた奇跡を、ウルリカは完全に見落としていた。

 だがしかし、呪点とやらがどこにあるのか分からない。身体のどこかにあるというが、鏡もなければ自分で確認する事も出来ない。


「顔や腕には出ていないようだ。ならば服の下であろう」


 唐突にアズレトヴィチはウルリカの肩に手を乗せてきた。


「ちょ、何する気よ!?」


 振り払いたいが、身体がそれを許さない。

 身体が健全であっても、この筋肉だるまを前にしたら生身では到底かなわないだろう。


「時間がない。このまま何もしなければ死んでしまうのだぞ」

「だ、だからってアンタ……!」


 この男は、今まさにウルリカの服を脱がそうとしていた。

 そんなの無理だ。見ず知らずの男に服を脱がされるなど、ウルリカには耐えられるはずがない。恥ずかしいし、何より腹が立つ。身体がまともに動いていれば、魔術で瞬殺しているところだ。


「呪点を探すからって……何も脱がさなくたっていいでしょう……っ」


 服をめくるとかすれば見つかる可能性がある。

 本当はぶん殴ってでもやめさせる場面なのだが、それすらも叶わない。


「そんな悠長なことをしている場合ではないのだ。ゴルゴンの呪いを甘く見てはならん。というわけで、――ゆくぞ」

「ま、待って……! ま、待ちなさいってば! ほんと、殺すわよ……!?」


 苦しい身体で必死に抵抗を試みるが、時既に遅し。アズレトヴィチによって、ウルリカは上からゆっくりと服を剥ぎ取られていく。上着から順々に、淡々と作業のように、それでいてどこかいやらしく。ウルリカの衣服は次々に脱がされていった。


「案ずるでない。拙僧はそなたのような女性の裸体などに興味はない。心配はいらん」

「そういう……問題じゃ……!」

 

 ひんやりとした感触が首筋を伝い下へと伸びていった。

 ゴツゴツした大きな手が、ウルリカの身体を這うようにして下っていく。

 胸の辺りまで来て、ウルリカの顔が羞恥で真っ赤になったその瞬間、アズレトヴィチの手が止まった。


「あったぞ」


 地肌を晒すための最後の砦である胸のブラを次は剥ぎ取られる、という所でアズレトヴィチは呪点を発見した。見るに、呪点は右の腕にあるようだった。


「これが……」


 右腕の方を見やると、そこには見覚えのない模様が刻み込まれていた。


「うむ。呪点だ」

「……っ。あったん、なら……、早くなんとかしなさい、よ!」


 身体を蝕む苦しさもどんどん強くなってきた。

 ウルリカは一杯一杯の状態で、アズレトヴィチに解呪を願う。


「ふむ。これくらいならば30秒で解呪出来そうだ。少しだけ待っておくといい」


 言ってから、アズレトヴィチはウルリカの右腕にある呪点に手をかざした。淡い光が灯り、呪点を包み込んでいく。

 何とも言えない感覚の中、ウルリカはぼーっと右腕の光を眺めていた。これで助かる。これでこの苦しみから解放される。

 呪いが解けたら急いでイオの元へ行かなければならない。

 今はもう、モニターにイオの姿はない。だが、窮地に陥っているのは間違いないだろう。あの子は、まだ強くない。決して頼りないわけではないが、ウルリカの中では守るべき存在になっている。本来なら、アルカナドールがマスターを守る盾となるべき存在だが、ウルリカはそうは思っていなかった。


「――よし。終わりだ」

「あ……」


 光が完全に呪点入り込んだ瞬間、身体が一気に楽になった。呪いが、ゴルゴンの呪縛が自分の身体から抜け去った。


「アンタ、ちゃんとした僧侶だったのね。一応礼は言っておくわ。ありがとう」

「なに、気にするでない。これが拙僧の使命なのだからな」

「僧侶だから、か。それもそうね」


 言いつつ、服を着る。そして、ウルリカは自身が戦える状態なのかをかを確認した。

 右手に火炎、左手に氷結と異なる属性の元素を丸い球体にして顕現させる。すこぶる調子がいい、というわけではなかったが、全力を持って戦う事が出来ることは把握できた。


「これならいけそうね」

「しかし、イオ殿はどこに行ったのか……」

「それはアタシにも分からないわ。ただ、急がないといけないのは間違いないと思う。アンタは何か手掛かり持ってないの?」

「申し訳ないが、1階の広間で別れた事くらいしか分からぬ。そこで大量のスケルトンに襲われ、手分けして撃破する段取りだったのだが……。イオ殿がいつの間にやらいなくなってしまってな」

「……1階の広間、か」


 モニターに映った時、イオは薄暗い部屋にいた。明らかに広間ではなかった。ならば、どこに行ったのだろうか。イオは、勝手に1人で動ける子ではないのだ。


「って、ミィじゃない!?」


 気付いたら足元にミィがいた。

 いつの間にやって来ていたのだろうか。そんなことよりも、何やら伝えたい事がありげのようだ。


「にゃにゃにゃ! にゃ!」

「よ、よく分からないけど何かあったのね?」

「にゃ! にゃにゃ!」

「えっと、ついて来い、ってことかしら」

「にゃ!」


 ミィは駆け出した。

 半信半疑ながらも、ウルリカはミィについて行くことに決めた。イオが遭難した時も、ミィのおかげで見つけ出せたのだ。ミィの嗅覚は信用に値する。ここで待っているよりかは、どう考えてもミィについて行く事に賭ける方がいい。


「ねぇ、髭」

「髭、とは、拙僧の事だろうか」

「そうよアンタ以外いないでしょ察しが悪いわね」

「……むぅ」

「で、あの猫は一緒に来たの?」

「いや、魔女の館に赴いたのは拙僧とイオ殿だけであった。――だが待て。館の入り口近くで感じた気配は、まさかあの猫……?」


 う~んと唸りだすアズレトヴィチ。

 どちらにせよ、ミィに賭けるしかない。今はそれ以外にイオを見つけ出す方法がないのだ。


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