呪術師
魔女なんて存在が実在するのなら、確かめなければならない。ウルリカはそんな想いで村から飛び出した。しかし、魔女の館はただアンデットモンスターが蔓延り、気色の悪い場所というだけだった。
「魔女の呪いにかまかけた何か。この線が濃厚な気がしてきたわ」
一般的に魔女とは、魔法使いの間では畏怖の対象になっている。定義は人様々だろうが、少なくとも魔法使いが魔女という言葉をきいたら無視は出来ない。探求の祖、魔法の生贄、魔法使いのなれの果てなど好き勝手言われているが、どれもウルリカは腑に落ちなかった。
魔女とは何なのか。賢者を超える存在なのか。はたまたただの言い伝えの1人歩きか。世に生きる人々に負の概念をまき散らす存在だと言われているが、それは本当に真実なのか。ウルリカは知りたかったのだ。魔女という存在を。
「……ここで最後ね」
呟き、ウルリカは扉を開けた。
「…………はぁ、やっぱり」
だが、その中はウルリカの期待に応えるものではなかった。
数多のアンデットモンスターを倒して館の最深部らしき場所まで辿り着いたというのに、自身の想像通りでウルリカは落胆した。
魔女なんてものはここにいない。呪いなんてものもない。いるのはアンデットモンスターと、アレだけだ。
「あんたが魔女の正体ってわけね」
幾多の罠を軽々と掻い潜り、ウルリカは魔女の元へと辿りついていた。いや、正確には魔女の皮を被った女狐といったところか。
黒いローブに身を包み、怪しげな雰囲気を放つその女性は、これまた怪しげな装置に囲まれていた。館に似合わないどこか研究所のような場所にたった1人佇む女。どう考えても彼女がこの一件の黒幕だろう。
「あら、あらあらあら」
淫靡な声音と共に、女は振り向いた。
まずウルリカが驚いたのは、女の顔が予想していたより若かった事だ。こんな陰気なとこに1人でいるのが、少女だとは思わなかった。そしてもう1つ。彼女の眼の色だ。いや、色というよりはその形状か。眼球の表面に、不可思議な紋章が浮かび上がっている。その眼が、彼女が普通ではない事を表していた。
「うふふ、これはこれは可愛らしいお客さんですわね」
「しらばっくれてんじゃないわよ。アタシがこの館に進入したこと、とっくに知ってたでしょ」
「ふふ、それはそうですわ。それで、いかがでしたか? わたくしの歓迎は」
「退屈過ぎて欠伸が出そうだったわ。今度はもっと強いモンスターを用意しておくことね」
「あらあら、強気な方ですわね。でも、そちらの方がそそりますわ」
言って、女はぺロリと下唇を舐め取った。若い容姿に似合わぬ艶かしい仕草に、ウルリカはゾッとした。彼女は何かがズレている。それが何かは、まだ分からないが。
「わたくしはゼルマ・リュトガース。はじめまして、大賢者ファウスト・エスピネルの弟子、ウルリカ・リーズメイデンさん」
「――な!?」
自分の名前を言われ、ウルリカは目を見開いた。
何故、彼女ゼルマは自分の名前を知っているのか。ここにきてウルリカに焦りが生まれた。
「いいですわねその表情。堪りませんわ……っ。ああ……っ、あなたもわたくしのコレクションに加えてしまいたいくらい……っ」
両腕で自身を抱き、悶え始めるゼルマ。
なんというか、狂っている。普通じゃない。まだ会ってからすぐだが、ウルリカはそう感じていた。
「な、なんなのよコイツ……」
気持ち悪い。だが、ゼルマが村の人達に呪いとやらを振りまいているのなら、見過ごす事は出来ない。
ウルリカは身構えた。武器を握っているわけではないが、戦闘態勢には入っている。
「まあまあ、そういきり立たないで」
言うと、ゼルマは歩き出した。
近くのモニターの前でゼルマは歩みを止め、機械を操作し始める。
カタカタカタカタと何かを打ち込み、数秒後、モニターに映像が映し出された。
「――!?」
モニターに映し出されたのは、薄暗い石の部屋だった。窮屈そうなその領域は、大きな影で埋め尽くされている。
一言でいえば、でかいスケルトン。だが、その容貌はスケルトンとは似ても似つかない醜悪さだった。腹の辺りに、何か気持ちの悪いものが埋め尽くしている。何とも言えないグロテクスさに、ウルリカは自然と口元を押さえていた。
「さあ、楽しいショーの始まりですわ」
卑しく笑うと、ゼルマは大仰に手を広げた。まるで彼女がそのショーの主催者であるかのように。あのでかいスケルトンが何をするのかウルリカには分からないが、ショーというからには何かの見せ物のはずだ。
「いったい何が……」
モニターに注目していたウルリカは、映像の視点変更で息を呑んだ。
映し出されたのはウルリカのアルカナドールであるイオだった。
思考が追いつかない。どうしてあんなところにイオがいるのか。急な事にウルリカは眩暈に襲われた。
「ふふふ、やっぱりあなたのお知り合いだったようですわね。彼女はアルカナドールのようですけど、あなたのモノでして?」
「……イオを道具のように言わないで」
「あらあら、これは失礼いたしましたわ。アルカナドールというと、主人の道具のようなモノという認識がありましたの。実際にわたくしの知り合いは、自身のドールをモノのように扱っていましたわよ?」
挑発するかのような口調でゼルマは言った。
だがしかし、ウルリカは一瞬の焦りはあったものの落ち着いていた。
ここで取り乱してしまっては、イオを助けることなど出来やしない。何故あのような場所にイオがいるのか。今のウルリカには分からないが、こんな時こそ冷静に対処しなければならない。
「ふふふ、もっと取り乱すものかと思っていましたけど、だいぶ余裕がおありのようですわね」
「…………」
ウルリカは無言でゼルマに睨みかえした。
どうすればイオをあの場から救い出せるのか。ウルリカは高速で頭を回転させる。
問題はあの場所だ。どうやら地下のようだが、この館の地下なのだろうか。可能性は高いが、絶対とは言い切れない。
場所が分からないのなら、あのゼルマという女を倒し聞き出せばいい。イオがやられる前にゼルマを倒せば助けられる。
(あいつを倒してイオの居場所を吐かせる。それしかないわね)
ウルリカは口から息を吐き、一気に空気を肺に流しこんだ。
戦う。一刻も早くゼルマを倒し、居場所を突き止める。そうすることがイオを助ける事に繋がる。
「その眼、わたくしと戦う気ですのね。ですが残念です。あなたはすでにわたくしの鳥籠の中。故に、わたくしに勝つことは到底不可能ですわ」
「なんですって……!?」
気付けば足元に禍々しいサークルが浮かび上がっていた。
このサークル、ウルリカには見覚えがあった。呪術師が使う、呪いを敵に付与するための魔法陣。つまり、呪円陣である。
「アタシとしたことが、呪円陣に気づかなかったなんて……っ」
ウルリカは咄嗟に飛び退くが、時既に遅し。呪いはとっくにウルリカの身体を蝕んでいた。
足が重い。身体がだるい。眩暈がする。吐き気もする。節々が痛い。呪いのせいで、ウルリカの身体は最悪のコンディションにまで下げられていた。
「このくらい……なんてことないわよ……っ」
そうは言うが、ウルリカは魔術を発動すら出来ない。
ここまで高度な呪い、普通の呪術師では扱えない。ゼルマは相当優秀な呪術師である事を、呪いを受けたウルリカはその身でまさしく体感していた。たかだが呪い1つで、ここまで不調にさせられるとは。驚くのはその効力だけじゃない。呪円陣を何の予備動作もなく展開させたことも、ゼルマがかなりの腕である事を示していた。
「あらあらうふふ……。強がるトコも可愛いですわ」
ゆっくりとウルリカに近づいてくるゼルマ。
だが、ウルリカは動けないでいた。呪いというものは、ここまで苦しいものなのか。話には聞いていたが、これは想像以上だ。
「イオ……っ」
視界も揺らぎ始める。焦燥だけが、ウルリカを支配していた。