孤軍奮闘
落下の衝撃で、どうやら少しの間気絶していたようだ。
しかし、いきなり床が崩れ出すなんてB級映画じゃあるまいし……。
でもあれは結構心臓に悪いな。もし落ちた場所がもっと下だったら、俺は今頃ミンチになってたかもしれない。とりあえずは生きててよかった。
「いててて……」
元いたトコがあまり高い場所ではなかったらしく、ダメージは最小限に抑えられた。といっても、所々軽い傷は負ってしまった。まあ、これくらいなら唾つけときゃ治るだろうけど。
「どこだろここ……」
辺りを見渡すと、ここが館の地下だという事が分かる。
壁の至る所にランプの灯りがあり、薄暗くはあるが全く見えないという事はない。
俺は何かの上に乗っかってるようだが、はて。なんだろうこれ。
「……ぇ」
これって、骨……?
スケルトンの一部なのか?
骨の上に乗ってたからゴツゴツしてたのか。は~納得。
納得……。って、待て。臭いがキツイし、なんか妙なモノが骨にひっついてるぞ……。考えたくないが、これってもしかして、人のにk……
「いぃぃぃぃいいいッ――!?」
反射的に俺はその骨をぶん投げていた。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!
人の死体の上で眠っていた? そんな!
急激に吐き気が襲ってきた。でも、こんな場所で嘔吐なんてしたくない。
俺は必死に吐き気を抑えつけ、その場から立ちあがった。
薄暗くて最初はよく見えなかったが、冷たい石の地面にはたくさんの骨が散乱していた。いや、骨だけじゃない。まだかろうじて人の形を成している遺体もある。
「まるで墓場だ……」
墓場、というよりは無造作に死体を放り込まれただけ、といった表現の方が合っている。
俺は口元を押さえながら、慎重に近くを確認していく。
まずおかしいのは、床が崩れたはずなのにその残骸が見当たらない。上を見ても石の天井があるだけで、どこかから落ちてきたとは思えない。
誰かに移動させられたのか、それとも床が自動的に戻ったのか。ここは魔法のある異世界だし、一概に後者を有り得ないと一蹴出来ないのが怖いところだ。
「うう……」
それにしても死体は何体あるんだろう。見渡す限りの死体に、参ってしまう。
下手したら俺もこの人達の仲間入り……。考えただけで怖気が走る。こんな最悪の場所で1人死ぬなんて、考えたくもない。
「で、出口探さなきゃ」
一刻も早く脱出しなければ、俺も彼らの仲間入りだ。
悪臭と気持ち悪さで、我慢の限界も近づいてきている。人の死体をゴミのように廃棄する場所に、長居するなんてことしたくない。一刻も早くここから出なければ。でも、そう思ったからといって出口が見つけるわけでもなく。しばらく彷徨い続けてみるが、一向に外への道は見つからない。
「げ、行き止まり……」
地下を進んでみたのはいいものの、その先は行き止まりだった。
辺りをくまなく見渡してみるが、扉らしきものはない。
このままでは冷たい石に覆われた部屋で果ててしまう。こんな気にさせるのも、散らばった死体のせいだろう。あの村の人達は魔女に捕まり、ここに捨てられる。そんな想像をしてしまい、ますます怖くなってくる。
「ウルリカさん……筋肉さん……」
呼んでみても、2人は来ない。
心細い。先が見えない状況で、これから俺はどうなるんだろう。
ここから抜け出すには、どうすればいい? 壁を壊す? 仕掛けがあればそれを見破る? とにかく今はやれる事をやろう。1人震えていても、助けなんか来ない。
「RPGとかだったら、何かしらの仕掛けがあって、それを解けば出られる……んだけど」
希望的観測だが、もしかしたらそういった仕掛けが内部に施されているかもしれない。思考停止して怯えているよりも、ここから抜け出す努力をしないと。
適当に壁をペタペタ触ってみる。漫画やアニメだったらこう、石が奥に入り込んで壁が倒れたりするんだが……。
「……途方もない作業になりそうだ」
適当にやっては非効率か。
でも、あるかどうかわからないものを必死に探すのも馬鹿らしい。馬鹿らしいのに、それにすがるしか出来ない。そんな自分が惨めだ。
とにかくやるしかないだろう。そう決め、効率もクソもなく俺はひたすら壁を触りまくるという暴挙に出た。
少しずつ触る壁の数を減らしていく。ただただ無心に触りまくる。押しまくる。こういうのは終わりが来ると思ったらダメだ。終わるなんて甘えた事考えたらダメなんだ。何も考えず、仏陀の如く無心に作業を続けるのだ。
「次……次……次……」
ども、一級壁触り師の免許を所持しているイオです。生前は伊吹直人という名前で活動していました。特技は無心になる事。欲望煩悩何でも捨て去り作業する事が出来ます。
「…………」
果てしない。何だこの苦行は。俺は修行僧か。
「ああ……悟りが開けそうだよ……」
もう無理。限界。
大体あるかもわからない秘密のスイッチ探すとか愚の骨頂だろう。ドMでもなければやらないよこんなこと。
でも、だからといって投げだしてもここから出られるわけじゃないんだ。それは分かってるんだけど、キツイ。キツ過ぎる。延々とこの作業続けていたら気が狂ってしまいそうだ。
「少し休憩しよう……。――ん?」
休もうと決めた直後、地面に落ちていた骨が突如としてカタカタカタと動き出した。
「いィ!?」
骨が勝手に動き出したかと思うと、次の瞬間にはスケルトンへと変貌していた。
ああ、なるほど。こうしてスケルトンは生み出されているのか。などど感慨にふけっている場合ではなく、スケルトンが襲いかかってきた。
「くっ――!」
適当に旋風属性の短剣を抜き、俺は迎撃した。
やはりスケルトンだ。大して強くない。
だが、この量の骨が一気にスケルトン化したらさすがに冗談じゃない。数えたくもない程スケルトンの数が増えそうだ。
「でも、勝手に骨がスケルトンになるもんかな……?」
もしかしたら、魔女とやらがスケルトンを造っているのか?
もし仮にそうだとしたら何のために?
「また……!」
再び骨が集まっていく。
一体全体どうなってるんだ。スケルトンってのは、こうやって人の死体から産まれるものなのか。というかこれじゃスケルトンじゃなくて腐った死体だ。所々肉がついてたり、腐敗しきれないでいる皮とかもあって、白骨化してない部位まで人体化している。これならまださっきまで戦っていたスケルトンの方が可愛げがあった。どう見てもただのゾンビじゃないか。
「ゾンビも分類はモンスターかもしれないけどさ!」
次々と生まれるアンデットモンスターに、俺はどんどん背後へと押し込まれていった。
地下は細長い回廊になっていて、どちらもすぐ行き止まりに達する。このままモンスターが増え続ければ確実にやられる。どうにか対処しなければ、最悪の結末を迎えてしまう。
なんというか、まさに地獄絵図だ。俺だけ。
「くっ! このままじゃ……!」
俺の小範囲の攻撃じゃ、この量を一気に殲滅するのは無理だ。
ウルリカさんなら豪快に魔術で一掃できそうだけど、俺にそんな力はない。こんな時、ウルリカさんがいてくれたら。そう思わずにはいられない。
「分かってる――分かってるんだ! ウルリカさんが今この場にいないことくらい!」
これくらいのモンスターに根を上げているようじゃウルリカさんを守るなんて出来やしない。逆に守られてしまう。でもそれじゃダメなんだ。俺はウルリカさんのドールなんだ。マスターを守るのがドールの使命じゃないか。
「この……! このっ!」
それだけじゃない。
俺自身がウルリカさんを守りたいと感じているんだ。ドールだからじゃなくて、俺自身の意思で、あの人を守りたい。こんなとこで躓いてなんかいられないんだ。
「このくらい……っ」
諦めるな。やれる。俺だってやれるんだ。
集中するんだ。逃げ腰になるから負ける。こいつ等はただの化け物だ。俺に敵うはずがない。俺より弱いに決まっている。俺の方が絶対に強い。
故に――。
「私は! 負けない!」
気持ちで勝つ。必ず全部倒してみせる。
――ははは! 俺は強い! 神すら凌駕してみせる! ぐわっはっはっは!
「てぇぇりゃッ!!」
粉砕! 滅殺! 切り刻む!
段々と乗ってきた。ふひひ。今の俺、めっちゃ強い。
「そこっ!」
短剣を投擲し、スケルトンの動きを制限する。
俺の短剣所持数は5本。一本手元から消えようが何の問題もない。
次は火力だ。火力で攻めよう。てなわけで火炎属性の短剣だ。
「まだ!」
切り抜けつつ、次々と襲いかかるスケルトン&ゾンビ達をいなし続ける。
俺のこの身体は、正直いって脆い。子供のものだから仕方ないのだ。仕方ないけど、だからといって相手がそれに合わせて攻撃の威力を弱めてくれるというわけじゃない。身体が子供だからという甘えは許されないのだ。
致命打を貰えば、その瞬間に負けが決まる。だが、それを恐れて逃げてばかりでは勝機は訪れない。故に攻める。攻めて攻めて攻めまくる。
「斬って斬って斬りまくる!」
火炎属性の短剣が燃え上がる。
武器の性質上、一気に殲滅する事は出来ないが、少しずつ数を減らす事は出来る。相手はスケルトンとゾンビ。動きも遅ければ集団戦の知能もない。時間はかかるが、諦めずに戦うんだ。
「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」
息が上がってきた。
正直いって、かなりキツイ。でも、もう少し。あと少しで全て倒せる。
「あと5!」
襲ってきたスケルトンを斬り倒し、すぐさま反転し背後のゾンビに刃を振り下ろす。
蹴りも加えて、ゾンビを壁に叩きつける。休む間もなくスケルトンが近づいてきた。
「あと3!」
ここまでくればいける。
後は油断せずに戦うだけだ。
「2!」
身体が重い。
でも、ここで倒れるわけにはいかない。
「ラスト!」
最後の力を振り絞り、スケルトンに一撃をお見舞いした。
その一撃で、スケルトンは音もなく崩れ落ちた。
「やっ……た」
全部倒した。
もう敵はいない。スケルトンもゾンビも、元の死体に戻っている。
俺は安堵からか、尻もちをついていた。ペタンと地面に座り込み、辺りの凄惨さを再確認した。
「ホント、何なんだろう、ここ」
分からない事が多すぎる。
魔女の館、その地下にこんな場所があった。それが何を意味しているのか。少なくとも良い意味ではないだろう。人の死体を大量に放置し、さらにはスケルトンやゾンビと化すなんて、ただ事じゃない。
「これから、どうしようかな……」
とにもかくにもここから脱出しなければお話にならない。
またあの壁ペタペタ作業を続けるのか。それはそれでキツイ。てかもう無理。
不意に天井を見る。やっぱり穴なんてない。本当に床が再構築されたのだろうか。魔女の館だし、そういう現象が起きても不思議じゃないが。
「……え?」
休息していたら、再び骨がカタカタと動き出した。
しかし、今度は先ほどとは様子が違う。まず肉や皮がついている骨が一か所に丸く合体し、その周りに白骨化した骨が集まっていく。
「嘘、だろ……?」
それは、無情にもどんどん大きくなっていく。
全長3メートルはゆうに超え、天井ぎりぎりの身長にまで大きくなり、そこで合体は止まった。
「は、はは……」
もはや渇いた笑いしか出てこない。
なんだこれは。なんだこの仕打ちは。
もうどうにもならないのか。
数多の死体から生成された巨大なスケルトンは、ゆっくりと俺の方へと近づいてくる。まるで、先程まで戦っていたモンスターの憎悪を俺に向けているかのように。
「……やるしか、ない……!」
体力は限界に近い。でも、やらなきゃやられる。
俺は疲れた身体に鞭打ち、巨大なスケルトンと戦うために立ちあがった。