館の罠
この先魔女の館につき危険、そう書かれた看板を通り過ぎ15分ほどが経過した。辺りは変な靄に覆われ、よくわからない生き物の鳴き声がそこら中から聞こえてくる。
この場所を一言で表すなら不気味だ。どこか違う世界に紛れこんでしまったかのような錯覚に襲われてしまう。
「む、見えてきたぞ」
「あれが……」
木々の間からうっすらと見える建物。靄のせいで全貌を視界に捉えるのは無理だが、間違いなくあれが魔女の館だろう。
「これは……」
魔女の館の入り口近くまで来て、筋肉さんはぽつりと呟いた。
「なんとも不気味な……」
「こんなところにウルリカさんは1人で……」
長年誰も住んでいなかったかのようにボロボロになった外装。所々ひび割れ、いつ倒壊してもおかしくはない見た目。窓ガラスは割れている箇所もあり、その機能を停止させている。そんな、人が住めるような場所では決してない館なのに、不思議と灯りが外にまで漏れていた。
「やはり誰かがいるのだろうか」
「でも、こんなボロボロの館に人が住めるでしょうか……」
「人ではないのかもしれぬな」
「それは……」
魔女という存在が人だとは誰も言っていなかった。
人ではない。そうなればモンスターか。
「――む、誰だ!」
急に筋肉さんが振り向いた。いきなり声を上げるもんだから少しだけ身体がビクっとなってしまった。
「…………むぅ」
だが、その先には木々が覆い茂っているだけで、誰もいない。
「拙僧の勘違いであったか……」
「誰かいたんですか?」
「いや、ちょっと気配を感じてな。驚かせてすまない」
「いえ……」
内心怖かったが、ここまで来てビビっていられない。俺は今1人じゃないし、きっと大丈夫だ。
「行こうか」
「はい……っ」
緊張しながらも、俺は一歩を踏み出した。
筋肉さんの手によって、ギィィィィっといかにもらしい音を出しながら柵が開く。敷地内に入り、真っ直ぐに玄関を目指した。
なんだかよく分からない生物が辺りをバサバサと飛んでいるが、なんだろうあれ。コウモリかな。この世界にもコウモリがいるのかは分からないけど。まあ、似たようなものだろうきっと。
玄関の目の前までやってきた。近くまで来ると、扉は想像以上にでかかった。筋肉さんのためにある扉のようだ。
「開けるが、よいな?」
「はいっ」
覚悟は出来ている。
今の気持ちを表すなら、遊園地のお化け屋敷に入る前のものと似ている。お化け屋敷と比べて、こっちは生死がかかっているわけだけど、まあ同じような緊張感という事だ。なんだか身体がひんやりしてくるみたいな、そういうのだ。
「いざ……」
筋肉さんが、そのマッチョボディで屋敷の扉を開いた。
何の抵抗もなく、扉は開いた。少しだけ拍子抜けした心地だが、本番はここからなのだ。こんなとこでつまづいていられない。
「これは……」
屋敷の中は、外観と同じくオンボロだった。色んな場所に蜘蛛の巣が張られていて、手入れがなされていないのは明白だ。床もひび割れ、見る者を下手したら崩れるんじゃないだろうかと思わせている。
「やはり、何者かが先に来ているようだ」
床を見ながら筋肉さんが言った。
「埃の山が踏まれて足跡になってる……」
つい最近できたものに見える。筋肉さんの言う通り、何者かが先に屋敷にやって来たのだろう。その何者かが、多分ウルリカさんなんだ。
「足跡を辿ればウルリカ殿に出会えるだろう。これは拙僧の勘だが、ウルリカ殿が向かった先が魔女のいる場所のような気がしてならない」
筋肉さんは足跡の先を見やった。
二階への階段ではなく、真正面の大扉に足跡は続いている。
「大扉、あそこか。――イオ殿、心して行こう」
「もちろんです」
「何が起きるか分からぬ。拙僧から離れぬように」
「はいっ」
筋肉さんに近づき、離れないように歩く。
屋敷の大扉。玄関よりもでかく、圧倒的な存在感をこの空間にまき散らしている。いかにもこの先に何かありますよと自ら誇示しているかのようだった。
そんな大扉も、存外簡単に開いた。中は大広間なのか、長いテーブルやそれに合うように椅子がいくつも置いてあった。ただ、その全てが古い。昔は華やかな場所だったのだろうが、今は見る影もない。
何故だか、ウルリカさんの足跡はこの広間で消滅していた。いや、消滅というよりは埃の山が消えたから自然と足跡も無くなったと言った方が正しい。
「それにしても、一体この館は何なのだろうな。このような森の奥に建てられている時点でおかしいとは思っておったが……。魔女が住むというのもどういう事なのか」
「確かに、謎ばかりですよね。魔女の呪いというのも、どういったモノなのか定かではないですし」
「呪い、か。離れた村にまで影響を及ぼすモノだから、近づけば少しは垣間見えるかと思ったが、そうでもないようだ」
「そういえばなんともありません。本当に呪いって何なんでしょう?」
「それを知るためにも、先に進まねばならないだろう。が、ただでは進ませてくれぬようだ」
「っ!」
見ると、どこからともなくアンデットモンスターのスケルトンが湧きだしていた。ウルリカさんとの訓練で何度も相手にしてきたモンスターだが、実戦ではこれが初めてだ。
「スケルトン……! イオ殿、いけそうか!?」
「はい! 行けます!」
「よし、ならば一気に殲滅する! 拙僧は左、イオ殿は右のスケルトンを頼む!」
「了解!」
言われた通り、俺は右翼に広がるスケルトンの群れに突撃した。
アンデットモンスター、スケルトン。正直、コイツらは大して強くない。動きも単調だし、威力も無い。一番の難点といえば気持ち悪いというところか。人型の骨が勝手に動いているから、気持ちの良い見た目ではない。
「はっ!」
アンデットモンスターの弱点は恐らく火炎だろう。昆虫系のキャタピラーといい火炎に弱いモンスターは多いのかもしれない。逆に火炎に強いイメージがあるのは海のモンスターであるクラーケンとかか。
「これで……ッ」
腰から火炎属性の短剣を抜き放ち、目の前のスケルトンを斬った。だが、予想していたよりは効いてなさそうだ。
スケルトンの弱点は火炎じゃない……?
なら、他の属性も試してみるしかない。
「電光と氷結なら……!」
火炎の短剣を戻し、電光属性と氷結属性の短剣を抜いた。勢いそのまま2つの短剣でスケルトンに斬りかかった。しかし、結果は火炎の時と変わらない。
「あまり効いてないっぽい……。なら、次は地脈と旋風だ!」
両腰に短剣を戻し、もう一度異なる属性の武器を抜き放った。
地脈と旋風。これでダメだったら俺にこいつ等の弱点を突く術は無い。
「てりゃぁ!」
動きの遅いスケルトンの懐に潜り込み、2つの短剣で斬りかかる。
音を立てて骨は崩れたものの、手応えは先程とあまり変わらない。
スケルトンの弱点はどの属性でもないのか……? アンデットモンスターに、苦手な属性はないのだろうか。
そう思い、筋肉さんの方を見ると――。
「筋肉パァァァァンチィ!」
やはりというか物理であった。
だが、物理は物理でも、その破壊力はまるで敵の弱点属性を突いたかのような一撃だ。
「わ、私も……!」
もう弱点なんか知らん! 俺も物理で殴ってやる!
「属性なんてどうでもいい! 適当に斬りまくってやる!」
スケルトンの群れに肉薄し、ゼロ距離からの斬撃を連続してお見舞いしてやる。数は10以上いるが、全員動きが遅いから何とかなる。仮にダメージをもらっても筋肉さんがきっと治してくれる。
1体2体3体と次々にスケルトンを倒していく。やはり、こいつ等は大したことない。思考も持たないようだし、適当に暴れ回っているだけだ。これなら俺でも余裕で勝てる。キングクラーケンみたいにバカみたいに大きくないし硬くもないし威力もない。
「やれる……っ、私だって……!」
調子が出てきた。
敵を斬り続けながらエウィンさんの言葉を反芻する。――強い者は皆、意思と信念を持っている。故に敵を恐れはしない。自分が負けるヴィジョンを描かない。勝って当たり前、敗北など微塵も考えはしない――。
そうだ。俺には役目がある。ウルリカさんのアルカナドールとしてこの世に生を受けたのだ。なら、強くないと。ウルリカさんを守れるくらい強くないとダメなんだ。置いていかれるようじゃ全然だ。
「あと2体!」
あと少しで殲滅出来る。
だが、最後の2体は俺にかかってこず、奥の方へと逃げていく。
「……?」
逃げる理由は分からないが、とりあえず追う事にした。
スケルトンは扉を開き、中へと入っていく。逃げているというよりは、俺を誘っているかのような動きだ。
一度筋肉さんの元へ戻るべきだろうか。これ以上先に進むと、罠にかけられる可能性もある。でも、だからといって逃げるマネはしたくない。そもそも、スケルトンにそんな知恵があるのか。単純に俺から逃げているだけなんじゃないか?
「私は逃げない……!」
一気に距離を詰め、スケルトンに攻撃する。
1体は難なく倒す事が出来た。が、もう1体の方へ行こうとした瞬間。
「え……?」
異変が起きた。
今まで床を走っていたはずなのに、その床が急速に崩れ始めたのだ。
「な、なんで!?」
予想だにしなかった事態に、俺は混乱した。
というか、もうどうしようもない。戻ろうにも、扉の方から床が崩れてきている。
なら先に進むか? いや、それも無理だ。向こう側からも床が崩れて俺に迫ってきている。
「落ち……っ」
必死に逃げようともがくが、飛ぶ事でもしない限りこの状況は突破できない。俺は鳥じゃないし、もちろん空を飛ぶ事や宙に浮く事なんで出来やしない。
血の気だけが引いていく。もう落ちるヴィジョンしか見えない。
急すぎて気持ちの整理も出来てないのに――!
「ちょ……っ」
勘弁して勘弁して勘弁して!
落ちるってホントなんでどうしてどうなってんの!?
「う、うわぁぁぁぁぁぁ――!?」
抵抗も虚しく、俺は床と共に崩れ落ちるのだった。