魔女の館へ
鬱蒼とした森林地帯に足を踏み入れた俺と筋肉さん。筋肉さんとの大きさの差的になんだか人形になったような気分だが、まあしょうがない。
時折筋肉さんが肩に乗らないかと提案してくるのだが、俺は毎回断っている。肩に乗るだなんてそんな恥ずかしいことしたくないし、何より男にそんな事をしてもらうだなんてまっぴらごめんだ。
だけど、考えてみると今は女だから男にしてもらうのが普通なのかも。でもでも待て、心は男なんだぞ。どう考えても変だ。考えるまでもなく変だ。だからといって、女の人にしてもらうのはいいってわけじゃないけど、とにかく変で嫌だ。
つまり何が言いたいかというとだ。肩車っぽいマネを男にされたくはないという事に行きつく。俺の外見は幼女だが、中身は男なんだからな!
「――目印として、進入禁止の看板があるらしい。それを見つければもうすぐだろう」
木々の間の砂利道を歩きながら、筋肉さんは言った。
「看板、ですか」
危険だから誰かが立てたのだろうか。
それにしても魔女の館か。どう聞いても不穏な雰囲気しか感じない。もし本当に魔女なんて存在がいるのだとしたら、どんな人なのだろうか。いや、もしかしたら人じゃないのかもしれない。呪いをまき散らすような存在だし、モンスターという可能性もある。
「不安であろうな。拙僧とて、恐れを感じないわけではない。魔女の館なんて危険な場所に少女が1人で赴くとは、到底正気の沙汰とは思えない」
「ウルリカさんは……」
強い。俺なんかより遥かに強いのだ。
大賢者ファウスト・エスピネルの弟子であるウルリカさん。その強さは近くで見てきた俺がよく知っている。モンスター相手に苦戦するウルリカさんなんて見た事がないし、負ける姿も想像できない。
「ウルリカさんはきっと大丈夫です。でも、心配だから」
「うむ。信じる事も大事だが、それだけではいかんよな。イオ殿の判断は間違っていない」
「そ、そう言ってもらえると嬉しいです……。そういえば、筋肉さんはどうして魔女の館に?」
「拙僧ははぐれた身とはいえ僧侶。神聖教会から見放された身であるが、何もせぬままでは僧侶の名折れ。だからこうして旅をして神聖魔法を役立てようとしているのだ」
「神聖魔法……?」
聞き慣れない名前だな。ウルリカさんが言っていた、五大元素以外にも属性があるというやつか。
「神聖とは、邪悪を掃う力を持つ属性の事。主に僧侶や神聖教会の信徒が扱う」
「あ、もしかして回復魔法とか……?」
「うむ。そういったものも含まれる。神聖魔法使いは後衛職の基本であろうな」
「後衛職……」
そうは言うが、筋肉さんが後ろから援護している図が想像出来ない。どう見ても前でオラオラやる方が似合いそうだ。マッチョだし。
「怪我をしたら拙僧に任せるがよい」
「あ、はい。その時はお願いします」
「うむ。――っと、またキャタピラーが出てきたようだ」
草むらからキャタピラーが飛び出してきた!
ゲームならこんな感じの文字がウィンドウに表示されるのだろうか。でも、まさにそんな感じだ。
「今回は拙僧がやろう」
「え、でも僧侶さんですし後衛なんじゃ……」
さっきから俺が短剣を用いてモンスターは倒してきたが、ここにきて筋肉さんが戦うと言い出した。
さっきも言ったが、僧侶は後衛職。前に出て戦う役職じゃない。回復役が前線に出てダメージを受けたら、何もいい事はないだろう。
「やっぱり、その筋肉って……」
「その通り。この身体は……飾りではない!」
言って、筋肉さんはキャタピラーに突撃した。
何の工夫もない、ただの体当たりだ。だが、筋肉さんのマッチョボディでしたならば話は違ってくる。
「ふんッ!!」
キャタピラーに一撃を喰らわせ、一度距離を取る筋肉さん。
キャタピラーは痛恨の一撃をもろに喰らい、吹き飛んで弱点である内側を丸見えにしている。
「この好機。逃すほど拙僧は甘くないぞ!」
空を切り、筋肉さんは跳躍した。
何をするのかと思い、その動きを注視する。
「筋肉キィィィック!!」
ズガァァァァァン!
激しい音と共に、キャタピラーの身体が無残にも砕け散った。俺が前にした踵落としとは比べ物にならない威力だ。鍛えれば、身体能力強化と相まってここまで破壊力を増すのか。筋肉さんのキックを見て少しだけ心が高鳴った。
「拙僧の筋肉は、伊達じゃない!」
ドヤァと決めポーズをとる筋肉さんに、それどこのνガン○ムだよ!、と突っ込みたくなる衝動を抑えつつ、俺は駆け出した。
「凄いです! 筋肉さんの筋肉はやっぱり凄いんですね!!」
「イオ殿にそう言われるとこそばゆくなる限りだが……。拙僧の筋肉は戦闘用に特化してあるのでな。魅せるためだけのものじゃない」
「なるほどです」
見た感じ筋肉さんは1人だし、個人で戦えるように鍛えたのかもしれない。まあでも、それよりかは単に筋肉が好きって感じだけど。
「では参ろうか」
「はい」
魔女の館に向け、俺達は再び歩き出した。