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猫さんと一緒



 目が覚めたら、身体が縮んでしまっていた!


「俺はコ○ン君か……」


 一晩たっても、やっぱり俺の身体は幼女のままだ。

 死んだことも何もかもが夢で、目覚めたら生前のあの引きこもり生活が再び幕を開けるなんてことにはならなかったようだ。


「そういえばウルリカさん、どこ行ったんだろ」


 がぼがぼの服を着たまま、俺は寝室から出た。

 この寝巻はウルリカさんのものを借りているのだ。だからでかいのだ。

 ウルリカさんの身体は大きいわけじゃない。むしろ女の子にしては小柄の方じゃなかろうか。それでも俺がウルリカさんの服を着たらがぼがぼになってしまうのは、それだけ俺の身体が小さいということだな。

 魔道書の部屋にやって来た。

 いや、俺が勝手に命名しただけで、本当はどうなのか知らない。普通に居間かなんかなんだろうが。

 適当に本を開いてみるが、小難しい文章ばかりで読む気が失せる。

 魔術の基本理念とか、魔法の哲学とか、魔術VS武術とか中々面白そうなタイトルではあるが、俺はどうにもこういった書き物を読むのは苦手だ。パソコンの中に書かれている文字ならすらすら読めるのに不思議なものだ。


「しかし、文字もちゃんと読めるんだな」


 俺の魂が勝手にこの世界に適応しているのだろうか。

 もしかしたら言語も日本語じゃなくて変な言葉なのかもしれない。理解できているし何とも思わないから違和感すら感じないだけで。

 暇いし、少し冒険してみよう。

 まずは外の世界がどうなっているのか。それを見てみるとしよう。


「玄関はどこにあるんだろ」


 家の中を適当に散策していく。

 今分かっているのは魔道書の部屋、寝室、風呂場、地下への扉くらいか。

 つまり、まだ行っていない方の扉を開ければ、外へ行けるはず。


「ここだな」


 まだ一度も開けたことのない扉を開けた。

 扉の先は廊下になっている。奥にはもう一つ扉があり。左右にもそれぞれ扉があった。


「んー……奥に行ってみようかな」


 俺の直感では、奥が外への扉の気がする。

 歩き、奥の扉に手をかけた。

 開けた。

 開いた。


「…………う、うわぁ……」


 家の外は、まさに異世界であった。

 幻想的な場所だ。家は森の中にあったのか、周りに木々が多くひしめいている。だが、どの木も見たことのない形をしていて、ここが生前の世界ではないことを証明していた。

 さらに辺りを見渡すと、家の近くには小川が流れていた。水は澄んでおり、川の底が見える。小さな魚のような生き物も泳いでおり、この世界にも人間以外の生物がいるのだと把握できた。


「――あ」


 木々の間の茂みから、何かが顔を覗かせていた。

 見た感じ、猫のような生き物だ。というか猫だ。猫にしか見えない。この世界にも猫がいるのか。

 俺はその猫に逃げられぬよう慎重に近づいていった。

 猫はじっと俺を見つめていて、傍に行くまで逃げることはなかった。


「おー、可愛い……」


 猫の頭を撫でる。すると、気持ちよさそうに猫は鳴いた。鳴き声も生前の世界の猫と大差なかった。

 しばらく猫と戯れていると、急に歩き出した。まるでついて来いと言わんばかりの立ち振る舞いだ。


「猫について行ってみようかな」


 茂みをかき分けながら俺は猫の後をついて行く。

 水気を帯びた葉は、触れる度に水滴を地に落としていった。木漏れ日が俺を照らしているようで歩いているだけで気持ちが良い。

 二、三分歩くと、開けた場所にやってきた。

 猫もそこで歩みを止め、俺の方に振り向く。


「にゃぁああぁぁ……」

「ん? その先に行ってみろって?」

「にゃ」

「おっけー」


 勝手に解釈し、俺は木と木が不自然に交差している箇所の下を潜り、奥に進んだ。

 少し行くと、目の前にバカでかい木が鎮座していた。てっぺんを見上げようとしても、その高さ故確認することが出来ない。


「はえー……」


 思わず声が出た。

 一体いつからこの木はここに立っているのか。樹齢数億年とか軽くいってそうだ。太いし高いし、ちょっとやそっとの衝撃じゃビクともしないだろう。ノコギリでも切れるか怪しい。

 試しにその木を触ってみることにした。

 ペタペタペタペタ……。

 うん。普通の木の感触だ。特別妙な肌触りをしているわけでもなさそうだ。


「カメラがあったら、きっと記念撮影してるなぁ」

「――おい」

「は、はい?」


 どこからか声が聞こえてきた。

 慌てて辺りに視線を走らせる。しかし誰もいない。


「俺様はここだ」

「へ?」


 上? と思った瞬間誰かが降ってきた。比喩ではなく本当に何者かが降ってきた。一体どこから降ってきたのだろうか。

 その何者かは草むらに華麗に着地し、俺の方に顔を向けてきた。そして何事もなかったかのように口を開いた。


「お前、新入りか」

「あ、え、新入り……?」


 意味が分からず問い返す。

 というか、この人、顔が猫であった。ご丁寧に尻尾まである。

 さすが異世界。何でもアリだな。


「そこの家にいるんだろ?」

「あ、はい」

「なるほどな。見た所アルカナドールみたいだが……ウルリカのドールか」

「は、はい。――ウルリカさんとはお知り合いで?」

「まぁな。俺はこの森の管理者……的な存在でな。ファウストの爺さんには世話になったから、その弟子であるあの嬢ちゃんのこと色々と面倒見てやってるのよ」

「は、はぁ」

「そうか、アルカナドールを召喚したってこたぁ、あの嬢ちゃんもすっかり成長したってわけだ。時が経つのは早いな」


 うんうんと頷く猫顔の人。一人でなにやら感慨にふけっているようだ。

 ちなみにこの猫人、オス……いや、男性のようだ。声が男のものだし、何より体つきがどう見ても女ではない。


「そういえば、どこから降って来たんですか?」

「ああ、あそこからだぜ」


 猫人はすっと人差し指を上に向けた。

 あそこ、とはまさかこのでかい木の上なのだろうか。


「ん、んん……?」


 よーく見ると、木の幹にくぼみがあった。そこからジャンプして降りたのだろうか。


「俺様の家さ。見えるだろ」

「あのくぼみですか?」

「そうだ。あそこから木の中に入れるってワケよ」

「え、でもどうやって戻るんでしょう? 三十メートルくらいありますけど」

「簡単なことさ」


 言って、猫人はひょいひょいひょいと木を上っていった。

 その様子を俺はぽかーんと口を開けて眺めていた。

 軽業師でもマネ出来そうにないレベルの木のぼりだった。猫人は一瞬でそのくぼみまで到達してしまった。


「……すごい」


 思わず言葉が漏れた。

 さすがは異世界。常識が通用しない。


「ほっ」


 シュタっと着地し、猫人は俺の目の前にまでやって来た。


「とまあ、こんな感じだな」

「え、えっと、今の木のぼり、この世界の人なら誰にでも出来るんですか?」

「んなわけないだろ。木のぼりは俺様の特技だからな」

「やっぱり猫だからですか?」

「まあな。俺様は獣の亜人。腕力と脚力が他の種とは段違いだぜ」

「へー……」


 亜人、か。人間っぽいけど違う人達のことかな。


「そういや自己紹介がまだだったな。俺様はエウィン。さっきも言ったがこの森の管理人だ」

「私はイオです。アルカナドールやってます。一応愚者の化身らしいです」

「愚者の……? お前がか?」

「はい」

「お前みたいなチビッ子が愚者の化身ねぇ……」


 エウィンさんは俺の周りをグルグルと回り始めた。


「さすがは爺さんの弟子なだけあったってわけか。で、能力は判明したのか?」

「能力?」

「ドール固有の能力だよ。知らねえのか?」

「あ」


 そういえばウルリカさんがそんなこと言ってたような。

 アルカナドールにはそれぞれ固有の異能がある。俺の異能とやらが何なのか、それはまだ分からない。この能力次第で俺の強さが決まるのだろう。


「その様子じゃまだ知らないみたいだな。ま、召喚したてじゃ仕方ないわな」

「私がいつ召喚されたか分かるんですか?」

「そりゃあな。俺様はエウィン様だぜ?」

「猫の人はそういうことも分かるんですね」

「そうよ。俺達は鼻が利く。能力ではエルフやドワーフにも負けず劣らずだぜ」

「エルフ……ドワーフ……」


 ファンタジーらしい種族だ。

 俺の知識が正しければ、エルフは魔法に長けていて、ドワーフは鍛冶とかが得意だったはず。といっても、この世界でもそうとは限らないけどな。


「ま、お前はまだこの世界に来たばかりだろうからな。分からないこともあるだろ。そこら辺も俺様が教えてやっていいぜ?」

「ホントですか?」

「ああ。それじゃそうだな……、何か知りたいことあるか?」

「知りたいこと……うーん……」


 あり過ぎて困るな。

 昨夜ウルリカさんに色々お話してもらったけど、それだけで全て把握できるほど狭い世界ではない。どうやら地上は地球並の広さっぽいし、国や文化も様々だろうし。知りたいことが多すぎる。


「あ、そうだ。質問なんですが、ここってどこかの国の土地なんですか?」

「お、いい質問だな」


 そう言って、エウィンさんは白い歯を見せた。


「この場所はどこの国にも属さない土地だ。この世界には様々な文化や思想を持った国があるが、それらが全ての土地を支配しているわけじゃない。ここは最南端のベスタ大陸にあるパラスっていう森林なんだが、ここら一帯はまだどの国のモノでもないのさ。だから戦争や紛争なんかの大きな争い事はない平和な土地だ」

「でも、法がなければ無法地帯になりそうですけど……」

「それはあれよ。俺様のような管理人がそういった輩はしばくからな。このベスタ大陸には俺様みたいな土地の管理人がいて、そいつらが各々土地を守ってんのさ」

「つまり、ここはベスタ大陸のパラス森林で、あなたが法というわけですか?」

「そんな感じだな。ま、なんだかんだいってこのパラス森林も小さな国みたいなもんかもしれねぇけどな。あと、別に俺様が法ってわけじゃねえ。気に入らないやつはぶっ飛ばすだけだからな」

「り、理不尽だ……」


 エウィンさんの機嫌を損ねたらぶっ飛ばされるのか。俺も気をつけないとぶっ飛ばされかねないな。


「ま、つってもこのパラス森林に人間はほとんどいないけどな。あまり広くもないし、森だから好んで居を構えるやつの方が珍しい」

「じゃあ、ウルリカさんは珍しい人なんですね」

「ウルリカというよりも、ファウストの爺さんが物好きだっただけだろうな。こんな辺境の何もありゃしない場所に家造ってよ。何考えてんだか」

「あまり他人と話したくない人だったのかもですね」

「それはあるかもな。賢者やってたくらいだし、引きこもって誰からも邪魔されずに魔術の研究したかったのかもな」

「ファウストさんは凄い賢者だとウルリカさんから聞きましたが……」

「ああ。それは間違いない。この俺様が保障するぜ」


 グッと親指を立てるエウィンさん。

 なるほど、ファウストさんは本当に凄い賢者だったようだ。

 きっとマダ○テとか使えたに違いない。


「――っと、そうだ。一つだけ忠告しておく」

「なんでしょう?」

「アルカナカードだけは、マスター以外に持たせるなよ」

「それは、私が愚者の化身だからですか?」

「それ以前にお前はアルカナドールだからな。ウルリカは信用できるやつだが、この世界全てがそんな善人ばかりじゃない。ほいほい知らないやつについて行ったんじゃ、身を滅ぼしかねないぞ」

「……そう、ですね」


 そんな阿部さんみたいないい男がこの世界にたくさんいるとは思えないが、ほいほい知らない人について行ったりなんかしない。

 良い人悪い人はどんな世界にもいるもんだ。きっとこの世界も例外じゃない。

 生前の世界にも、様々な人がいた。だからこの世界も同じなんだ。


「――お、嬢ちゃんが帰ってきたみたいだな」

「それも鼻で分かるんですか?」

「おうよ。ま、限界はあるがな」

「それでも頼もしいです」

「はっはっは。そうだろうそうだろう。伊達に獣人やってないぜ」


 獣人だということに誇りを持っているのだろう。エウィンさんは自慢げだ。


「さって、そろそろお前も帰りな。ウルリカが心配するだろうしな」

「そうですね。お邪魔しました」

「おう」


 ひらひらと手を振ってエウィンさんは俺を見送ってくれた。

 先程潜った箇所を戻り、開けた場所に出た。

 そこにはさっきの猫がまだいた。どうやら俺のことを待っていてくれたみたいだ。


「にゃぁぁ」

「おーよしよし。お前ってあのエウィンさんの仲間なのか?」

「にゃ」

「おーやっぱりそうか。俺もあの人のところに導いてくれたんだな」

「なぁぁ」

「帰りも頼むよ」

「にゃ」


 再び猫について行き、俺はウルリカさんの家の近くにまで戻ってきた。

 家の扉の前でウルリカさんがおろおろしている。もしかしたら心配させてしまったのかも。

 急いでウルリカさんの元に駆け寄る。後ろを見ると猫はすでにそこからいなくなっていた。


「あ、イオ! どこ行ってたのよっ?」

「ご、ごめんなさい。少し探検してみたくなっちゃいまして」

「もう! いなくなったのかと思って心配したじゃない! でも、無事で何よりだわ」

「わ」


 ぎゅーっと俺の身体を抱きしめて、ウルリカさんは頭を撫でてくれた。

 何故だろう、ふと生前の時の母さんのことを思い出してしまった。

 病弱な俺をいつも励ましてくれた優しい母さん。いつだって俺の味方だった母さん。そんな母さんとウルリカさんが重なって見えた。

 俺にとってこの世界の母はウルリカさんなのかもしれない。なんて、そんなことウルリカさんに言ったら怒られそうだけど。

 昨日ウルリカさんも言ってたが、よくて俺は妹ってとこだろうな。年齢的に。


「さ、中に入りましょ。イオに渡したい物もあるし」

「渡したい物、ですか?」

「そ。さっき街で買ってきたのよ」


 言って、ウルリカさんは俺の背中を押した。

 ウルリカさんの言う渡したい物。果たしてどんなものなのだろうか。

 それは中に入ってからのお楽しみのようだ。

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