手合わせ②
空き地の周りには、大勢のギャラリーが集まってきていた。
みんな、カイゼルさんの戦いを一目見ようと駆けつけたのだろう。
そのカイゼルさんの相手が自分だというプレッシャーに押しつぶされないよう、必死に集中力を高める。
精神論だが、相手を恐れたらその瞬間に負けが決まる。何度もエウィンさんに言われてきた事だ。
エウィンさんの教えを頭の中で反復し、目の前の相手を見据える。
ハンデのつもりなのか、大きな剣を背負っている。カイゼルさんが背負う大剣。どれくらいの重さなのかは分からないが、外見だけ見るとかなり重そうだ。
「どうした。怖気づいたか? それとも、集中を高めているのか。……ふむ、どうやら後者のようだな」
「……」
カイゼルさんは本気を出さないと言った。それに、重い武器も背負っている。つまり、スピードでは勝機がある。身体も俺の方が圧倒的に小さい。なら、パワーに魔力を回さず、スピードに配分した方がいいか。
よし。やれる。相手はただのおっさんだ。最強のクランのリーダーなんて称号、気にしなくていい。
それに、ウルリカさんにも見てもらいたい。俺は守られるだけの存在じゃないって事を。これから旅をしていく中で、守護の対象じゃなく、背中を預けられるパートナーとして。一緒に戦っていく相棒として見てもらいたい。その為には、あのカイゼルさんに勝つ。そのつもりでやらないとダメなんだ。
「行きます……!」
拳を握りしめ、しかし身体は力を抜き、俺はカイゼルさんに突撃した。
まずは牽制だ。いきなり本命を打ち込むのは相手の力量を把握している場合か、そうするしか選択肢がない場合だけだ。今回の敵は実力をまだ計りきれていないし、手合わせという状況だから無理をする必要もない。
「様子見というわけか……! いいだろう。俺もそのつもりだ」
「――はっ!」
地を蹴り跳躍する。
ライダーキックの要領でカイゼルさん目掛け飛び込む。
恐らく腕でガード、もしくは回避行動を取ってくるはずだ。瞬時に頭の中で次の行動を決定し、実行に移す。
「避けるまでもない!」
「なら……!」
腕でガードされた事を利用するだけだ。
相手の腕を使い、再度跳躍する。着地点はカイゼルさんの背後だ。
「これなら!」
短い足を精一杯伸ばし、足払いをかける。
ここまでは俺の脳内でイメージ出来ていた。だが、この手をどうさばかれるのかを想像するのは容易じゃない。
「見えてるぞ!」
「な!?」
俺が足払いをする事を事前に知っていたかのようにカイゼルさんは回避した。
まさか俺の行動を読まれていた……?
いや、そう簡単に読めるもんじゃない。そもそも、戦闘では何が起こるか分からない。敵の行動の予測なんてやるだけ無駄だ。
ならば、俺のスピードが捉えられているのだろう。そうとしか考えられない。
だが、そういう事なら話しは早い。
「もっと、もっと速く……!」
「む……!?」
今以上の速度で対抗するだけだ。
身体能力強化をさっき以上に足の筋力に回す。
アルカナドールの魔力量は常人の2倍以上ある。だから、こういった単純に魔力の大小に影響する魔法はドールにとって扱いやすい。
「まだ速くなるか……!?」
「もっと……もっと……ッ!!」
難しい事を考えるのは止めだ。
直感を信じて、思うがままに敵を討つ!
「このスピード……、アイツ並……いや、それ以上か!」
「せいッ!」
懐に入り込み、低いところから掌低を繰り出す。
だが、さすがにこの速さでは魔力の配分調整が追い付かない。もっと俺に力があれば、このスピードから高威力の一撃を繰り出す事が出来た。今言っても詮ない事だが、思わずにはいられない。
「やるな! だが!」
「う……っ!?」
やはり力不足か。
掌低はカイゼルさんの剛腕に振り払われてしまった。
だけど、怯んでいられない。一発の火力がないのなら小さいのをたくさん入れ続けるだけだ。俺にはもう、それしかない。
「ふっ! はっ!」
しばらく俺の攻めが続いた。
だけど、中々一撃をカイゼルさんに入れる事が出来ない。
「この俺が防戦一方とはな……! だが、そろそろ反攻させてもらう!」
「……!?」
嫌な予感がして一度カイゼルさんから距離を取った。
なんだろうか。カイゼルさんの構えが変わった。ここからが本当の勝負と言わんばかりだ。
実戦経験の浅い俺でも分かる。今のカイゼルさんは近づいてはダメだ。あの剛腕の射程圏内入れば、軽く撃ち落とされる。そんな気がした。
躊躇っている。攻めあぐねている。相手に近づくのが怖い。
そう思わされた時点で、俺は負けている。それだけの覇気をカイゼルさんは放っている。
……恐れるな。恐れちゃダメだ。
何度も何度も心の中で自分に言い聞かせる。
だけど、身体が言う事をきいてくれない。
「どうした。俺が怖いか」
「……ッ」
見透かされている。俺がカイゼルさんを恐れてしまった事。
そんな時、ふとウルリカさんの姿が視界に入ってきた。心配そうに俺の事を見守ってくれている。
……そうだ。俺はウルリカさんに守られるんじゃなくて守りたいんだ。それなのに、心配させてどうする? 不安にさせてどうする? ……勇気を出せ。今の俺は生前の引きこもりニートじゃない。身体が弱くて、何をするにも臆病だった伊吹直人じゃない。ウルリカさんに召喚された愚者のアルカナドール、イオだろう!
「ああああぁぁぁぁッ!!」
目一杯叫び、俺はカイゼルさんに突撃した。
策などない。だけど、向かってやる。立ち向かってやる。
俺はもう、逃げたくない。カイゼルさんにだって、立ち向かってやるんだ。相手はただのおっさん。何の変哲もないおっさん。そこらへんいるおっさんだ! 何も怖いものなんてない!
「ただの! おっさんに! 負けるかぁぁぁぁ!!」
「なにィ!?」
「やぁああぁぁぁぁ!!」
一瞬カイゼルさんの面食らった顔が見えたような気がした。
無様にも、最後の一撃はへんてこなタックルだった。だが、そのタックルは見事にカイゼルさんに直撃、その身体を吹き飛ばしていた。
色んな衝撃で頭が理解に追いつかない。
というか、頭頂部から突っ込んだから頭が凄く痛い。
「いてててて……」
むくっとカイゼルさんが起き上がる。その顔は何故かニヤけ顔だった。
「やはり俺の思った通りだった。こんな大陸の南端にまで来た甲斐があったってもんだ」
ぱんぱんと服についた汚れを手で掃いながら、カイゼルさんは俺の方へとやってきた。
どうやら手合わせはここまでのようだ。もうカイゼルさんからは闘気を感じられない。
「イオ」
「は、はい」
「それとそっちのお嬢ちゃん」
「なによ」
「2人とも、俺のクランに入らないか?」
「「え……ええ!?」」
そのカイゼルさんの言葉に、俺とウルリカさんはまったく同じ驚きの声を上げるのだった。