手合わせ
カイゼル・シュライバーという有名人と一緒だからか、やたらと村人たちから注目されながら歩いた。人の視線を集めるのは正直あまり好きじゃないので、俺は目的地につくまで終始そわそわしていた。
で、現在。俺達は空き地へとやってきた。
空き地はかなり広く、周りに人もいないため決闘にはもってこいの場所だ。ここでなら魔術を使用しても被害はないだろう。魔法使いであるウルリカさんも思う存分戦える。
冒険者ギルドに行って、いきなり面倒事に巻き込まれるとは。いきなりこんな事になるとは思いもしなかったけど、ミィを宿屋にお留守番させておいてよかった。ミィがこの場にいたら危なかったかもだし。
「ここでなら思う存分やれるだろう」
「ああ!」
「――そうね。広さも申し分ないわ」
火花を散らしながら、ウルリカさんと男は戦闘態勢に入った。
バトルアックスを構え、中腰の男。
対してウルリカさんは何も構えず自然系だ。考えようによっては相手を馬鹿にしているようにも取れる。
「決着だと思ったら俺が止める。それと、当然だが殺しは無しだ。本当に危ないと思っても俺が介入するからそのつもりでな。――それじゃ適当に始めるといい。俺はこの子とお喋りでもしておこう」
「な――! カイゼル・シュライバー! イオに変な事したら許さないわよ!?」
「嬢ちゃんよぉ! よそ見してる暇があるのか!?」
「く!?」
斧の男が隙をついて急接近してくる。
だが、獲物が大振りでその速度はそこまでじゃない。
「オラァ!」
「この程度……!」
魔法使いのウルリカさんでも、軽く避けれるくらいのスピードだ。
それほど斧という武器は一撃の威力にかけた物なんだろう。
「ちょこまかと小賢しい!」
「貰ったら終了なんだから当然でしょうが……!」
バトルアックスの一撃を避けつつ、魔術を放つタイミングをウルリカさんは見計らっている。きっと、どっちも一撃当たればケリがつく。そんな気がした。
「――お前さん、イオって言うのか」
ウルリカさんと斧の男の戦闘を見ていたら、唐突にカイゼルさんに話しかけられた。
「は、はい」
「歳は?」
「ええっと……」
何歳だ俺。
見た目的に10歳前後か。
よし、適当に9歳にしとくか。
「9です」
「おおそうか。俺はカイゼル・シュライバー。クラン『ウルスラグナ』のリーダーをやってる。ちなみに歳は32な。もうおっさんさ」
「は、はぁ……」
「はっは、興味なかったか」
「い、いえ……」
なんて答えりゃいいんだよ。
しかし、カイゼル・シュライバー。かなり気さくな性格みたいだ。俺みたいな子供にも親しげに話しかけてくるんだから間違いない。うん。
「おっさんって呼んでもいいぞ」
「えっそれは……」
「冗談だ」
「は、はぁ……」
なんだこのおっさん!?
しかし、親しいというより馴れ馴れしいなこの人。
俺はあまり人と喋るの得意じゃないんだ。こんなにガンガン話しかけられたらテンパってしまう。
「ああそうだ。イオ、俺と手合わせしてみないか?」
「え!?」
いきなりなんてこと言い出すんだこのおっさんは!?
ま、まさかこの人もロリコン……?
ってディーンさんはロリコンじゃなかった。
「ちょっとイオの実力を見てみたくてな。冒険者になろうってんなら、武術の心得はあるんだろ? 大丈夫、本気でやりはしないさ」
「そ、そういうことなら……」
マジな決闘じゃないならいいか。
それに、俺自身このカイゼル・シュライバーという男にどこまで通用するか確かめてみたいという気持ちもある。まあ、相手は最強のクランのリーダーだし、まず勝てないだろうけど。
「得物は無しだ。それでいいか?」
「は、はい……っ」
「そろそろあっちも決着みたいだしな。2人の決闘が終わったら、次は俺達の番だ」
カイゼルさんは視線を2人の決闘に戻した。
俺も同じように決闘の様子を確認する。
それほど心配はしていなかったが、やはり勝ったのはウルリカさんのようだ。
「――これで終わりね」
「クソ……! こんな小娘に……ッ」
見ると、氷の槍が斧の男を完全に包囲していた。あれではもうどうしようもないだろう。素直に降参するしか道はない。
「終わりだな。決着だ」
「く……!」
「嬢ちゃんの勝ちだ。戦ってみて分かっただろうが、冒険者ってのは見た目で全てが決まるわけじゃない。お前もこれで少しは勉強になっただろう」
「……ッ」
カイゼルさんが勝敗を決めた。もう覆る事はない。
負けた斧の男は顔を真っ赤にしながら納得いかない顔をしている。余程悔しいのだろう。あれだけの啖呵を切ったのだ。それでこのザマでは、どうしようもない。
「……チッ」
露骨に舌打ちをする斧の男。
負けを認めたのか、バトルアックスを下ろす。
「ふん。アタシの勝ちよ」
すっと魔術で造られた氷の槍が消えた。
ウルリカさんは肩の力を抜き、ふぅと息を吐く。緊張状態から抜け出したようだ。
――と、その瞬間。
「――バカが!! 俺はまだ負けを認めてねぇッ!!」
「な……!?」
豹変した斧の男は、戦闘態勢を解いたウルリカさん目掛けて思いっきり斧を振りおろしてきた。
「ウルリカさん!!」
ヤバいと思い叫ぶ。
あの距離じゃさすがのウルリカさんでも反応できないかもしれない。
「――やれやれ……」
「え……?」
1つ瞬きをした直後、男のバトルアックスが真っ二つになっていた。
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
斧の男もポカンと口を開けて呆けている。
「そこまで性根が腐ってるとは思わなかったぞ。お前の方が冒険者を名乗る資格がないようだな」
「……っ」
カイゼルさんだった。
一瞬で俺の隣から移動し、斧の男のバトルアックスをその大剣で両断してしまった。
凄い。あんなでかい武器を担いでこんなにはやく動けるなんて。
やっぱり最強のクランのリーダーという肩書は伊達じゃないという事か。
気付けばいつのまにかギャラリーが増えていた。空き地の周りを囲むようにして村人たちが集まってきている。
そのギャラリーの中の数人が、斧の男に非難の声を浴びせかけ始めた。
「最低な野郎だ!」
「冒険者とは思えないな!」
「やってることそこらのチンピラと同じじゃないのさ!」
そーだそーだと便乗して他の人達もが吼える。
その波はやがて大きなものになり、声の圧力として斧の男に降りかかった。
「クソ! ――クソッ!!」
斧の男はいたたまれなくなったのか、武器を捨てて逃げていった。
斧の男との争いは、存外呆気なく終わった。
元から小心者だったのかもしれない。1人だったようだし、溜まっていたフラストレーションを解消するべくウルリカさんに突っかかってきたのかも。
しかし、なんというか最初から最後まで嫌なやつだったな。まあ、冒険者が全員ディーンさんのような人間じゃないと早くに分かったし、いいか。
「冒険者にも色んなやつがいるって事だ。ま、あれは珍しい部類だろうが」
気にした様子もなくカイゼルさんは飄々としている。
「別に助けてもらわなくても大丈夫だったけど、カイゼル・シュライバー。一応お礼は言っておくわ」
「ああ。なら一応受け取っておこうか」
「――で、どうしてあなたがストレッチしてるのかしら? アタシはあなたと戦うつもりじゃないんだけど」
「俺が戦うのはこっちの嬢ちゃんさ。な、イオ」
「あ、はい」
「はぁ!? それもきいてないんだけど!?」
「まあ気にしなさんな。軽く手合わせするだけだ。武器も使わないし、俺も本気を出すつもりはない。ま、もしかするともしかするかもしれんが」
不敵に笑い、カイゼルさんは言った。
「……イオはそれでいいのね?」
不安そうな顔でウルリカさんがきいてきた。
「はい。腕試しと思って頑張りますっ」
「イオがいいのなら止めはしないけど……」
言って、キッとカイゼルさんを睨むウルリカさん。
「イオに何かあったら許さないわよ」
「おー怖い。でもま、怪我はさせないから安心しな」
「ふん。ならいいけど」
ウルリカさんに合意を得て、俺も戦闘態勢を整え始める。
軽く身体を伸ばし、ストレッチ。
空き地の中央まで行き、先にスタンバイしていたカイゼルさんと見合う形になる。
「ギャラリーも増えたが、気にしなくていい。全力でかかってこい」
「はい……!」
かくして俺とカイゼルさんの手合わせが始まった。