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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第一章
35/110

お人好し



 しばらく宿屋で待っていたら、ウルリカさんがお医者さんを連れてきた。

 お医者さんに容態を見てもらったところ、ただの熱だそうで、大事はなさそうだった。一応薬を貰い、それを服用するよう言われたが……まあ大丈夫だろうとの事だ。

 それからお医者さんも帰り、すっかり外も暗くなってしまった。

 カーテンを開けた先は、海が見える。

 港町レネネト。その宿屋だから海が近いのは当然だ。

 港には船がいくつか停泊しており、明日の出港へ向けて準備されているのだろう。昼間は賑わっていた露店の集まった市場も、今はすっかり静まり返っている。


「ミィ、もう私達中央大陸にまで来たんだよ」

「にゃぁ」

「この町でディーンさんと同じ冒険者になって、旅をする。まだ始まったばかりなのに、色々あった。海賊と戦ったり、無人島に漂着したり。これからもそういう事がたくさんあるのかな」

「にゃぁ~?」


 首を傾げるような仕草をするミィを撫で、俺はこれまでの事を振り返った。

 日数でいえば、まだ数日。初日にコビンで海賊と戦い、次の日に船に乗った。無人島で1日を過ごし、またこのレネネトでも1日が経った。

 思えばエウィンさんがいるパラス森林を出て4日しか経っていない。初っ端から飛ばし過ぎな気もするが、それもたまたまだと思いたい。

 さすがにこうも連続して色々あってはきつ過ぎる。

 とにかく当面の目的は冒険者になる事で間違いないだろう。

 と、ベッドの上でこれまでの事とこれからを考えていたらドアがノックされた。


「イオちゃん、いる?」

「でぃ、ディーンさん!?」


 声で分かる。ドアをノックしているのはディーンさんだ。


「いるみたいだね。入ってもいいかな?」

「ど、どうぞ」

「それじゃあお邪魔しますっと」


 ドアを開けてディーンさんが部屋に入ってきた。

 すぐに俺のベッドの近くに置いてあった丸イスにディーンさんは腰を下ろした。

 どこで新調したのか、新しい剣を腰に装備している。

 キングクラーケンと戦っている際に使用していた剣は海の藻屑となってしまった。俺の短剣も同じだ。


「具合はどう?」

「特に問題ありません。お医者さんも大丈夫だって言ってましたし」

「そっか。よかった」


 ほっと胸を撫で下ろすディーンさん。

 どうやらディーンさんにも心配かけてしまったみたいだ。


「あ、あのさ、ウルリカ……さんは?」


 唐突にディーンさんが訊いてきた。

 なんだか恐る恐るといった感じなんだが、俺の知らぬ間に何かあったのだろうか。


「えっと、ちょっと買い出しに行ってくるとの事らしいです」

「こんな夜中にかい?」


 少しだけディーンさんは驚いた。


「魔具関係のお店に行くみたいな事言ってました。夜にしか開いてない場所があるみたいで……」

「なるほどね。でも、君のお姉さんは本当に元気だなぁ」

「元気と言われれば肯定しますが……」


 夜出歩くだけで元気なイメージになるだろうか。


「まだウルリカさん寝てないんじゃない?」

「へ?」

「ベッドも綺麗なままだし……、昨夜から今朝にかけては医者を捜すために駆け回ってたんだよ。まあ、見つかったのは今日のお昼過ぎだったみたいだけどね」

「……そう、だったんですか……」


 ウルリカさん、俺のために寝ないでお使者さんを捜してきてくれたのか。

 ウルリカさんは本当に優しい人だ。次顔を合わせたらもっとお礼を言わないとだな。

 

「いいお姉さんだよね。イオちゃんのこと本当に大事に思ってるよ」

「はい。私もウ……じゃなくてお姉ちゃんのこと大事に思ってます」


 危ない。

 そういやディーンさんには一緒に船に乗っていたウルリカさんの事を姉だと説明したっけ。


「仲の良い姉妹なんだね。でも、ウルリカさんとイオちゃんってあまり似てないよね?」

「そ、そうですか?」

「うん。まあ、そういう兄弟だってたくさんいるけどさ」

「い、いますよね。はははは……」


 本当の姉妹じゃないからな。似てなくて当然だ。


「でも、本当によかった。イオちゃんが元気になって」

「ご、ごめんさない。ご迷惑かけちゃったみたいで……」

「それは全然平気だよ。むしろもっと迷惑かけてもらいたいくらいさ」


 笑顔でディーンさんはそう言った。

 迷惑かけて欲しいって、やっぱりディーンさんはとことん物好きな人だな。普通は嫌がる場面だろうに。

 でも、ディーンさんのそういうところ嫌いじゃない。


「――ただいま……って、何かいるし」


 戻ってきたウルリカさんは、明らかに嫌そうな顔をしてディーンさんを見た。

 そのままの顔でウルリカさんは買ってきた荷を適当に置いて、俺のベッドの近くにまでやってきた。


「あまりイオに近づかないでよね」

「は、ははは……。なんだかいきなり嫌われちゃったみたいだ」

「当然でしょ。幼女に膝枕する趣味を持ってる変態なんだから。イオを助けてくれた事には感謝してるけど、やっていい事と悪い事はあるわよね?」

「そう……だね。僕も知らない男が妹に膝枕していたら良い気分ではないだろうし。その事については悪いと思ってる」


 申し訳なさそうに言うディーンさん。

 でも、膝枕の件は俺の意思でもあったわけだからディーンさんだけが悪いわけじゃない。その事もきっとウルリカさんは知っているんだろうけど、納得できない部分もあるんだろう。


「……。素直すぎてびっくりするわ本当に。いつか痛い目見るわよ」

「……もう見たさ」

「え?」

「いや、気にしないでくれ」


 そう言うと、ディーンさんは立ち上がり背を向けた。


「イオちゃんの元気な姿も見れたし、僕は戻る事にするよ。この町にはまだいるつもりだから、冒険者について分からない事があったら遠慮なくきいてくれ。それじゃあ」


 そう言い残し、ディーンさんは部屋から出ていった。


「やれやれ。彼、本当に大丈夫かしら」


 ディーンさんが出ていった扉を見ながら、ウルリカさんは呟いた。


「どういうことですか?」

「いや、お人好しの権化みたいな性格だから、悪いやつに騙されたりしないかなーなんてね」

「それは……ないとは言い切れませんね」


 あの良い人っぷりではすぐに騙されそうだ。

 でも、冒険者としてやってきてるみたいだし、多少の事は大丈夫だろう。


「最後の言葉も気になるけど……。まあ、それをアタシ達が気にしてもしょうがないわね。――あ、それと明日は冒険者ギルドに行くわよ」

「はい」


 ようやく冒険者のスタートラインに立てるのか。

 ここまで短いようで長かった。


「だから今日は早めに寝ましょうか。――ふわぁ……」

「あ……」


 欠伸をするウルリカさんを見て、さっきディーンさんが言っていた事を思い出した。


「ウルリカさん」

「ん?」

「その、私のために寝ないでお医者さんを捜してくれたそうで……。ほんとうにありがとうございました!」

「あ、ああ……。気にしなくて大丈夫よ。イオのためだもの。やれる事はするわ」


 当然のことのようにウルリカさんは言った。


「ウルリカさんも優しいですよね。ディーンさんと同じです」

「あ、あんな変態と一緒にしないでよね、もう!」


 露骨に嫌そうな顔をするウルリカさん。

 しかし、そんなにディーンさんの事嫌いなのか。


「そういえば、ディーンさんとは話したりしたんですか?」

「そりゃあね。帰りの船の中で色々と話を聞いたわ。まあ、悪いやつではないみたいだけど。イオを助けるために海に飛び込んだんだし」

「えっ?」


 ディーンさんも海に落とされたんじゃなかったのか?


「イオがキングクラーケンに掴まって、海に放り出されたらしいのよ。それを見てあいつは一目散に海に飛び込んだ。アタシは丁度その時船首に出て、彼が海に飛び込むのを見たから間違いないわ」

「ディーンさん……」


 俺の事を思って自分も一緒に落とされた風に言ってくれたのか。

 本当にお人好しだ。ウルリカさんも心底嫌っているわけじゃないみたいだし、その点についてはよかった。


「ま、感謝はしてる。イオの命の恩人なんだしね。でもだからといって膝枕をしていたのは許容できないわ」

「は、はは……」


 その膝枕は俺の合意をもって為された事は言わない方がよさそうだ。

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