目が覚めたら
生前の夢を見た。
まだ俺は高校生で、学校もちゃんと行っていた頃だ。
毎日同じような日々を過ごしていた俺は、その生活に飽き飽きしていた。
朝起きて学校へ行き、適当に授業を聞き流し昼飯を食べる。午後の授業が終われば部活もせずにさっさと家に帰り、ごろごろして過ごす。そして夕飯を食べてお風呂に入ってベッドにもぐる。そんな日常を夢で見た。
あの頃の俺には、生きる活力がなかった。勉強もしない、運動もしない、怠惰な生活を送っていたと思う。だから大学に行っても中退し、それからは引きこもりになったんだ。
生きる目的がなかった。
身体も弱くて何かしようにもその体質が邪魔をした。そう生前は思っていた。
だけど、結局は病弱な身体を言い訳に逃げてきただけだ。こんな俺でも何か出来たはずだ。この世界に来てから、そう強く思うようになっていた。
「……なんでこんな夢を……」
どれくらい眠っていたのか、頭が滅茶苦茶痛い。
まだ少し熱があるのか、だるさが抜けきっていなかった。
疲れた身体に鞭を打ち、上体を起こして辺りを確認する。
「ここ、どこ……?」
俺は無人島にいたはずだ。なのに、俺が今寝ているのはちゃんとしたベッドの上だった。
まさか、瞬間移動でもしたのだろうか。
左手には窓がある。しかし、カーテンが閉まっているせいで外の様子までは見る事が出来ない。
右手にはもう1つベッドがあった。だが、そこには誰もいない。整えられたままだ。
「寝ている間に一体何があったんだ……」
状況が飲み込めない。
まさか、寝ている俺を連れてディーンさんがあのいかだで大陸まで渡ったというのか。そんな非現実的な事が起こり得るとでもいうのだろうか。
ここはどう見ても寝室だ。洞窟の中なんかじゃない。どこかの宿屋のようにも見える。
「でも、助かった……?」
あの絶望的な状況で、助かるなんて。
半ば諦めかけていただけにこの事実に驚いてしまう。
こっちが夢なんじゃないかと疑ってしまいそうだ。
「ちゃんと痛いし」
適当につねってみると、しっかりと痛みがあった。つまり現実だ。
俺の知らぬ間に、どうやら助かったらしい。
そういえば、服も変わっている。ウルリカさんの家で着ていた寝るとき用の服だ。
という事は、ウルリカさんが……。
なんて俺が考えた瞬間に、部屋の扉が開いた。
「――イオ! 目を覚ましたのね!」
「あ――」
ウルリカさんだ。
今、俺の目の前にウルリカさんがいる。
「具合はどう? 熱を出してたみたいだったけど……」
「えっと、ぐっすり寝てたからか大分楽になりました」
「よかった。丸1日くらい寝てたから心配だったけど大丈夫そうね」
「い、1日もですか!?」
どんだけ寝ていたんだ俺は……。
どうりで変な夢を見るはずだ。
「ええ。といっても、ここに来てからはその半分くらいだけど」
「そういえば、ここってどこなんですか?」
「レネネトの宿屋よ。昨日無人島にいたイオとあの男を発見して、船でここまで戻ってきたの。あの周辺には無人島がたくさんあって、捜索は難しいって言われてたんだけど、ミィのおかげで助かったわ」
「ミィが……?」
「うん。ミィがイオの匂いを覚えていたから、どこにいるのか近くに行けば分かるみたいだったの。だからどこの島にイオがいるかを島に近づけばミィが教えてくれたのよ。」
「そう、だったんですか……」
そういえばミィはどこにいったんだろう。ウルリカさんと一緒じゃなかったのだろうか。
「って、ん?」
毛布の中に温かい感触が……。
「にゃぁ……」
「ミィ!」
どうやらミィは俺のベッドの中に潜り込んで寝ていたらしく、その眼は少し眠たげだ。
「ふふ、ミィもイオの事心配してたのよ? 寝ている間もずっとあなたの傍にいたみたいだしね」
「ミィ……っ」
俺はミィを抱きしめた。
ミィも俺の事を心配してくれてたのが嬉しかったのだ。
少しの間離れていただけなのに、ミィの温もりが懐かしく感じられた。
俺は戻ってこれたんだ。ウルリカさんの元に。
ウルリカさんの顔を見て、一層現実味が湧いた。
もうここはあの無人島じゃないんだ。人がちゃんといる大陸だ。
「あのさ、イオ……」
「は、はい」
いきなり神妙な顔をしてウルリカさんは声をかけてきた。
とりあえずミィを離し、ウルリカさんの方を向く。
「ごめんなさい!」
「え……?」
いきなり頭を下げられてしまった。
「カードの力を使った事、ちゃんと謝りたいの」
「ウルリカさん……」
「あなたの気持ちをちゃんと考えずに服従させてしまった。だから、もう一度謝らせてほしい」
言ってから、凄い勢いでウルリカさんは頭を下げた。
「私は……」
そうだった。
俺が怒って部屋を飛び出したんだ。
それで勝手にどこかにいって勝手に迷子になって勝手にキングクラーケンと戦って。挙句の果てには無人島へ漂着する始末。
そんな俺を見捨てずに捜しに来てくれたのはウルリカさんだ。
確かにカードの件は寂しかったけど、こうして俺の事を思ってくれている事が分かったから、もう気にしなくていい。少しの間ウルリカさんと離れて、俺自身も気持ちの整理がついたみたいだ。
「頭を上げてください」
「イオ……」
「私はウルリカさんのドールです。でも、私も意思を持ってます。心を持ってます。その事をウルリカさんが分かってくれているのなら、もう何も言う事はありません」
「ええ……。あなたは私のドールの前に1人の人間。ちゃんと理解しているつもりよ」
まだ若干申し訳なさそうな表情でウルリカさんは言った。
「本当にごめんなさい」
誠意のこもった謝罪の言葉と共に、ウルリカさんはもう一度頭を下げた。
でも、これ以上はもういらない。
だから、次は俺がお礼を言う番だ。
「ウルリカさん。私の事を助けに来てくれてありがとうございました」
「……当然の事よ。イオはアタシの大切なパートナーなんだから」
少しだけ素直じゃないウルリカさんに懐かしい感じを覚えながら俺は続ける。
「無人島に流されて、正直もうダメかなって思ってました。でも、どうして私が生きてるって分かったんですか?」
「これよ」
そう言って、ウルリカさんはアルカナカードを取り出した。
「カード?」
「そ。イオがもし死んでしまったらこのカードに映ってる化身が消えてしまうの」
「あ……」
「船員はみんな死んでしまったと思いこんでいたけどね。アタシだけはイオが死んでいない事が分かっていたから、彼らに無理言って船を出してもらったのよ」
「色々ご迷惑をかけてしまったみたいですね……」
「気にしなくていいわよ。客船の船員もイオとあの男を助けたがってたから」
「あの男?」
「あの変態よ」
「へ、変態?」
「そ、変態」
多分ディーンさんの事を言っているのだろうが、変態とはどういう事だろうか。いやまあ、最初会った時俺も同じ事言ってたような気はするけど。
「アタシが島に駆けつけた時、あの優男イオに膝枕してたのよ! まったく、これが変態じゃなかったら何だと言うのか」
ぷんぷん怒るウルリカさん。
そういえば、俺は寝る前にディーンさんに膝枕してもらってたんだっけ。 いかん。思い出しただけで顔が熱くなってきた。
「まあ、なにはともあれ、まだイオは安静にしてなきゃダメよ。アタシはお医者さん捜してくるから」
「私はたぶん大丈夫ですけど……」
「念のためよ、念のため」
「わ、分かりました」
医者か。この世界にもそういった存在はいるんだな。
まあ、いないとまずいか。病気になったら治せないもんな。
「それじゃあ、行ってくるわ」
「はい。いってらっしゃい、ウルリカさん」
笑顔を残し、ウルリカさんは部屋から出ていった。
俺はしばらくミィと戯れていようかな。
それに、もう勝手に出歩いたりしたくない。
また迷子になりそうだ。