流されて無人島
俺は一度死んだ。
だけど、他の世界に転生し、2度目の人生を歩む権利を手に入れた。
転生後は生前と違う世界で、初めの頃は戸惑った。
生前と比べ一番変わった事といったらやっぱり外見か。性別も変わってしまったし、生前と同じようにはいかなかった。
背も低くなったし、髪も伸びた。身体も女だから生前とは別ものだ。
身体だけじゃなくて、内面も変化が生じてきている気もする。
やっぱり、ずっと同じ自分ではいられないのかもしれない。
だけど、性別が変わってしまった事などに対して文句は言えない。
だって俺は一度死んだのだ。再び地に立って歩けるだけでも幸せなんだと思う。もう一回人生を歩めるだけで、死んでいった他の魂よりも幸福なはずだ。得をしているはずだ。
「――…………」
死んだ、と思った。
そう簡単に思える事でもないのだが、確かに俺はあの時生を諦めかけた。
冷たい泥沼に埋まっていくような感覚だった。
それくらい絶望的だったんだ。
「……生き、てる……」
といっても、その表現はあながち間違ってはいなかったようだ。
どうやら俺はキングクラーケンに絞殺されかけた後、海に落っこちたらしい。服が濡れているし、塩臭い。
だけど、何故海に落ちて助かったのだろう。
それに、この焚火は誰が熾したものなんだろう。
そして、ここはどこなんだろう。
「……私は……」
助けられた。
誰かに助けられたのだ。
じゃないと、この状況は説明できない。
洞窟の中で俺は横になっていた。すぐ近くには焚火があって、身体が冷えないようにされている。どう考えても気絶していた俺が1人でに出来る事じゃない。
「波の音が聞こえる……」
という事は、海が近いのだろう。
船から落ちて、どこかに流されたという事か。
とにかく状況を整理しなければ。
そう思い、俺が立ち上がろうとした瞬間、洞窟の入り口からディーンさんが現れた。
「イオちゃん!!」
手に持っていた薪を全て放って、ディーンさんは俺の方に駆け寄ってきた。
その勢いのまま俺はディーンさんに抱きしめられてしまった。
目覚めたばかりで力が入らず、押しのける事も出来ない。
「よかった……! 君が無事で本当によかった……!」
「ディーンさん……苦し……」
「あ、ごめん! つい強くしすぎちゃったね」
そう言ってディーンさんは俺を解放してくれた。
俺を助けてくれたのはどうやらディーンさんだったらしい。
「あの、ここは……?」
「無人島だよ。島自体かなり小さいみたいで、誰も住んでいなかった。おかげでモンスターもいなかったから、そこは安心していいよ」
「無人島……」
流されて無人島に漂着したのか。そんな奇跡みたいな事起こったなんてにわかには信じられない。俺は気絶していたからなおさらだ。
「ディーンさんが、私を助けてくれたんですか?」
「助けたって言うほどの事はしてないよ。結局こんなとこに辿り着いちゃったわけだし……」
「でも、私は気を失っていました。私だけだったらまず死んでいたと思います」
海に落ちた確かな記憶がない。
つまり、俺は気を失ってから海に落ちたのだろう。
気絶した人間が海に落とされて生きていれるはずがない。
ディーンさんが助けてくれなかったら、多分俺は死んでいた。
謙遜しすぎだ。ディーンさんは俺の命の恩人といっても過言ではない。
「火を熾してくれたのもディーンさんなんですよね?」
「うん。でも、魔術を使えればもっとスマートに火を熾せたんだけどね」
はははと苦笑いするディーンさん。
それにしても、ディーンさんも魔術を使えないのか。俺と同じだ。
「隣いいかな?」
「はい」
「お邪魔するね」
言って、ディーンさんは俺の隣に座った。石でできた天然の椅子だ。
「これから……どうしますか?」
「そうだね……」
複雑な表情で、ディーンさんは薪を1つ焚火に投げ入れた。
「正直な話、僕達を助けに来てくれる人がいるとは思えないんだ。あの時、僕とイオちゃんは海に落ちたわけだけど、あの状況で助かるとは誰も思わないはずだ。実際にはなんとか無人島に流れ着いたんだけどね。僕ももうダメかと思ったけど、船の破片が漂ってたおかげでなんとか助かったんだ。それに掴まって波に流されるまま海を漂ってここに漂着したんだよ」
「私が気絶している間にそんな事が……」
「まあ、この島が近くに合ってよかったよ。さすがに延々と海を漂流は出来ないからね」
「運がよかった、って事ですよね」
「そうだね。ただ、どの道僕らにはこの島から出る術がない。真の意味で助かったとは言えない」
「…………」
「あ、ごめん! 大丈夫だよ、イオちゃんは僕が守るから!」
慌てた様子でディーンさんは言った。
でも、どうしてディーンさんは俺のためにここまでしてくれるんだろう。船で出会ったばかりだというのに、ほとんど初対面だというのに……俺なんかを構う必要なんてないのに。
キングクラーケンとの戦闘の時もそうだ。
俺の身代わりになってくれたり、敵の攻撃から身を呈して守ってくれたり、余程の事がない限りそんな事出来ない。
「――ディーンさんって、お人好しですよね」
ぽつりと口から漏れた言葉は、これだった。
素直に感謝すればいいのに、どうしてか反発したくなる。
ディーンさんがイケメンだからだろうか。生前の記憶のせいで拒否反応でも出ているのだろうか。
それにしては俺の心はなんだか温かい。今まで感じた事のない気持ちだ。
嫌っているわけじゃない。でも素直になれない。
何故だろう。ありがとうの言葉が口から出てこない。
「そうかな?」
「そうですよ。じゃなきゃ会ったばかりの人のためにここまでしません」
決めつけるように俺は言った。
「会ったばかりの人、か。イオちゃんから見た僕はそうなのかもしれないけどね。僕は……少し違うんだ」
「それはどういう……?」
ディーンさんの言ってる意味が分からない。
ディーンさんから見た俺も初対面だろう。一体何がどう違うと言うのか。
「僕には昔妹がいてさ。その妹がイオちゃんになんとなく似てるんだ」
「私がディーンさんの妹に?」
「ああ。短い髪に活発そうな服装。目元なんかも似てるよ。さすがに髪の色はそんな綺麗な銀色じゃなかったけどね」
「ディーンさん、髪は茶髪ですもんね」
兄が茶髪なら妹も同じなんだろう。
もしかしたら違うかもしれないが。
「……え、ていうか、昔……?」
ディーンさんの言い方に違和感を覚えた俺は、今頃そう口にしていた。
「うん。今はもういない」
「それって……」
「死んだんだ。いや、正確には殺された、かな」
「殺された……?」
「うん。モンスターにね。僕の目の前で、妹は殺されたんだ」
「……っ」
俺は息をのんだ。
目の前で、モンスターに妹を殺された経験があるディーンさん。
きっと、物凄く辛かったに違いない。
俺がディーンさんの立場だったら、どうなっていた事か。
「もう結構前の話だけどね。僕が冒険者になろうと思ったのも、それがきっかけだったんだ」
「モンスターに復讐するため、ですか?」
「それもあるけどね。妹を殺したモンスターを倒して仇をうってやりたい気持ちはあるよ。でも、それ以上に他の人達をモンスターの脅威から守りたいと思ったんだ」
「……」
俺は唖然としていた。
ディーンさんは根っからのお人好しだったのか。
「それに、強くなりたかった。今度はちゃんと、大事な人を守れるように」
「ディーンさん……」
だから、あんなに俺の事を守ってくれたのだろうか。
「イオちゃんは僕が守るよ。絶対に」
ディーンさんの眼は本気だった。
この絶望的な状況でも、まだ俺の身を案じてくれている。
もう十分守ってもらえたのに、ディーンさんはこう言ってくれているのだ。
トクン、と胸が高鳴った。
ディーンさんがすごくカッコよく見える。
「~~っ」
「い、イオちゃん!? どうしたの顔真っ赤だよ!?」
「な、なんでもありませんっ!」
不覚にも男にときめいてしまった。
そんな自分を責めたくて、俺はしばらく悶絶するのだった。