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服従のアルカナドール  作者: ゆらん
第一章
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偽りの安堵




 一回目の大きな揺れで、ウルリカは部屋の壁に身体を強く打ちつけた。

 イオを探しに行く矢先の出来事だった。

 船が大きく傾き、危うく沈没でもするのではないかという衝撃。

 何事か起こっていると瞬時に察知し、ウルリカは部屋を飛び出した。


「なんなのよ、一体……!!」


 あの傾きは尋常じゃない。

 まさかとは思うが、大型のモンスターに襲撃された……?

 とにかく、状況を知らなければ動きようがない。

 ウルリカは近くにいた船員クルーを捕まえて話を聞くことにした。


「ちょっと、何が起こっているの?」

「そ、それがまだ私にも分からない状態でして……。これから現状の確認を行いますので部屋で待機していてください」

「待機って、そんな事してる場合じゃないわよ!」

「ちょ、お客様!?」


 船員クルーを無視し、ウルリカは走り出した。

 とにかく、今は行動を起こす時だ。部屋で待機なんてしていたら、師匠に怒られてしまう。


「イオ……大丈夫かしら……」


 嫌な予感がする。

 胸がチクチクするのだ。

 何かよくない事が起こっている気がしてならない。

 船内を走っていると、また船が傾いた。

 1回目と比べると弱いが、それでも立っている人間がバランスを崩すには十分な傾きだった。

 

「やっぱりこの船、襲われてるようね……」


 1回だけなら何かに衝突したとかもありえたかもしれないが、2回続けてとなると、これはもう大型のモンスターの襲撃にしか思えない。

 船食いの魔物。

 そういう異名を持つモンスターが存在する事をウルリカは思いだしていた。

 確か、名前はキングクラーケン。その名の通りクラーケンと同じ種だ。クラーケンの身体が変異し、大きさと見た目が変わり、凶暴になったものだ。噂では船を襲っては沈没させるのだとか。これだけでかい船でも、その魔物の得物となりうるのか。


「もしそうだったら、船首に出た方がよさそうね」


 階段を下り、船首への扉へ走る。

 すると、船首への扉から男の叫び声が聞こえてきた。

 やはり、船首が問題の場所となっているようだ。

 急ぎ船首へ出る。

 そこは戦場と化していた。


「……キングクラーケン……!」


 海には巨大なモンスターがいた。

 キングクラーケン。

 でかい。圧倒されそうな程でかい。

 こいつなら、この大きな船も傾かせる事が出来る。そうウルリカは確信した。


「でも、これだけ巨大なら魔術をはずすこともないわね。――って、はぁ!?」


 ウルリカは目を疑った。

 突然冒険者風の青年が船首から海へと飛び込んだのだ。

 魔導兵器を準備していた船員クルーも唖然としている。

 自分から死地へ飛び込むなんて、一体何を考えているのか。


「キングクラーケン相手に水中戦でも挑む気なのかしら……。さすがに間抜けと言わざるを得ないんだけど……」


 海の魔物のホームグラウンドに自分から飛び込むなんて、とち狂いでもしない限りやらない愚行だろう。

 だが、あの青年は迷いなく海へ飛び込んだ。

 諦め、身を投げたとは思えない。

 何か理由がある。ウルリカにはそう思えた。


「とにかく、キングクラーケンを倒すのが先決ね」


 強敵と戦う時ほど冷静に。

 師匠である大賢者ファウスト・エスピネルの言葉が脳裏をよぎる。

 敵を恐れない。臆さない。勝ちを思い描く。


「……疾れ、電光!」


 ウルリカの魔術が炸裂した。

 無数の雷撃がキングクラーケンへと放たれる。

 あれだけでかいのだ。ウルリカが魔術をはずすはずもない。


「やっぱり一撃じゃ無理ね……。――くっ!?」


 触手の攻撃がウルリカを襲う。

 だが、素早く魔障壁を展開していたおかげで、触手はそれ以上近づいてはこれなかった。


「よし! 魔力の充填が完了した!」

「これで……!」


 向こうで魔導兵器に魔力を注いでいた船員クルー達が声を上げた。

 魔力の充填が完了したということは、恐らくもう大丈夫だろう。

 見たところあの魔導兵器は大砲型のようだ。威力も相当なものだろう。


「楔を放て!」

「はい!」


 船員クルー達の手によって、キングクラーケンの胴体に楔が打ち込まれる。これでキングクラーケンは魔導兵器の一撃を避ける事が出来ない。


「って、危ない!」


 触手の1本が魔導兵器目掛けて振り下ろされた。

 咄嗟にウルリカは魔障壁を展開させる。

 ギリギリシールドは間に合った。


「助かりました!」

「よし、今だ! 撃てぇ!」


 激しい音と共に砲撃が放たれた。

 楔を打ち込まれ避ける事も出来ないキングクラーケンは、その破壊の一撃をもろに喰らった。

 一瞬でキングクラーケンの胴体に大穴が開けられる。

 やはり、魔導兵器の威力は凄まじい。

 ただ、魔力の充填にかなりの時間を要する。誰かが時間を稼がないとすぐに破壊されてしまう恐れがある。そこが弱点だろう。


「く……、しぶとい……!」

「どうします!? 次の充填をしている時間は……ッ」

「何としてもヤツを沈めなければならん! でなくては身を犠牲にしてまで時間を稼いでくれたあの2人の冒険者に申し訳が立たん!」

「しかし……!」


 魔導兵器の一撃を喰らいながら、キングクラーケンはまだ生きていた。

 先程よりかは動きが鈍くなったが、絶命にまでは至っていない。

 撃ち切りの大砲型では、次の砲撃のための準備時間が再度かかってしまう。


「アタシが来る前は、冒険者が時間を稼いでいたのね……」


 1人はさっき海に飛び込んだ冒険者だろう。

 だが、そうなるともう1人はどこに行ってしまったのだろうか。

 まさか、さっき海へ飛び込んだのは、相方を助けるためだったのだろうか。


「……考えるより先にキングクラーケンを倒さないとね」


 今は目の前の敵に集中しなければ。


「そこのお嬢さん! 頼む! 時間を稼ぐのに協力してもらえないか!?」

「お願いします! 先の冒険者のためにもあの怪物を沈めなければならないのです!」


 船員クルーがウルリカを頼ろうと声をかけてきた。

 だが――


「……その必要はないわ」

「え……?」


 ウルリカはお得意のゲートを大量に展開した。

 空間魔法。混沌空間カオスゾーンも、この魔法の一種である。


「なんだ、あれは……」

「大量の魔法陣……?」


 ウルリカの魔法陣は、キングクラーケンをぐるっと囲んでいた。

 どうにかしようと触手がウルリカを襲ってくるが、そちらは魔障壁という名のシールドが全て防いでくれる。


「さあ、終わりよ化け物」


 目の前のゲートに極太の雷撃を放つ。

 雷撃はゲートを通じて縦横無尽に駆け巡った。

 キングクラーケンの身体を雷撃が貫いていく。

 避ける事の叶わないキングクラーケンは、その身で雷撃を全て受けた。


「これは……」

「すごい……っ」


 最後はキングクラーケンの真上のゲートから雷撃が落下した。

 まるで雷に打たれたかのように、キングクラーケンはその巨体を振るわせる。

 脳天からの一撃もモロに喰らったのだ。もう、あの怪物は動けないだろう。


「……さすがに、疲れるわね」


 魔障壁と同時に大量のゲートの展開。高火力の魔術を発動と、短い間で魔力を消費しすぎた。

 これ以上は無理だ。これでキングクラーケンが倒れなければ、ウルリカでさえもどうしようもない。


「キングクラーケンが……!」


 船員クルーの1人が声を上げた。

 あの巨大な魔物が、海に沈んでいく。

 船の至る所に絡まっていた触手も、活動を停止し海へと還っていった。

 キングクラーケンが沈んでいく過程で、少しだけ船が揺れる。といっても、さっき程ではない。


「ふぅ……」


 脅威は去った。

 だが、まだイオに会えていない。

 イオのことだから、もしかしたら船首に来ていたかもとウルリカは思っていたのだが……。


「……まさか……」


 ありえないとウルリカは頭を振る。

 イオがここであの化け物相手に時間を稼いでいた冒険者の1人であるはずがない。もしそうだったとしたら、イオはどこへ行ったというのだ。

 咄嗟にウルリカはアルカナカードを確認するべく懐に手を突っ込んだ。カードの化身が消えていたら、それはイオの死を意味するのだ。


「……絵は……」


 震える手でアルカナカードを取り出す。


「――……ある」


 絵は、あった。

 まだカードには化身が記されている。

 ならば、イオはまだこの船のどこかにいるということだ。


「よかった……」


 ウルリカは胸を撫で下ろした。

 イオはここに来ていない。冒険者2人はイオじゃなかった。

 きっと部屋の場所が分からなくなって、迷っているに違いない。

 なら、見つけ出してあげなければ。


「イオに会ったら、ちゃんと謝ろう」


 すっかり穏やかになった海を眺めながら、ウルリカはそう呟いた。

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