船上のイケメン
俺は引きこもっていた。
ベスタ大陸から中央大陸を往復する豪華とはいえない客船の一室で、自分で言うのもなんだが俺はむすーっとしていた。誰がどう見てもふてくされているようにしか見えないような表情になっている事だろう。意図的にそうしているのだから当然だ。
船に乗り込み、俺はずっと与えられた部屋にこもっている。やっている事といったらミィを撫でる事くらいだ。甲板に出て景色を眺めたり、船内を冒険したりもしていない。
全ては船出前の出来事に原因があった。
「だーかーらー、ごめんってば。ほら、外、潮風が気持ちいいわよ? 一緒に行かない?」
「やです」
「まだ怒ってるの?」
「怒ってません」
「怒ってるじゃない」
「ウルリカさんのせいです」
「だから謝ってるじゃないの。アタシはイオのマスターという立場だし、ああするしかなかったのよ」
「だからってコビンの皆の前で、カードの力を使って私に『ウルリカさん大好きです!』って叫ばせますか!?」
船出前。
ウルリカさんとフィオさんが俺を取り合いだした。
それで、最後はどっちがいいか俺が決める事になったのだが、その選択を勝手にウルリカさんがアルカナカードを使って言わせたのだ。ひどい。
「そ、それはほら、イオがぐずぐずしてたから助けてあげようと思って……ね?」
「ね? じゃないですよ! 私にだって意思はあるんですっ。勝手に決めないでください!」
「じゃあ、アタシよりもフィオの方がよかったっていうの?」
「う、それは……」
どっちがいいかなんて簡単には決められない。
でも、絶対に選ばないといけない場面だったら、俺はウルリカさんを選んでいただろう。
俺が怒っているのは、その事をウルリカさんに命令された事だ。
俺の意思を考えずに、勝手に決めさせた。それが何よりも寂しかった。俺の事を信じていないのだと思った。何よりも、アルカナカードの力で強制的に言わされたのが気に食わなかった。
「そういう問題じゃないです! そういう問題じゃないんですー!」
「ちょ、イオ!? どこに行くの!?」
「ウルリカさんのばかーっ!!」
わああああとかなんとか喚き散らしながら俺は部屋から飛び出していた。
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で、ここどこだろう……?
勢いで客室から出てきたのはいい。
だが、適当に走ってきたからここがどこなのか分からない。
……なんてこったい。
こんな広い船の中で迷子とか洒落になってないぞ。
「どうしよ……」
ミィもいないし、急に心細くなってきた。
俺、どこから来たんだっけ。
振り向いてみても、走ってきた道じゃないみたいに思える。なんだか知らない迷路にでも迷い込んだかのような錯覚に陥ってしまう。
逃げだせない迷宮に入り込んでしまったみたいだ。
いつもは傍にいてくれた人がいないだけでここまで不安になるのか。
こんな時、ウルリカさんがいてくれれば……。
「はぁ……」
仕方なく俺は適当に歩き出した。
どこか広い場所に出れば、何か分かるかもしれない。
てか、客室多いな。
俺の部屋、何号室だったっけ。
ウルリカさんの事で頭がいっぱいで、何も考えてなかった。
長い廊下に扉がたくさん連なっている。多分階段も滅茶苦茶に通ってきたので、階も違うだろう。
「船首に出れば、誰かいるかな」
なんだかんだいってまだゆっくりと船から海を眺めていなかったし、俺は船首目指して進む事にした。
少し揺れている船内は、若干歩きにくい。
こんな中俺は突っ走ってきたのか。凄いな。今なら平均台の上も爆走出来そうだ。無理か。
しばらく進むと、変な場所に辿り着いた。
見た事のない機械がたくさんあって、明らかに俺の向かうべき所じゃない事が分かる。
機械はゴウンゴウンと豪快な音を立てて活動している。
ここはきっとあれだろう。ボイラー室とかいう所な気がする。
なら、船首はこっちじゃないな。反対方向だろうか。
でも、あっちは行き止まりだった。となれば途中の分かれ道を曲がらなければいけないのか。
……どっちだよ。
もういいや。右に行こう。今日の気分は右だ。ライトだ。
そのままテクテクテクと歩いていく。
階段を上る。
廊下を歩く。
人とすれ違った。どうやらゴールは近いようだ。
自然と足が速くなる。
あそこだ。
俺の記憶が正しければあの扉から船内に入ってきた。
ようやく見覚えのある場所に辿り着いた。辿り着きはしたが、ウルリカさんの元へは戻れていない。
船首に出た。
そこから辺りを一望すると、一面に海が広がっていた。
やはり海はいい。ゆらゆらと揺れる海面が俺の心を穏やかにしてくれる。傷付いた心を癒してくれるかのようだ。
「風が気持ちいい……。――ん?」
せっかくいい気分で海を眺めていたのに、ムカつくものを発見してしまった。
複数の美少女に囲まれるイケメンである。
人当たりの良さそうな笑顔で美女たちと何事かを話している青年。
年齢は20くらいだろうか。なんというか王子様系の顔立ちである。
け、なんか複数人から言い寄られて困ってるみたいだ。ざまぁねえぜ。
あわよくばそのまま困り果てながら消えてくれ。俺の視界から消え失せてくれ。
「……いいご身分なこって」
吐き捨てるように呟いた。
イケメンにはいい思い出がない。
中学生の頃、俺には好きな女の子がいた。コミュ障なりに勇気を振り絞ってその子に告白したのだが、当然失敗に終わった。その子は俺を振る際にこう言ったのだ。
――ごめんなさい。わたし、斎藤君が好きなの。
斎藤君とは、俺のクラスのイケメンであった。人当たりがよく誰とでも話せる男だった。顔もいい、性格もいい、運動神経もいい、さらには頭もいい完璧超人だ。
俺が斎藤君に勝っているとこなんてぶっちゃけ何もなかった。
ガキだった俺は斎藤君を恨んだ。でも、それで何かが変わるわけでもない。俺という人間の品位を落としているだけだと気付いたのは俺がもっと大人になってからだ。
斎藤君はぼっちな俺にも時々話しかけてくれるような優しい人間だった。
恨んでいたけど、話しかけられるのは嬉しかった。矛盾してるのは分かってるけど、こればっかりは理屈じゃ説明できない。なんだかんだいって、自分を見てくれるというのは嬉しいものなのだ。
でも、斎藤君は他の女の子と付き合い始めた。それがなんだか悔しかった。俺はどんな子とでも付き合えるんだぜと言われているようだった。
もちろんそんなの俺の勝手な空想だ。斎藤君はいいやつだったからそんな風に考えてはいなかっただろう。だけど、俺は自分の惨めさに苛まれた。どうしてイケメンに産まれなかったのだろう。どうしてコミュニケーション能力皆無なんだろう。そう思わずにはいられなかった。
イケメンを見ると今も思う。神様は不公平だと。顔がよくて人当たりがいいなんて、女の子からモテるに決まってる。そいつ1人が良い思いをするなんて、ムカつく。だというのに斎藤君は俺にも優しい良いやつだった。それがまたムカつく。上から見られているようで腹が立つ。
……なんて本気で思っていたのは高校生くらいまでだ。
今ではただ嫌な思い出があるだけで、昔ほど嫌悪する事はなくなった。
でもやっぱりイケメンは好きになれない。条件反射的に避けたくなる。
なんというか、苦手なのだ。イケメンという生き物が。
「あーあ、嫌な事思いだしちゃったな」
なんて過去を振り返っていると、イケメンが近づいて来ていた。
しかも思いっきり俺の方を見ている。
笑顔で俺とアイコンタクトをとろうとしているようだが、あいにく俺にイケメンの考えなど伝わってくるはずもない。まあ、相手がイケメンでなくともさっぱり分からないだろうが。
「そ、そうなんですよ。僕はこのくらいの子がタイプなんです」
言いながらイケメンが俺の方に寄ってきた。
いきなり過ぎて固まってしまう俺。
なんなんだ一体……?
「え、もしかしてディーン君ってロリコン?」
「そうですロリコンなんです!」
高々と宣言するイケメン。
なるほど、この人イケメンではあったが変態でもあったのか。世の中分からないモノである。
「うわー超引くわー……」
「ロリコンかよ……。イケメンでいい感じだったのに最悪……」
汚物を見るかのような目で、美女たちがイケメンを見ている。
いいざまだ。ロリコンは死すべし。
「行こ行こ。変態に用は無いわ」
「そうねー。ロリコンじゃーねぇ」
「正直キモイわ」
口々に毒づいて美女たちは去っていった。
残されたのは俺とイケメン。
というか、俺も逃げた方がいいんじゃないか? こいつが本当にロリコンだったら俺超危険だし。
「それじゃあ私もこの辺で……」
「あ、ちょっと待って!」
逃げようと思ったらイケメンに止められた。
「巻き込んでしまったお詫びに、何かさせてくれないかな?」
王子様スマイルでイケメンがそう言ってきた。
「え……でも、ロリコン……」
「そ、それは違うんだ。彼女達がしつこくしてくるから何とか抜け出そうとしてさ。ごめん。ロリコンっていうのは嘘だよ」
「そ、そうでしたか」
なるほど俺を利用してうざったい美女軍団を追っ払ったってわけね。
それもそれでなんか腹立つな。変態ではないようだがやはりイケメンは爆発するべし。
「僕はディーン。ディーン・ハワード。冒険者だ」
「冒険者……?」
「うん。クランには所属してないからソロって事になるね」
「クラン?」
なんだそれは。
あまり聞き慣れない単語だな。
「クランっていうのは冒険者が集まって1つのチームを作る事だよ」
「チームを……」
あれか。
コビンの酒場で丸テーブルを囲んでいた人達がそれなのか。
そういう冒険者の集まりをクランっていうのか。初めて知った。
「冒険者にも色々な人がいるんだよ。僕の場合剣士になるのかな。ほら、剣を装備してるだろう?」
「大きな剣ですね。ちゃんと振れるんですか?」
「ぐう……。確かに僕はあまり筋肉質な方じゃないけど、これくらい余裕だよ。見ててごらん」
そう言うやいなや、ディーンさんは剣を振ってみせた。
見た目は優男だが、ちゃんと剣は振れるらしい。ま、どうでもいいが。
「あ、そういえばまだ名前を聞いてなかったな。聞いてもいいかい?」
「イオです」
「イオちゃんか。可愛らしい名前だね。君も短剣を装備しているみたいだけど、冒険者か何かなのかな」
「冒険者になる予定なんです。レネネトっていう町のギルドで登録するつもりです」
「レネネトか……。あ、そうだ。僕もレネネトへ向かう途中なんだ。よかったらギルドまで案内しようか?」
「遠慮しておきます」
「ええ!? 即答!?」
「私は1人旅ではないので、勝手に了承は出来ませんから」
「ていうかなんかイオちゃん喋り方が冷たいような……――は! 違うからね? 僕はロリコンじゃないからね?」
急に焦り出すディーンさん。
イケメンも焦った顔は面白いんだな。
「そろそろ行ってもいいですか?」
「う、うーん、何かお詫びをしたかったんだけど、なんだか嫌われちゃったみたいだし諦める事にするよ。巻き込んで本当にごめんね」
「い、いえ……」
やっぱりイケメンは怖い。
なんかいい人っぽいから余計に恐ろしい。
こんなほわほわなツラして中身は野獣とかいやらしい生き物だなイケメンってのは!
「――じゃあ、失礼します」
「うん。また会えるといいね」
「そうですね」
「なんか棒読みじゃない!?」
「そんなことないですよ?」
「それならいいんだけど……」
最後に苦笑いを受かべるディーンさん一瞥し、俺は踵を返すのだった。